第20話

れいことゆり。

中等部一年の春。


ゆりは親の代からの敬虔なクリスチャンで、いつも教会には通っていたし、いつも神様に祈りを捧げていた。

だから、何の疑問もなく名門のミッション系のこの学院へと入学したのである。

きっと神様が見守ってくださるに違いない。

そう信じて。


だが、現実はそうもいかなかった。

ゆりの美しさは誰もが目を引くものだった。綺麗で勉強もできて。教師たちにも気に入られている。

それがいけなかった。

先輩たちのひがみ・・・所謂、苛めにあったのである。

毎日毎日、酷いことをされて。時には何回もたたかれた。


今日も彼女は呼び出され、数人に囲まれ髪を引っ張られたり叩かれたり最後には水をかけられる始末。


いつもいつも酷い目に合う。

こんなにお祈りしているのに。

神様は私をお見捨てになったの!?


泣きながらそう思っていると、その時ゆりの前に輝く天使が現れたのだ。


背が高くてスラリとした美しい体型。気高く美しい顔。美しい長い髪を揺らしながら。誰も寄せ付けないオーラをまとった少女。


「先輩たち。早くどこかに隠れたら?先生呼んできたから。」

その少女は、そう一喝するとゆりをいじめていた先輩たちは文句を言いながら逃げて行った。


「馬鹿みたい。醜い集まり。私、汚いの嫌い。」

その少女は吐き捨てるように言うと、ゆりに手を差し伸べた。

「大丈夫?立てる?」

ゆりはその手を取りゆっくり立ち上がる。

「あの・・・ありがとう。貴女は・・・?」

「私は、犬飼れいこ。中等部の一年生。」

「あ、私は・・・。」

そう言うとれいこは微笑んだ。先ほどの冷たい顔と打って変わって。

なんて美しい笑顔だろうか。

見惚れていると、れいこは驚きの言葉を発する。

「知っている。早見ゆり・・・さんでしょう?」

「どうして、私の名前を?」

「だって貴女、綺麗ですもの。知っているわ。」

「綺麗・・・?」

れいこはハンカチで彼女の顔をぬぐってやると、頬をゆっくり撫でた。

「綺麗。私、綺麗な子が好き。」

いきなり現れた天使にそんなことを言われゆりは驚く。とても嬉しかった。

だが、自分は・・・。


「私、綺麗なんて嫌。本当に貴女が言うことが正しくて、私が綺麗なら、きっと私神様に嫌われているのだわ。そのせいでこんな目に合うのよ。綺麗な子は嫌いなのよ。神様って。」

れいこはそれを聞いて首をかしげる。そして、また頬を撫でた。

「おかしな子。世界で一番優れているものは綺麗な子。貴女は選ばれているのよ。神様に。そして私に。だから醜いものは嫉妬するのだわ。見てなさい。汚くて悪い人は絶対に罰が下されるのよ。」

そう言うとれいこは手を出す。

「お友達になりましょう。あなた綺麗だから、なってあげる。」

何かと上から目線だが、ゆりは別段嫌な気はしなかった。なぜなら、彼女は自分を助けてくれた天使様だから。

「私もお友達になりたい。犬飼さんと。」

そして、ゆりも彼女の手を取ったのだった。


それから二人はいろいろなことを話した。二人でご飯も食べた。二人で勉強も教えあった。一緒に本も読んだ。

幸せだった。

ゆりは綺麗なれいこと一緒にいられるのが嬉しかった。

れいこは綺麗なゆりと一緒にいることが嬉しかった。


そんなある日。

れいこが薔薇園で先輩に呼び出されているという話を聞き、ゆりは慌てて向かった。

すると、顔に傷だらけのれいこが立っていた。

「犬飼さん!!」

ゆりが近づくとれいこは震えて泣いている。


怖かったのね。

私と同じね。

怖かったのね。

辛かったのね。


ゆりが慰めようとした時、れいこは唇をかみしめて言った。

「許さない。私、絶対に許さない。私の顔に傷をつけた。綺麗な私に。」

「犬飼さん・・・?」

「許さない・・・!」


そこで、ゆりは気づいた。

れいこは悲しくて、泣いているのではない。

怒りだ。憎しみだ。

彼女は怖くなんてないのだ。自分を傷つけられて辛いのではない。悔しいのだ。


なんて彼女は気高いのか。


「犬飼さん、貴女凄いわ。貴女ほど、高潔で美しい人見たことがない!!」

「私、一番綺麗なのよ。そうでしょ?憎まれる筋合いはないわ。みんなひれ伏すといいのよ。早見さん・・・貴女は私を理解してくれる?」

「ええ!ええ!貴女、とても綺麗。私、綺麗な貴女が好き。」

れいこは汚れた顔で微笑んだ。

いくら顔に傷がついていても、れいこはやはり美しい。この天使はどこまでも気高く美しい。


ゆりがれいこを羨望の眼差しで見つめていると、彼女はゆりの手をとって言った。

「ねぇ、今日22時に教会に来て。」

「教会に?そんな夜中に?」

「ええ、誓い合いましょう。これからの私たちのことを。」

れいこは何をするか教えてはくれなかったが、ゆりは怖くなんてなかった。れいこを信じていたから。

彼女の言うことは全て正しい。きっと私たちは美しい誓いをするのだわ。

と。

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