第17話 侯爵家の後継者
9年という月日とマクリーン侯爵の愛情は、ジリアンに子供らしさを取り戻させた。それと同時に、彼女にある決意を抱かせることになった。
「今日の授業は、当家の歴史について学びましょう」
8歳のとき。歴史の先生が一番最初に教えてくれたのは、マクリーン侯爵家の歴史だった。
「マクリーン侯爵家は、王国の中でも最も歴史の古い貴族の一つに数えられます」
先生が見せてくれたのは、古い歴史書。そのページには、4つの家紋が描かれていた。
「北のアルバーン、西のチェンバース、東のウォーベック、そして南のマクリーン。この4つの家門は、シェリンガム歴が始まった頃には、その原型があったと伝えられています」
約1800年前のことだ。
「では、お嬢様に質問です」
「はい」
「貴族とは、なぜ貴族と呼ばれ、支配する側になったのでしょうか?」
「……魔法を使えたからですか?」
「その通りです。魔法を使えるということは、強大な武力を持っているということです。武力を持つものが支配者になり、その支配者が現在の貴族の血筋の源流となったのです」
次に見せられたのは、大きなタペストリーだった。
「マクリーン侯爵家の家系図です」
巨大で複雑な家系図だった。
「マクリーン侯爵家は、常に国で一二を争う魔法使いを輩出してきました。刃風サイラス、炎帝エウリリス、聖泉ディアドリー……。いずれも、歴史に名を残す偉大な魔法使いです」
先生が、長い棒で一人ずつ示していく。その他にも、ジリアンでも知っている魔法使いの名がいくつかあるのが分かった。
「……質問してもいいですか?」
「もちろん」
「マクリーン侯爵家が、歴史が長くて立派な家門だということはわかりました。私は、この家系の血を継いでいません。……いいんでしょうか」
「まったく問題ございません」
先生は、キッパリと言い切った。
「マクリーン侯爵家が、これだけ多くの立派な魔法使いを輩出してきたのには理由があります」
「理由?」
「血筋にこだわらなかったのです」
「血筋にこだわらない?」
「はい。侯爵家の始祖であるドーラ・マクリーンの血など、とっくの昔に途切れています」
「そう、なんですか?」
「はい。マクリーン侯爵家は、常に最強を目指してきました。そのために、積極的に養子を迎え入れてきたのです」
先生が指し示したのは、始祖であるドーラ・マクリーンの孫にあたる人だ。
「三代目の当主は、農民の子でした」
「農民?」
「ドーラ・マクリーンがその才能を見出し、養子として家門に迎え入れたのです」
「才能を?」
「そうです。実力至上主義。それがマクリーン侯爵家の理念なのです」
ジリアンの喉が、ごくりと鳴った。
「マクリーン侯爵家の血を継いでいることなど、まったくの無意味。……現当主であるクリフォード・マクリーン閣下に選ばれたということにこそ、価値があるのです」
ジリアンは、そのクリフォード・マクリーンに選ばれた。思わず背筋が粟立った。喜びとも違う何かが、ジリアンの身体を駆け巡る。
「とはいえ、無理をなさる必要はございません。次代のマクリーン侯爵は、最終的には分家も含めた家門全体から選ばれます」
つまりジリアンは現侯爵の養女にはなったが、後継者に決まっているというわけではないのだ。
「望まれるなら、
ジリアンは、しかと頷いたのだった。
* * *
「私は、ジリアンを後継者に指名する」
13歳のとき。
親族一同が集まる会議が開かれた。そこで、マクリーン侯爵はジリアンを後継者に指名したのだ。
「ジリアン。前へ」
「はい」
緊張するジリアンの背には、侯爵の手が
100名以上の親族が、ジリアンを見つめている。大人もいれば子供もいる。ジリアンと同じ年代で、後継者の候補であった子女の姿もある。
「戦争は終わった。武力としての魔法は、これから価値をなくしていくだろう」
侯爵の言葉に、大勢の大人が頷いている。マクリーン侯爵の家門は、国内でもいち早く新しい魔法を取り入れている。親族の中には、ジェントリと同じように
「ジリアンは5歳の頃から
侯爵の合図で、トレヴァーが大きな図を出してきた。侯爵の屋敷の図面だ。
「この屋敷は、すでにジリアンの魔法であふれている。魔力を持たないものでも自由に水を出すことができる水道管、下水の処理
5年間で、ジリアンは魔法を使って屋敷を大改造してしまっていた。それらの技術は、親族の屋敷にも広がっている。その
「才能も実績も十分。反対する者は?」
その問いかけに、声を上げる者はいなかった。代わりに、会場中から拍手がわき起こる。
「ジリアンが成人するまでに他に適任者が見つかれば、その者を改めて後継者に指名する。各々、精進してくれ」
これには、若い世代が頷いた。
「とはいえ、ジリアンを助けてくれるとありがたい」
これにも、全員が頷いた。
それを見た侯爵は、改めてジリアンを見つめて。優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、お父様」
ジリアンは純粋に嬉しかった。自分の力が認められたことが。何よりも……。
「君は自慢の娘だ。こうして後継者に指名することができて、嬉しいよ」
侯爵が堂々と胸を張ってジリアンを紹介してくれたことが。
「はい」
「それから、13歳の誕生日おめでとう」
この会議はジリアンの誕生日に合わせて行われた。堅苦しい会議の後は、ジリアンのバースデー・パーティーが開かれたのだ。
親戚たちがジリアンの周囲に集まってくる。一様に、にこにこと笑っていた。全く裏を感じさせない、好意的な表情だ。
「あのクリフォード様が!」
「まさか、こんな
「お嬢様のお誕生日に合わせて会議を開くだなんて、ねえ」
「お仕事との兼ね合いもあって、調整するのが大変だったでしょうに」
「よっぽど自慢したかったのでしょう」
「本当に可愛らしい!」
「自慢したくなる気持ちもわかりますよ」
「使用人や領民からの評判も良いとか」
「ええ、わたしも聞きましたよ。優しくて、ちょっとお
「なあに、子供はお転婆なくらいがちょうどいいのよ!」
「そりゃあ、未来のマクリーン侯爵ですからな!」
あまりの勢いに、ジリアンは目を白黒させた。
その様子を見ていた侯爵が、すかさずジリアンを背の後ろに隠してしまう。
「おやおや」
「ジリアンが驚いています」
「大丈夫よね、ジリアン」
「はい。大丈夫です」
「ほら」
「クリフォード様は心配しすぎですぞ」
そう言いながら、高齢の親戚の一人がジリアンの手を引こうと腕を伸ばした。それを見た侯爵が、さらに深くジリアンを背の後ろに隠してしまった。
「あれあれ」
「……ジリアンは女の子です」
「わしゃ、じじいですぞ」
「それでも、男性には違いありません」
これには、親戚たちから笑い声が上がった。
「あれほど自慢しておいて、触れるのも話しかけるのもやめてくれとは!」
「聞きしに勝る、溺愛ぶりですな!」
「恋人を連れてこようものなら、斬って捨ててしまうかもしれませんなぁ!」
「ははははは!」
* * *
「王立魔法学院に入学を、との王命だ」
侯爵が暗い表情でジリアンの部屋を訪ねてきたのは、その4年後。ジリアンの17歳の誕生日の夜のことだった──。
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