第3話

「すみれー!!」

一際大きい声で名前を呼ばれ、すみれはハッと我に返る。

「なお!!」

「もう!どこに行ったかと思ったよ!!」

すみれは、れいこの手を振りほどくと、なおと呼ばれる少女の元へと駆け寄った。

薄茶色のミドルヘア―で、切れ長の目。背はすみれよりは低いが、体型は華奢なすみれよりしっかりとしていて、いかにもスポーツタイプの少女である。

こちらも女学生たちが憧れそうな姿かたちであるが、れいこの趣味ではなかった。


繊細な徳島さんと全然違う。なんだか、嫌なタイプ。


れいこがそう思いながら、少女を見ていると、それに気づいてびくっと驚く。

「げっ!!ミカエル様!?」


げっ!!

そんな下品な驚かれ方をされて、れいこは甚だ心外である。


「すみれ!!あんた、何かしでかしたの!?」

「違うよ!私はただ踊っていただけ。その時、声をかけてくださったの・・・。」

「声をかけてくださったって・・・それが、おかしいのよ!相手はミカエル様よ!!どうしてすみれに声かけるのよ!?やっぱり何かしでかしたのね!?」

「だから何もしてないって!!」

れいこがつまらなさそうに二人の夫婦漫才のようなやり取りを見ていると、それに気づいたすみれは頭を下げた。

「ミカエル様、ごめんなさい。この子は、荒牧なおっていって・・・。」

「すみれのルームメイトです。」

れいこが聞いてもいないのに、なおという少女はすみれの前にすっと出てきてそう言った。

「・・・もう遅いし、帰ろう?すみれ。」

「あ・・・。ミカエル様・・・。私はこれで。」

「えぇ・・・。引き留めてごめんなさいね。」

帰り際、すみれはもう一度振り返りれいこに頭を下げる。

「あの・・・名前、憶えていてくださって・・・嬉しかったです。」


れいこは去っていくすみれの姿を見ながら舌で唇をなめた。


徳島さん。可愛い。すごく可愛い。

私のものにして、たくさん可愛がってあげたい。

そしてたくさん泣かしたい。

欲しい。

絶対に欲しい。


れいこの顔は、この上なく悦びに満ちている。

今までにない欲望に駆り立てられていたが、それが気持ちいい。

この胸の高鳴りを抑えたくて、れいこは急いでゆりに電話をかけた。

「部屋に行ってもいい?もう一回抱いてあげるから。」

ゆりは放っておいたくせにと不機嫌そうな声で言ったが、断りはしなかった。


今夜は、ゆりを泣くまで滅茶苦茶にしてやろう。いつか、徳島さんにそうするように。


れいこの歪んだ感情の先と、それを一心に受けることになるすみれの先はここから始まる。

二人の終わりの始まり。



「馬鹿!馬鹿!!最低!最低!!この性悪女!!!」

案の定、ゆりは泣くはめになっていまい、れいこに恨み文句を吐き続けた。

「あら、やだ。涙が出ちゃったのね。」

れいこの行為、それは酷いもので、徳島すみれへのどうしようもない欲望をゆりに押し付け続けた。

ただ、ゆりは実際悪くなかったから、それが彼女のプライドを傷つけたのだろう。

れいこはお得意の勝手な解釈をした。


「何よ!私の事、性処理道具みたいに!!」

「あれ?違うの?」

するとゆりは思い切りれいこにめがけて枕を投げつけた。

「いたっ!!何するのよ!顔にけがでもしたらどうするのよ!!」

「すればいいのよ!!」

ゆりはシーツを引っ張って、そっぽを向く。

仕方ないと、れいこが彼女の首筋にキスすると今度は頬をひっぱたかれた。

「面倒くさい女。」

「貴女はもっと面倒な女よ!!どうせ、また欲しいものでも見つけたのでしょう!?」

睨みながらゆりは言う。こういうことは、れいこと長年いるのですぐに気が付くようだ。

「当たり。すごくいい子見つけたの。」

「さっさとものにして泣かせて捨てたら?」

れいこは、うーんと唸る。

「それじゃあ、つまらないのよね。泣かせるのは当たり前だけれど、それだけじゃなくて。あの子ともっともーっと楽しいことするの。あー。欲しい。絶対にあの子欲しい。早く私のものにしたいな。そして何をしてあげようかな。ふふふっ。」

「いつか貴女、痛い目に見るわ。絶対、神様からの罰が下るわね。」

これっぽっちも信じていないくせに、ゆりの口から「神様」という言葉がでて、れいこは思わず吹き出す。


それに・・・。


罰が下る?そんなもの私が下す方でしょう。馬鹿らしい!!


れいこはさらに嘲笑するのであった。


同刻。

すみれとなおの部屋。

「駄目よ。ミカエル様に近づいては。」

「そんなこと言われても・・・。ミカエル様から・・・。」

「ミカエル様があんた一人のために時間を割くなんて、何か企んでいるのよ。そうじゃないとすみれになんて近づく?」

すみれは下を向いてうなだれる。

「そ、そうよね・・・。私一人のために時間なんて割くわけないよね。」

「当り前じゃないの。あんたみたいな馬鹿な子に。」

なおはため息をつくと、すみれを抱きしめた。そして彼女の額にキスをする。

「すみれは私が守るからね。あんたは何もしなくていいのよ。何も考えなくていい。」

「うん・・・。わかってる。わかってるよ、なお。」

そう言うと、すみれはなおの胸に顔を深くうずめたのだった。

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