第8話 旅立ちと出会い
ジリアンが屋敷を出発したのは、旅立ちを決意してから5日後のことだった。
彼女が暮らしているマクリーン侯爵の屋敷は、王国の南東に位置する領地の、さらに東端に位置している。旅の目的地を
この長旅のためには、まずは
ジリアンは持ち前の
(魔法は使っていいって言ってたもんね)
言い訳がましく言ってはみたが、見つかったら叱られるかもしれない。
(でも、私はやらなくちゃ)
そうしなければならないと、ジリアンの決意は固かった。
『
短い手紙と、路銀を稼ぐために借りた絹糸やら食料やらの分の銀貨をサイドテーブルに置く。朝にはオリヴィアが気づくはず。
時間は深夜。あたりは真っ暗だが、暗視の魔法を使えばなんてことはない。魔法で獣が苦手な匂いを
「よし!」
ジリアンは、
その後ろを一つの人影がついていくことに、彼女は気づいていなかった。
「お前、一人なのか?」
旅立って三日目の朝、宿で朝食を食べているときのこと。ジリアンと同じ年頃の少年が話しかけてきた。金髪に金眼の、美しい少年だった。
「そうだけど」
「子供が一人で、どこいくんだよ」
「……どこでもいいでしょ」
少年の
「
「だったら?」
「お前……!」
少年の顔が赤く染まる。怒らせてしまったらしい。
この時になって、ジリアンは『しまった』と思った。少年の身なりは上等で、後ろには数人の大人がついている。たぶん貴族だ。怒らせてしまっては、いけなかった。
「……坊ちゃん」
後ろに控えていた大人の一人が、少年に声を掛ける。
「心配しているのだと、そのようにお伝えしませんと」
その言葉に、少年の顔がさらに赤く染まった。
「……心配?」
首を傾げるジリアンに、少年が息を吐いた。
「そうだよ。
宿に泊まるために、すったもんだあったことを言っているのだ。ジリアンのような子供が一人で宿に泊まるのは普通のことではない。きちんとお金を払うと言っても、なかなか頷いてもらえなかったのだ。
『親は?』
『いません』
『じゃあ、一人なのかい? そんな馬鹿な』
『お母さんもお父さんも、馬車の事故で死んでしまって……』
『おや。それは気の毒に……』
『
『金はどうしたんだい?』
『お母さんの服と、銀の食器をぜんぶ売りました』
『そうだったのかい……』
こんなやり取りを経て、ようやく宿の女将さんを説得することができたのだ。1日目の夜も、同じようなやりとりをしている。ジリアンは嘘をつくのが苦手なので、胃がキリキリと痛んだものだ。
「俺も
「え?」
「俺の馬車に乗せてやるよ」
少年の申し出は、かなり魅力的だった。
彼について行けば予定よりも早く
けれど、それでは意味がない。ジリアンは自分の力だけで、
「私は大丈夫」
「でも……」
「親切にしてくれて、ありがとう」
「……おう」
「私、ジリアン」
「俺はアレン」
「
「そうだな」
握手を交わして、そこで別れた。ジリアンは徒歩で、少年たちは馬車で出発して。
(これっきりになるかもしれないけど、いい人だったわね)
ところが、その夜の宿も一緒になった。
「なんで?」
馬車ならば、あと二つ三つ先の街まで行けたはずだ。
「……急いでないから」
「でも」
「いいんだよ」
少年とジリアンがそんなやり取りをしている間にも、少年の付き人が宿の手続きをしてしまった。
「あちらのお嬢さんも一緒です」
と。
「金は払えよ」
「わかってるよ!」
その翌日も、翌々日も、少年は同じ宿に泊まってくれた。
ジリアンを連れとして扱ってくれるだけだが、それだけでありがたかった。嘘をつかなくて済むから。
5日目。ジリアンは街までたどり着くことができず、ついに野宿をすることになってしまった。
(仕方がないわ)
そのための準備もしてきたので、ジリアンは慌てることはなかった。日が沈む前に安全に眠れそうな場所を探す。
(この木の下なら、大丈夫ね)
りんごの木だ。上の方にヤドリギが垂れ下がっているのが見える。これなら魔除けにもなるからちょうどいい。街道からもわずかに外れているので、夜盗にも見つかり辛いはずだ。
あとは、適当な枝を拾ってきて周囲に円状に立てていく。一つずつ指で触れて回れば、簡易結界の完成。ジリアン以外の生き物が入れば、魔力が揺れるので飛び起きることができる。獣避けの匂いも周囲にまいておけば完璧だ。
魔法で茶を淹れて。夕飯は持ってきた小麦粉を魔法でパンに変えた。
毛布にくるまって、さて眠ろうかと思った時だ。
「お前、こんなところで寝る気かよ!」
アレンだった。
簡易結界の向こうで、肩を怒らせて怒鳴っている。
「だって、街まで行けなかったし」
「だからって、女の子が一人で野宿なんかするなよ」
「仕方がないじゃない」
「だから、俺と一緒に行こうって言ったのに!」
「そうだけど……」
「……魔法使えるからって、なんでも一人でできると思うなよ」
アレンが簡易結界を
──リンッ。
ジリアンの魔力がわずかに揺れたが、嫌な感じはしなかった。
「俺もここで寝る」
「なんで? 馬車で街まで行きなよ。まだ間に合うよ?」
彼も貴族なら暗視魔法が使えるだろうから、この時間でも馬を走らせることができるはずだ。
「いいんだよ」
アレンは、ジリアンの隣にどかりと座り込んだ。
「お付きの人たちは?」
「そのへんにいるだろ」
「いいの?」
「いいんだよ」
そして、ジリアンと同じように木の幹に背を預けて丸くなった。
「お前、なんで一人なんだよ」
「なんでって、お母さんもお父さんも死んじゃって……」
「それ、嘘だろ?」
「……」
ジリアンは、黙ったまま毛布に魔法をかけた。毛布が2倍の大きさになる。彼女が使っているのとは反対側の端をアレンに差し出すと、彼も毛布に潜り込んだ。夏とはいえ、夜は肌寒いのだ。
「私ね……クェンティンと同じなの」
「クェンティンって……『クェンティンの冒険』?」
「うん」
「同じって、どういうことだ?」
(アレンになら、話してもいいかもしれない)
彼はジリアンの話を聞いても笑ったりしないと、そう思ったのだ。
「私には、生まれてきた意味がわからないの」
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