第三話「宿命(フェイト)」
「・・・す、すいません。余計なこと聞いちゃって…紫音さんが血だらけの僕を助けてくれたんですよね?ありがとうございます!・・・・僕、分からないことばかりなんです。学校の帰りに突然、この世界に来てたり、人を見つけたと思ったら殺し合いをしてたり、話しかけただけでいきなり銃で撃たれて殺されかけたり、あと紫音さんが何でこの世界にいるのかだったり…」
言おうか言わまいか悩んだ。紫音さんが僕の命を助けてくれたことに対するお礼だけを言って、そこで話を締めることもできた。この世界のことを知らないままの方がいいのではないかという考えも浮かんでいた。でもそれでは僕自身が納得できなかった。おそらくこの世界では今までに何人もの人があのような殺し合いで消えてきているであろうことは容易に推察できる。そしてそれはこの世界にいる僕や紫音さんも例外ではない。いずれ抹消される可能性がある。現実から目を背けてはいけない。立ち向かわなければいけない。
僕は胸の内を包み隠さず全て話した。付き合いも長く、頼りがいのある紫音さんだからこそ素直な気持ちをぶつけることができた。
「勇人君、あなたは『影喰』に選ばれたのよ。だからこの世界にいるの。私もあなたをこの世界で見かけて驚いたのよ。武影器も持っているでしょ?」
「影喰?…武影器?…選ばれた?」
「…さらに混乱しちゃったわね。とりあえず武影器を出してみよっか?影喰なら固有の武影器が与えられているはずよ。記憶を辿ってみて。」
「記憶を辿るって、どうやって?・・・ん?村島勇人…武影器『ハルジオン』…!?」
紫音さんが言っていることが全く分からなかった。その上、いきなり記憶を辿れと言われてもやり方も知らない。…けれども、僕の記憶の中には武影器というキーがあり、それに紐付いている値に『ハルジオン』というワードがあった。それを引き出してイメージすると、僕の手にはいつの間にか剣が握られていた。・・・これが武影器!?
殺し合いをしていた少女のツインダガー、筋肉質の男の長槍、紳士な格好の男の銃…あれらもおそらく武影器なのであろうか。この武影器を使って殺し合いをするのか。でも、一体何のために?そもそも守るべきものの為ならわざわざこんなものを使って殺し合う必要なんてないのではなかろうか?事あるごとに思考も交錯する。
「おっ!呼び出せたね。そしたら次は・・・」
「!?・・・紫音さん!危ない!!」
僕は咄嗟に握っていた剣で紫音さんの頭上を薙ぎ払っていた。剣の扱い方など知らない。それ以前に体力や筋力もこの前の学内体力テストで高校生の全国平均値よりも劣っていることも分かっている。だけれども、何もしないわけにはいかなかった。・・・何もしなければ僕の信頼している紫音さんは『あの大鎌』で真っ二つにされていただろうから。
「ステルスで気配を消していたはずなのに、勘のいい影喰ね。・・・この二人でちょうど100人か。まあ、しばらくは喰わなくても生きていけるから都合がいい。『デッドクレセント』の餌になってもらうわ。」
僕の薙ぎ払ったハルジオンで往なされた大鎌の持ち主は微笑を浮かべていた。…なんだろう、もの凄い威圧感というか恐怖感というか…この世界で出会った人たちの中でも特に『重い圧』を感じて気分が悪くなりそうだ。
体勢を立て直した大鎌の女はその大鎌の柄の先端部を僕らに向けている。・・・分かる。宣戦布告をしていると。あの女と戦わなければならないと。僕のハルジオンを持っている手も一段と強く握りしめていた。・・・・説得はできないものか?できるのなら血を流して争う必要はないんじゃないか?
『自分が誰も殺さなければ、誰からも自分が殺されなくても済むんじゃないか?』
安易な考えだというのは百も承知だ。でもそれでもし、無血解決できるのであればそれに越したことはない。僕は臆病者なのだろう。ただ、自分が死にたくないだけなのかもしれない。それでも…言葉を紡いでみないと分からない。
「もう殺し合いをするのは止めませんか?僕は戦いたくないです。この世界の人は何で武器を持って人を傷つけるんですか?その先に何かあるんですか?僕には理解できないです…この世界の人たちの考えが!」
自分の思いの全てを言葉でぶつけた。しかし、大鎌の女の反応は薄い…いや、全く変わっていないという方が正しい。何も返答をすることもなく、僕らに突きつけていた大鎌を両手で握り、彼女の右肩斜め上まで上げて構え始めた。・・・分かっている。僕の説得は失敗に終わった。そして今、あの女との殺し合いに立ち向かわなければならない状況なのだと。
「無駄よ、勇人君!・・・!?マズイわ…上級影術『ハイボイドウォール』!!」
一瞬何が起こったのか分からなかった。気がついたらあの女が僕の眼前まで詰め寄っていて、その手の大鎌が僕の頭上から振り下ろされていた。…だが、僕は無傷だった。紫音さんが張ってくれたあの結界のおかげだろうか。結界はガラスが砕け散ったかのように破片が美しく宙を舞い、消滅していった。その美しさに見惚れている間もなく、次の攻撃が来る。
「勇人君!次くるわよ!・・・『スターライトレイ』!!」
僕は大鎌の薙払いを両手でハルジオンを握りしめて受け止めた…が力の差は圧倒的。コンマ数秒も持たず、ハルジオンは押し返された。武影器で受け止められるわけがないと思っていたので、身を引くことに注力していたのが今となっては正しい判断だった。左の二の腕に軽い切り傷を負っただけで済んだのだから。
大鎌の女は紫音さんのいる方から飛んできた複数の光の矢を軽い身のこなしで回避して、シルエット化した電灯の上に乗っていた。
(チリーン♪…チリーン♪…チリーン♪)
「チッ!時間切れか。あと二人までいけると思ってたんだけどな。お前ら命拾いしたな。次会った時はその首を刈り取ってやるから、洗って待ってろよ。じゃあな。」
どこからか鈴の音が聞こえてきた。思えば、僕がこの世界に来る直前にも聞こえていたような気がする。その音が鳴り始めると大鎌の女はどこかへ飛び去って行った。この鈴の音はこの世界での開始と終了の合図といったところなのだろうか?そう考えると、この世界はどうやら居られる時間が決まっているようだ。
鈴の音はしばらく鳴り続けて、やがて止んだ。その直後、周囲の景色に色が付き始めてシルエット化していた人や建物は実体へと戻っていく。静まっていた車や信号機の音も聞こえ始めてきた。崩れ落ちていたはずの体育館は何事もなかったかのようにそこに存在している。
・・・僕と紫音さんは元いた現実世界に帰ってきていた。
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