婚約破棄されたエルフ男爵令嬢は、実家で宇宙艦隊を作り無双する ~優しい教え子たちが領地に駆けつけてくれました~

年中麦茶太郎

第1話 帰れと言われた上に婚約破棄までされた

「私の指示に従えないのなら、辞めてもらうしかないぞ、セリカ先生」


 サイラス・エルトミラはこの上なく高圧的な口調で告げた。

 それでもセリカは従わなかった。

 するとサイラスは更に言葉を続ける。


「なにも難しい指示を出しているのではない。一人の生徒の成績を、より正しく評価して欲しいと言っているだけだ。なぜそれができない?」


「遺憾ながら理事長。私は正しく評価しています。彼の授業中の態度は極めて不真面目。遅刻や居眠りは当たり前。それを注意すれば出席しない。当然、魔法は一向に上達しない。あまりにも授業をサボり続けているので、私は彼の顔を忘れかけています。そんな生徒にどうやって単位を与えろと?」


「そんなはずはないだろう。彼は魔法以外の全ての教科で優れた成績を収めている。国語では文学的感性を発揮し、数学では頭の回転のよさを証明した。歴史や科学にも深い興味を示している。スポーツは万能で、絵や音楽のセンスもある。こんな優秀な生徒が、セリカ先生の魔法の授業だけ落第点だなんてありえるだろうか? なにかの間違いだろう? 今からでも間に合う。単位をやるんだ。それで彼はほかの生徒と一緒に卒業できる」


「それは不思議ですね。彼は私の授業だけでなく、学校そのものをサボっているはず。歓楽街で制服のまま遊んでいるのを、街の人たちに目撃されている。それは理事長もご存じでしょう。ほかの先生方にお聞きしたいのですが、どういう基準で彼を評価したのですか? 定期テストさえ欠席しているのに」


 セリカが会議室を見回すと、同僚たちは目をそらした。

 その瞬間、サイラスは勝ち誇るように笑みを浮かべる。

 サイラスは王立エルトミラ学園の理事長であり、そして第一王子だ。彼の決定を覆せる者は、この会議室に誰もいない。


「彼は公爵家の人間だ。それが落第なんて、あってはならないのだ。それに彼のお父上は、この学校に多額の寄付をしてくれている」


「なるほど。多額の寄付ですか。それはありがたい話です。しかし彼個人の成績とは無関係では?」


「セリカ・ヴォルフォード!」


 サイラスは声を張り上げ、セリカを睨みつけた。

 その顔立ちは美しい。二十歳になり美貌に磨きがかかってきた。サイラスが新しく理事長になるとニュースが流れたとき、女子生徒たちはお祭り騒ぎだった。

 だが、美しいのは外見だけだ。

 中身は年々腐ってきている。昔はかわいい少年だったのに、とセリカは残念に思う。


 セリカは今となっては珍しいエルフ族だ。

 二百歳を超えたが、生徒たちと同年代に見える。

 セリカとサイラスが婚約したのは十年前だ。会うたびに身長が伸びていくのを見守ってきた。しかし、その内面が特権意識に染まり、欲にまみれた人間になってしまうとは想像できなかった。


「お前は男爵家の生まれで、そしてここにいる誰よりも高齢だ。ならば綺麗事だけでは回らないと分かっているだろう。それともエルフは老化が遅いから、心が成熟するのも遅いのか?」


 サイラスがそう言うと、教師の一部が押し殺すように笑った。

 セリカは実に不愉快だった。自分だけでなく種族そのものを笑われたのだから。


「私は綺麗事にこだわっているのではありません。このエルトミラ学園は、レベルの高い教育で有名です。卒業生は誰もが優秀です。他国から留学してくる者も多い。なのに、ろくに登校もしてない生徒を、金払いがいいという理由で卒業させたのでは、学園の評判が地に落ちます。私は実利の話をしているのです」


「違うな。それを綺麗事と言うのだ。そもそも艦隊決戦で戦局が決まる時代に、魔法など本気で学んでなんになる。ただの趣味ではないか。その魔法の教師ごときが偉そうな口を利くな」


「それは違います。確かに今はどの国も大艦巨砲主義に傾いています。宇宙戦艦の撃ち合いで勝敗を決しています。しかし近い将来、魔法師が重要な戦力として注目を浴びるでしょう。戦艦どころか小型の駆逐艦でさえ、魔法師の機動力には太刀打ちできません。それに魔法は戦いの道具というだけでなく、科学と高度に融合し、生活の隅々に溶け込んでおり――」


「魔法師が重要な戦力? まさか魔法師が宇宙戦艦に勝つと言うのか!?」


「その通りです。戦艦が重要な戦力なのは否定しません。が、これからの戦いは、魔法師の質と数にも左右されます」


「ははははは! セリカ、お前にそんなジョークのセンスがあったとはな。真面目な顔で言われたら笑ってしまうぞ!」


 サイラスだけでなく、会議室にいるセリカ以外の全員が笑っている。

 しかしセリカはいたって真面目だ。そして全員の正気を疑っていた。

 かつて人類がまだ宇宙に進出していなかった時代、海上の軍艦が航空機に完全敗北した歴史を知らないのだろうか?

 同じことは必ず宇宙でも起きる。今はまだ魔法師の宇宙用ユニットが開発中というだけで、完成すれば既存の戦術は役に立たなくなる。

 少し考えれば分かりそうなのに、なぜセリカ以外、誰も気づかないのか。


「ジョークと言えば。セリカ、お前は確か、生徒たちに奇妙なことを吹き込んでいるらしいな。この銀河には、星を喰らうような怪物がいて、お前の師匠はそれに殺されたとか……なんという怪物だったかな? ク……クテル……」


「クトゥルフです、理事長。仰る通り、私の師匠はクトゥルフ細胞の一つと戦い、相打ちになりました。私がこうして生きているのは師匠のお陰です。クトゥルフはたった一つの細胞で星を滅ぼすだけの力を持っています。人類は呑気に恒星間戦争をしていますが、クトゥルフが本格的に活動を始めたら、そんな余裕もなくなるでしょう」


「はは。お前は小説家かなにかのほうが向いているのではないか? そんな怪物がいるのに、なぜ人類は銀河各地に進出できた? その怪物と遭遇したという公的な記録は一つもないぞ?」


 そう言われても、セリカにだって理由は分からない。

 しかしクトゥルフは実在する。

 そしてあの恐ろしさは、実際に遭遇した者でなければ、決して理解できない。


「ジョークはさておき。年に一人や二人の例外を認めた程度で、エルトミラ学園の評価が変わるなんてありえない。お前は安っぽい理想を周りに押しつけているだけだ。私は理事長だ。その指示に従うのがお前たちの仕事だ。やる気がないなら帰るがいい!」


 その言葉は決定打になった。セリカの熱意を完全に奪った。

 周りの教師たちは、面倒くさそうにセリカを見ている。早く理事長の命令に従って、この会議を終わらせてくれと顔に書いてある。

 なぜこんな連中の間違いを指摘し、正してやる必要があるのか。


「分かりました……ああ、やる気が完全に消え去った。もはや敬語を使う気力もない」


「ほう……相変わらず傲慢な女め。だが、ここを辞めるなら、私はお前との婚約を破棄する。それでもいいんだな?」


「それは願ったりだよ、サイラス殿下。十年前のあなたは純粋だった。立派な王になると理想に燃えていた。一生懸命に求婚してくれたのが微笑ましかった。そして約束通り、私を王立エルトミラ学園の魔法教師にしてくれた。おかげで大勢の若者の才能を伸ばすことができた。しかし今のあなたとは結婚できない」


「なるほど。やはり、ここの教師になりたくて私と婚約したのだな」


「それは違う。あなたなら立派な人間になると、そう信じていたから――」


「言い訳はいらない。そして婚約破棄を受け入れてくれてありがとう。さて諸君。私の新しい婚約者を紹介しよう」


「……は? 新しい婚約者?」


 二人の婚約を解消したのは、たった今だ。まだ一分も経っていない。

 なのに、すでに別の婚約者がいるのか。

 セリカが唖然とする中、会議室に入ってきたのは中等部の制服を着た女子生徒だった。


「彼女はブレンダ。アーネット伯爵家の娘だ。見ての通り中等部で、来年度から高等部になる。しかし、いくつかの教科が不得意で、このままでは進学が難しい……だが私は、彼女ならそのハンデを乗り越え、高等部でも立派にやっていけると信じている。なので例外的に高等部へ進学させようと思っている。先生方に異論はないか?」


「無論です。ハンデを背負った生徒にもチャンスを与える姿勢……さすがはサイラス殿下は素晴らしい。感服いたしました!」


 教師の一人がそう語ると、ほかの者たちも頷き、盛大に拍手をした。

 酷い茶番劇だ。

 普段のセリカなら呆れ果て、嫌味の一つでも言うところだが、今はとある一点に目を奪われていた。

 サイラスの新しい婚約者の胸だ。

 本当に中等部なのかと疑わしくなるほど、巨大だった。

 そしてセリカはうつむく。自分の膨らみは、実に緩やかなものだった。


 十年前サイラスは、セリカほど美しい女性を知らないし、今後も出会うことはないだろうと言ってくれた。

 だが十年間で好みが変わったらしい。


「そういうことか。それで私を煽って、学園を辞めるように仕向けたんだな。その娘のために、私を失っても本当にいいのだな、サイラス殿下?」


「おや? まだいたのかセリカ。君はもう部外者だ。いつまでも会議室にいられては困る。言っておくが、君は私の婚約者だからここの教師になれたのだ。自分の実力だと勘違いするなよ。お前のように少し魔法が得意なだけの女は、どこに行っても通用しないぞ!」


 こうしてセリカ・ヴォルフォードは学園を去った。

 彼女が育てた生徒たちは、様々な分野で活躍した。

 各国の軍や傭兵団などでエースになる者。魔法による地質調査を行い資源を掘り当て金持ちになる者。大学に進み魔法の研究者になり貴重な発明をする者――。

 その全員が口を揃えて「今の自分があるのはセリカ先生のおかげ」と語る。


 王立エルトミラ学園にとって、セリカがいた十年は黄金時代だった。

 そしてセリカが去った瞬間から凋落が始まった。

 会議に出ていなかった者の中には有能な教師が何人かいた。しかし理事長がセリカを追い出したと聞き、転職の準備に取りかかる。

 すでに学園は沈みかけの船だったが、サイラスを筆頭に、残った者たちは脳天気に笑っていた。

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