改訂版・火力こそ正義なゲームで不遇なタンク職を極めた男、集団転移でモテ期到来

猫鍋まるい

第一部 黒き意志の盤面 序章 ある駒の目覚め、あるいは

第1話

 空を覆うように広がる大木の枝葉に太陽光が遮られ、昼間だというのに薄暗いことから近隣の民には「夜霧の森」と呼ばれているこの場所で。


 魔物が徘徊するエリアにも関わらず不用心に背中を曝け出し、地面に生えたキノコをせっせと採取している男がいた。


 男の名はジーク。


 竜の血を引く亜人族、ドラミンの冒険者だ。


 案の定。


 この辺りを縄張りとする魔物、ブラウンスターウルフの群れに発見されたジークは自身が恐ろしい狼たちに取り囲まれている事に気付いた様子もなくホクホク顔でもぎ取ったキノコを袋に詰めていた。


「グルアァァァ! 」


 群れの長であろう個体の雄叫びを皮切りに、ブラウンスターウルフたちは統率の取れた動きで一斉にジークへと飛び掛かった。


 鋭い牙に爪、軽く十体はいるであろう狼たちの猛攻が冒険者ジークを襲うのだった。






 ◇◆◇






「残念、ゼロダメージですよっと」


 薄暗い部屋でそんな独り言を零しながら、俺は手探りで飲みかけのソーダを探し乾いた口を潤した。


 誰も見ていない自室とはいえ…VR用のヘッドセットゴーグルを被った男が、独り言を呟きながらゲームを遊んでいる絵面はかなりヤバめだが。


 ゲームの没入感が凄いぶん、まるで自分がその世界に息づく住民の一人になったような気分になり、ついつい口が動いてしまう。


 現在俺が遊んでいるのは世界初の新世代VRMMOとして知られるエンドレスガーデンオンライン、通称EGOだ。


 EGOは2000年代前半に地球に飛来して以来世界の技術、その発展を大幅に加速させた事で知られるエデンクリスタルという宇宙産の特殊な石の力を用いて作られた次世代のオンラインゲームだ。


 今やエデンクリスタルがもたらした技術は新しい生活の基盤を築いており。


 そんなエデンクリスタルの力を活かしてつくられたこのゲームは、瞬く間に世界で最も遊ばれているゲームとなった。


(さて、目的のブツも採り終わったことだし…)


「反撃に移るとしますか」


 群生していたキノコの表示が消えた事で、これ以上採取を続けても無駄だと判断した俺は即座に戦闘態勢をとる。


 俺のプレイヤーキャラであるジークはこのEGOでは珍しい…というか絶滅危惧種の”純”タンクだ。


 現在活動しているこのエリア、夜霧の森はジークの適正レベルより50以上エリアレベルが低い地域なので、この場所でジークにダメージを1でも与えられる敵は存在しない。


 それが分かっていたので敵に囲まれたままのん気にキノコを採取していたのだ。


 ダメージを全く受けない程レベル差が開いた相手とはいえ、気軽に使える広範囲の火力攻撃を殆ど持ち合わせていない俺のキャラは地道に一体ずつ敵を叩いていくので十体近くいるこのブラウンスターウルフたちを処理するのには少々時間がかかる。


 こんな時範囲殲滅が得意なアタック職がいてくれれば楽だな~と思うのだが…。


 デスペナルティが軽く、火力こそ正義。


 やられる前にやれが基本なこのゲームにおいて、花形のアタック職、厄介な状態異常の回復や優秀なバフを味方に付与できるヒーラー職と比べ、護ることに秀でたタンク職は最も不遇な扱いを受けており。


 一部のユーザーはメイン職能をタンク職に設定しているプレイヤーを半ば地雷のように扱っている。


 そんな環境の中、わざわざ嫌な思いをしてまでパーティーを組む必要はないだろうと俺は今のボッチ生活に至った。


 そもそもこのゲームは職能のロール分けはあるものの、人数さえ守れば自由にパーティーが組める都合上タンク職が必須となるような場面がない。


 もちろん、タンクがヘイトを取ることで戦いやすくなったりギミックの処理が楽になる場面はあるが…。


 たとえ二三回やられたとしても復活して火力でゴリ押す、このやり方で問題なくクリアできてしまう。


 タンク職をパーティーに加えて安全性が高まるメリットよりも、タンク職をパーティーに加えることで総合火力が落ちクリアまでの時間が延びるデメリットのほうが勝っているというのが悲しい現状なのだ…。


 ちなみに様々な職能の中から三つまで自由に組み合わせられるこのゲームにおいて、メイン職能、サブ職能1、サブ職能2、そのすべてをタンク職で固めた物好き…もとい馬鹿を純タンクと呼び。


 そんな純タンクはよほど珍しい存在のようで、たまに俺のステータスを覗き見たらしきプレイヤーがSNSに上げる用のスクショを撮ってもいいかと話しかけてきたりする。


 どこぞのマスコットキャラクターにでもなった気分だが、こうして度々ネットの海に俺のキャラ画像が放たれているせいか普段殆どマルチプレイをしていないのにも関わらずEGOプレイヤーの間では若干知名度が高い…らしい。


 そうして出来た知り合いと、ごく稀にパーティーを組んで遊んだりするが基本的にソロプレイであることに変わりはない。


(まあ時間はかかるけど、一人でも殆どの場所を攻略出来るようになったし…黙々と遊ぶのも性に合ってるしな)


 クリアタイムさえ気にしなければ、敵に囲まれても一人で持ちこたえられ自己回復を挟みつつ地道に戦えば最終的には勝てるタンク職であればボッチでもこのゲームを楽しめる。


 もともとこのゲームは数少ないリアルの友人である光崎こうさき 優斗ゆうとの誘いで始めたが、ハクスラ好きの俺は数え切れないユニークアイテムが存在するこの世界でアイテム収集にどっぷりハマり。


 装備の見た目がカッコいいという自分の好みだけで地雷扱いなタンク職をはじめ、最終的に純タンクにまでなってしまった俺にあまり付き合わせるのも悪いと思い、今は優斗ともあまりパーティーを組んでいない。


(アイツは優しいから定期的に俺を誘ってくれるけど、他の面子にはあまり歓迎されてない空気だから行き辛いんだよな…)


 とはいえ、優斗は幼稚園からの腐れ縁で中学時代勘違いからいじめられていると思い込み不登校になりかけた俺を毎朝根気よく学校に引っ張っていき持ち前の人当たりの良さとイケメンスマイルで無事にクラスに馴染ませてくれた聖人のような奴なのでゲームでの付き合いが悪いからといって気まずくなるような事はない。


ユノ > 竜ちゃん、今平気?


(お、優斗からか。 クエスト中に個人チャットを送ってくるなんて珍しいな)


 ピコンという音と共に、ユノというプレイヤーから話しかけられた。


 ユノというのは優斗のプレイヤーキャラの名前で、ネコミン…猫耳が生えた獣人族の女キャラだ。


 猫耳の女キャラを使っているが、優斗がネカマだというわけではなくEGOでは男女でキャラ性能に差があり女キャラは総じて火力寄り、男キャラは生存寄りのステータスをしているのでこのゲームの男女比は女キャラが九割…もしくはそれ以上を占めているらしい。


ジーク > 平気だぞ


ジーク > てか、いい加減ジークて呼んでくれよ


ユノ > え~竜ちゃんは竜ちゃんだからなー


ジーク > ……お前


 ユノが先程から口にしている、竜ちゃん…という呼び名は俺の本名である竜也りゅうやからきている。


 優斗は幼稚園の頃からずっと俺の事を竜ちゃんと呼んでいるので、ゲーム内だからと今更注意してももう手遅れかもしれない。


 ちなみに、俺が中学の時にいじめられていると勘違いしてしまった件にもこの名前が絡んでおり。


 竜也という若干厳つめな名前と中学一年で既に身長180越え、加えて生まれながらの強面から目を付けられたらお終いだとクラスメイトに思われてしまい結果的にクラスから浮いてしまった事が原因で俺は不登校になりかけたのだ。


ジーク > で、どうした?


ユノ > ??


ジーク > いや、わざわざクエ中にきたから


ジーク > なんかあったのか?


ユノ > あ!!!


 ゲーム内でフレンド登録をしている者同士は相手が今何をしているかが大体分かるので、戦闘で忙しいかもしれないクエスト中にわざわざ話し掛けてきたという事はなにか重要な用事があるのかもしれない。


ユノ > 竜ちゃん、ミルッチでレナ@EGOって検索してみて!


ユノ > その人、今ライブやってて


ユノ > 魔神レイド、初クリアが出そうなんだよ!!


ジーク > マジか!?


 チャットに目を通すなり俺は慌ててメニューの外部リンク画面を開き、動画配信サービス「ミルッチ」をサブで立ち上げレナ@EGOを検索する。


 魔神レイド、EGOのサービス開始当初から存在するこのレイドは今まで誰一人として攻略に成功しておらず。


 このレイドに初クリア者が出た時、この世界で何かが起こるといわれている。


 恐らく、レイドのクリアに連動してEGO内で何らかの大規模イベントが起こるのだろうが…。


 まずは。


(一プレイヤーとして、魔神レイド初クリアの瞬間を見逃すわけにはいかねぇって…! )


 お目当ての配信を見つけ、俺は早速視聴を開始する。


 噂を聞きつけたのかもとよりレナという配信者が人気なのかは分からないが、既にこのライブは35万人以上のユーザーが同時視聴していた。


(そりゃあ、集まってくるよな…)


 世界に変革をもたらす魔神レイド。


 今、この瞬間EGO史上初のレイドクリア者。


 魔神を討つ者が現れようとしていた。

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