第19話 銀河の物流拠点構想

 セリカが領主になって、一ヶ月ほどが経過した。

 あれからダンジョンにもう一度潜って、今度こそ前人未踏に辿り着いた。そのあとは冒険者たちに任せている。

 ペースは遅いが、確実に魔石を集めていた。それにセリカの影響を受け、もっと強くなってより深いところにチャレンジしたいという気概を持ってくれた。これから魔石を掘るペースは上がっていくだろう。

 セバスチャンは魔石の売上のおかげで、利子の返済をしてもかなりの余裕が出ると言っていた。


 ようやく一息つけたセリカは、読書をしたり、イグナイトの社員にハードな特訓をさせたり、ブリジットのためにスペシャル地獄メニューを考えたりと、充実した日々を送っている。

 またドラゴン形態のアリスデルに乗ってあちこち飛び回り、領民の言葉に耳を傾けることもした。


「なあ、アリスデル。この星の財政はなんとかプラスになりそうだし、止まっていたインフラ修復作業も目処が立ってきた」


「いいことじゃないですか。なのに、どうして頬杖をついて不満そうなんですか?」


「私が王子の婚約者だという一点だけで辛うじて生きてきた田舎の星が、ようやく自立できるようになった。ただそれだけの話だからな。いや、今だって魔物の駆除はイグナイトに外注している。あいつらがいなくなったら、ゴブリンの群れにさえ対処できない。私が目標としているのは、師匠を殺したクトゥルフを倒せるだけの力なのに」


「……それをこの星で実現させるおつもりで?」


「可能性はある。今まで色んな場所で、色んな人間を育ててきた。それで分かってしまった。師匠の領域どころか、私に追いつけそうな才能さえ、銀河に何人もいないのだ。なら純粋な魔法師としての力量だけでなく、兵器の力に頼ったほうがいい」


「兵器、ですか。具体的にはどんな?」


「それはもう宇宙戦艦に決まっている。クトゥルフは細胞一つが山よりも大きいんだぞ。戦艦の主砲以外、役に立つものか。いや、師匠が死に際に言っていたな……私たちが見た細胞よりも巨大なクトゥルフ細胞があるかもしれない。ならばクトゥルフ本体はどれほどの大きさだ? 宇宙戦艦を何千隻も並べ、主砲の一斉発射を行い、星を吹き飛ばすほどのエネルギーを一点に集中させる――私は近頃、そういう妄想をしている。妄想で終わらせたくない」


「大艦巨砲主義の極致みたいな考え方ですね。これからの戦争は、宇宙用ユニットを装備した魔法師が左右するとか言っていませんでしたか?」


「それはバランスの問題だよ。戦艦も巡洋艦も駆逐艦も、魔法師の旋回性には勝てない。しかし、普通の魔法師が火力で戦艦に勝つことはありえない。それぞれ得意分野が違うのだ。まずは離れた位置から戦艦を主力とした宇宙艦隊が撃ち合い、接近したのち魔法師を発進させて格闘戦にもつれこむ。どちらか片方だけでは勝てない。……ところで、ふと思ったんだが……魔法師の有効性が証明された直後は、戦艦不要論なんかを唱えて、予算を全て魔法師の育成に注ぎ込めとか言い出す馬鹿が出るかもなぁ」


「あはは。まさか。そこまでのお馬鹿さんはいないでしょ」


「そうだな。銀河中探したって、そこまでの馬鹿はいないか」


 セリカとアリスデルは笑い合った。


        △


 一方、その頃。

 エルトミラ王国軍の技術開発部は戸惑っていた。


 もう大艦巨砲主義の時代は終わりであり、新型戦艦の開発は全て凍結し、予算を魔法師の育成に回せ――と、第一王子サイラス・エルトミラの署名入りの文章が届いたのだ。


 サイラスに軍の指揮権はない。だが王族だ。無視していいのか判断に悩む。

 そこで技術開発部は、恐る恐る国王陛下にお伺いを立てた。

 すると「無視してよい」との返事があったので、彼らは安心して王子の手紙をゴミ箱に放り捨てた。


        △


「いるはずのない馬鹿の話はいいとして。さっきのは人間の軍隊同士の話だ。対クトゥルフ戦闘はまた変わってくる。クトゥルフにも有効な攻撃魔法を習得できそうな人材は……まずブリジットか。ほかに数えるほどしか知らないな。やはり領地を発展させ、資金力をつけ、宇宙艦隊を結成するのが一番か……とはいえ、あの化物は物理的な手段だけでは倒せない。トドメの一撃は、やはり魔法師でないと……」


「領地を発展させるのと平行して、人材捜しもすればいいでしょう。この星が豊かになれば、自然と人が集まるわけですし」


「そうだな。幸い、私はエルフでお前はドラゴン。どちらも寿命は長い。そしてヒューマン族だって、熟練した魔法師なら寿命を延ばせる。というわけで、私の気長な計画を一つ聞いてくれないか?」


「拝聴しましょう」


「現状、この領地にろくな産業はない。ダンジョンで魔石が採れるが、それだけで劇的な成長は無理だ。ダンジョンの周りに街を作る計画が軌道に乗ったとしても、大艦隊を作るのは無理だろう」


「ですねぇ」


「そこでふと、かつて惑星アーカムに存在したドババイという国を思い出した。砂漠に囲まれた都市国家だ。海があるから辛うじて漁業はできたが、あとはなにもない。ヴォルフォード男爵領より悲惨な国だった」


「砂漠ばかりでは農業ができませんからね」


「しかし、あるときドババイで油田が見つかった。おかげで人々の生活は豊かになった」


「おお、油田ですか。昔は今よりずっと石油に依存した文明だったらしいですからね。ドババイは安泰。めでたしめでたし」


「ところが、そうはならなかった。ドババイの石油埋蔵量はさほど多いものではなく、遠くない将来枯渇すると予想されたのだ。そうなると、また漁業だけで食いつなぐことになる」


「つらい……」


「そこでドババイの指導者は、石油による収入があるうちに国を改造しようとした。砂漠ばかりの国土だが、幸いにも心強い利点がドババイにあった。それは国の位置だ。惑星アーカムにいくつか存在した経済大国たちの、ほぼ中間にドババイは位置していた。そこで指導者は空港と港を整備し、国際的な物流の中央拠点ハブになろうとした。そして見事に成功させた。世界中の物資がドババイに集まった。どこに運ぶにせよ、一度ドババイを経由したほうが効率的だった。ドババイは空港と港、倉庫の使用料で大儲けした。やがて観光や金融でも成功を収め、石油依存の経済から完全に脱却した」


「おお! そういう成功物語ってワクワクしてきますね。するとセリカ様はドババイを参考にするんですか?」


「ああ。ワープ技術で農家のトラックさえ恒星間飛行できる現代文明だが、距離が遠くなるほど必要なエネルギーが多くなるのは今も昔も一緒だ。エルトミラ王国は王都星がハブになっている。しかし、この辺りから王都星は遠すぎる。だからヴォルフォード男爵領が中間的なハブになるのだ。集めた物資を大型輸送船で、ほかのハブへ運ぶ。まずエルトミラ王国の物流の三分の一を支配したい」


「まず三分の一ですか。すると最終的には、王都星からメインハブの座を奪うおつもりで?」


「いいや。最終的には、銀河全体のメインハブになるのさ」


 セリカはニヤリと笑って、夢を語った。


「格好いいです! それで、そんな大規模な物流ハブを支える宇宙港や倉庫を作るお金はどこから出るんです?」


 アリスデルはニヤリと笑って、現実的な指摘をしてきた。


「……だから、それを気長に稼ごうと言っているんだよ」


 そう話を締めたセリカは、机上の端末を操作し、ヴォルフォード男爵領の過去の記録を閲覧した。

 なにか役に立ちそうなものがないか、さほど当てにせず眺めているのだ。


「ん?」


 セリカの手が止まる。

 発見した資料。それはセリカが十歳のときに死んだ祖父が残したものだった。


「宇宙艦隊編成計画書……」


 資料の見出しには、そう書かれていた。

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