第11話 似た者同士だね


──ピピピピピ


 アラームの音だ。いつの間に眠ってしまったのだろうか。

読んでいる途中に寝てしまったのか。寝落ちするなんて珍しいな。

思ったよりも面白く、ついつい読み続けてしまった。


 学校につき、朝のホームルーム前。

俺が席についてから白石さんは俺の方をずっと見ている。

今度は勘違いではない、空ではなく多分俺を見ている。


「やっぽー、あおば。何見ているの?」


 毎日朝の時間にやってくる槻木(つきのき)さん。よっぽど白石さんと仲がいいんだな。

俺の視線はまっすぐ黒板を見ているが、視界には二人が入っている。

 

「別に、なんとなく広瀬君を見ていただけ」


 はい?


「お、あおばにも春が来たのかな?」

「春? そんなんじゃないよ。ただ、広瀬君のクマがすごくて……」


 ですよね。結局明け方まで読んでいた気がする。

朝、顔を洗った時にもわかったが、目の下がすごいことになっている。

久々に夜更かししてしまった。


「ほんとだ、広瀬っちくま凄いねっ」


 広瀬っちって……。槻木さんとはほとんど絡んだことないよ?

なんでそんな名前で呼ぶのさ。でも、俺の名前わかっててくれたんだ……。

ちょっとだけ嬉しく思う。


 そんな視線を感じながら昼休み、俺はいつもと同じように自動販売機に向かう。

いつもと同じ紅茶を買い、屋上に向かう。

いつもの指定席。ここは俺の場所だと、勝手に思い込んでいた。


「早かったね。待ってたよ」

「な、なんで白石さんがここに?」

「お昼はいつも屋上にいるって聞いたから。多分、ここに来るかなって思って。私の予想は当たったね」


 微笑む彼女はなぜここにいるんだ? 俺、昨日何かやらかしたのか?

そんなことを考え、立ったままパンを食べようとする。


「座ったら? ほら、ここ」


 白石さんは自分の隣を俺にすすめ、手招いている。

そんな広くないベンチ。二人で座ったらきつくないか?


「お、お邪魔します……」


 パンをかじり、紅茶を飲む。はぁー、落ち着く。

いやいやいや、落ち着きません!

風が吹くたびに彼女の髪が俺の頬をくすぐるんです!

ほんのり石鹸の香りも漂ってきます。どうしたらいいですか?


「どう?」

「な、何が?」


 はい、石鹸の香りは好きです。

 

「昨日読んでくれたんでしょ?」

「ま、まぁ……」


 読んだ事、そして感想を素直に伝える。


「──のシーンとかは良かったと思う。読んでいてドキドキした」

「うんうん、わかるよ。で、続きはどう? 気になる」


 本音を言うと気になる。多分、最後まで読みたいと思っている。


「最終巻までお願いします」

「いいよ、今度貸すね」


 たわいもない話だけど、共通の話題。

いままでお昼を食べながら、誰かとこんな話をすることは一度もなかった。


「ふふっ……」


 白石さんが笑ってる?


「あ、ごめん。こんな話しながらお昼食べたことないなって。むしろ、学校では初めて話したかも」

「そっか。俺も似たようなこと考えてた」

「私たち、似た者同士だね」


 俺はそう思わない。多分俺とは住む世界が違う、ような気がする。

でも、そんな彼女と一緒に食べるお昼は、嫌いじゃない。


「どうだろうな。似てるのかな?」


 彼女はバッグから水筒を取り出し、カップに注ぎ始める。

あ、いい香りがする。


「どう? 飲んでみる?」

「これは?」

「家で紅茶を入れてきてきたの。これもお気に入りの茶葉なんだけど、いかが?」


 紅茶は好きだ、断る理由はない。


「いただきます」


 昨日飲んだ紅茶とはちょっと違った香。でも、あっさりとした香りに、やや渋めののど越し。

持参した菓子パンによく合う。これはこれでありですね。


「どう?」

「うん、おいしい」

「よかった……」


 その後、ほんの少しだけ彼女は無口になり、何かを決したかのような目つきで俺を見てくる。


「広瀬君、写真撮ったりレタッチできるんだよね?」

「んー、まぁそれなりに? でもまだまだ素人レベルだよ」

「私よりはうまいよね?」

「どうだろ? 比べたことがないからよくわからないな」

「今度、コスの投稿イベントがあるの。もし、よかったら広瀬君に撮影してもらえないか──」

「断る」


 即答。俺は白石さんの話が終わる前に、割って入った。


「だ、よね……。ごめん、迷惑だよね」

「俺、人を撮影できないんだ。せっかく依頼されたのに、ごめん。でも、人以外だったら撮影はするよ」

「人以外?」

「そ、建物とか食べ物。車とかバイクとか、自然とか。人はもう……。紅茶おいしかった。ごちそう様」


 俺は食べかけのパンを袋に戻し、席を立った。

この後、何を話していいかわからないからだ。


 少しだけ、心が痛い。

栗駒さんにも何回か『人』の撮影をしないかと言われた。

全部断った。夢をあきらめるわけじゃない、いつか撮れるようになるかもしれない。


 でも今の俺は、人を撮ってはいけない。だから、いつかその日が来るまでは人以外を撮る。

あんな目にあうのは、もう嫌だ……。


 教室に戻り、自分の席に座って残したパンをかじる。

教室は生徒が少なく、昼休みの時間を使ってどこかに出ているようだ。

自販機で買った紅茶を飲む。うまい。


 でも、白石さんがいれてくれた紅茶の方が温かい。


「やっぽー、広瀬っち。あおばは?」


 槻木(つきのき)さんが白石さんの椅子に座って、俺に声をかけてくる。


「多分、屋上じゃないか?」

「一緒じゃなかったの?」

「さっきまで一緒だったけど?」

「そっか。あおばと話しできた?」


 何だろう、やたら絡んでくるな。

こんなこと衣今まで一度もなかったのに。


「少し……」

「あおばの事、よろしくね」

「なにを?」

「あの子、自分の素を出さないから。広瀬っちだったら、あおばの事わかってくれるかなって」

「槻木さんは白石さんの事、良く知っているよね?」

「んー、全部じゃないかな。あの子が見せたくないところは、知らないことにしてるし、こっちも見ないようにしてる」

「そうなんだ……」

「でも、私はあおばの親友だと思ってるよ。あおばの事、大好きだし」


 そう話す彼女の笑顔がまぶしく見える。きっと、本当に白石さんの事、大切に思っているんだろうな。

そう思える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る