第29話 ある留学生の手記
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シェリンガム暦1853年5月30日
まさか、月を動かしてしまうとは。
誰もそんなことは思いつかなかったし、実際にやってのける魔法使いがいたという事実に驚きを隠せない。
彼女は、間違いなく天才魔法使いだ。
あの時、彼女を助けた精霊たちも分かっていたのだろう。彼女が、この世界の未来を導く存在だと。だから、力を貸したのだ。
最後に彼女に触れた精霊……いや、あれは人の思念と呼んだほうが正しいのかもしれない。美しいブロンドの女性と、小さな赤子だった。
二人は優しく微笑んでいて、ジリアンにありったけの愛を伝えていたように見えた。
あの美しい光景を、私は生涯忘れないだろう。
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5月31日
取り急ぎ連絡をとっていた皇帝陛下からお返事があった。
一連の事件について徹底的に犯人を追求すること、そして黒幕を明かし、その陰謀を食い止めること。そのために、ルズベリー王国の国王と協定を結ぶことを約束してくださった。そして、その協定には『
皇帝陛下も、相当お怒りのようだ。
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6月1日
ジリアンに改めて思いを告げた。
……今日は、これ以上のことは書けそうにない。
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6月2日
『
二国の間に再び戦争が起こることは防げたと言ってもよいが、だからと言って安心はできない。引き続き、黒幕を探らなければならないし、ハワード・キーツの行方も探らねばならない。
政治的なこともそうだが、あの男だけは決して許さない。私のジリアンを傷つけ、その身体に好き勝手に触れたのだから。
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6月3日
ジリアンに勲章が授けられることになった。喜ばしいことだ。
それよりも、この国の貴族たちがマクリーン父娘に向ける視線が気になった。どうも、二人に対して優しいというか、甘いというか……。
マクリーン侯爵は戦争の英雄、そしてジリアンは『月を動かした英雄』……いや、それ以前から、か。ジリアンは人々の生活を豊かにした魔法使い。誰もが、二人を愛してやまないのだろう。
その人を、この国から取り上げようとした。そんな自分を少しだけ情けなく思った。……少しだけ。
そこで、少し意地は悪いが国王に尋ねてみた。『ジリアンは魔族の血を引いているようだが、いつまでこの国で暮らせるだろうか』と。
国王はニヤリと笑って、こう答えた。『歴史を辿れば、人間も魔族も元は同じモノだ。この国に魔族の血を持つ人間がいたとしても、何の不思議もなかろう?』と。
……国王は知っているのかもしれない。ジリアンの出生の秘密を。
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6月9日
昨夜のアレンの祝いの宴には行かなかった。そこで何が起こるのか、予感があったからだ。
二人には黙って、夕方頃に
それでも、顔を合わせることは、どうしてもできなかった。きっと、あの指輪を返されてしまうから。
ほんの小さな希望を持ったまま帰ることを、どうか許してほしい。
さようなら、ジリアン。
私の愛しい人。
第2部 勤労令嬢、恋をする 完
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