the final part
ep.46 わたしの代わりが必要とおもったの 1/2
俺の知る真田なつ海のシナリオは、唐突な別れのものだった。
いや、唐突というのは少し違うのかもしれない。
真田一樹の記憶の奥深く。すでに結果は出ていたのだから。
家族で訪れた海で、その島の神社をめぐったあと、なつ海は不注意で海に転落した。そのとき近くに大人はいなくて、それを見ているのは俺だけしかいなかった。
まだ中学生だった俺は、必死でなつ海を助けようとしたけれど、漂流物の漁網や釣り針がなつ海の服に絡みついて、それを解くことができなかった。
なんとか引き上げたとき、もうすでに妹は息をしていなかった。
それが事実だ。だったはずだ。
しかし、その光景を見ていたのはもう一人いた。
銀髪の少女。
千早を羽織った、小さな神様。それは、水月だった。
そのことを俺は客観的なノベルテキストでしか知らないけれど、たしかに水月はなつ海を
3年という条件つきで。
いつものようにリビングで、なつ海がテレビの前に座っていたところから、最後のシナリオは始まる。
「ねえ、兄さん。どうしてわたしが由依を呼んだと思う?」
「由依ちゃんの家庭環境から距離を置かせて、彼女を助けるためっていうのは違うんだろな」
「うん。それもあるんだけどね。わたしの代わりが兄さんには必要とおもったの」
日向由依の存在意義。
由依はなつ海の小学校時代からの友達だった。
そのときなつ海は親がプロゲーマーということで、軽いいじめに合っていた。
由依だけはそのことを気にもとめず、むしろ尊敬の念をもっていた。
きっと、なつ海にとっては唯一の信頼できる存在だったのだろう。
だから、俺の家族として残したかったのかもしれない。
「だから味付けも教えたんだな」
「そうね。やっぱり由依は物覚えがいいね。でも、ずっとわたしが兄さんにご飯作ってあげたかったな。詰んじゃってるもんねー、もぅ」
「……」
「なつ海ね、兄さんと結婚したかったの。――なんちゃって」
そう言ったなつ海は、もうリビングにいなかった。
残されたのは、最新のそれではない、古びたゲームのコントローラーだけだった。
――これが、Re;summerにおける真田なつ海のシナリオだった。
***
「今日はゲームしなくていいのか? 縁側気に入ったとか?」
乃愛からの電話を受けた俺はなつ海に真実を告げることを決意した。
彼女はリビングではなく、あのキスの夜と同じように縁側にいた。
それは、まるで俺の話を待っているかのようだった。
「風呂上がりにここに居ると涼しくてちょうどいいの。ちなみにゲームなら、ここにありますよ。抜かりなし!」
そう言って、なつ海はパーカーの大きなポケットから携帯ゲーム機を取り出した。
ターコイズブルーの筐体が鮮やかな最新のものだ。
「ああ、なるほど。由依ちゃんは?」
「由依はお父さんと話があるみたいで、外で電話してると思うよ」
「そっか、今度俺からも由依ちゃんのお父さんにはお礼言っとかないとだな」
「そういうところ、兄さんしっかりしてるよね。――さてと。なにかお話があるんでしょ?」
なつ海から笑顔が一瞬消えた。
鋭い目つきの先に見ているものは、俺であるはずなのにどこか違うところにその焦点は定まっているようにも思えた。
「察しがいいな」
「何年、兄さんの妹やってると思ってるの。はい、これ。今日RIONで買ってたの。話しながらちょっと火遊びでもどうですか?」
「線香花火か」
「うん、昔から好きなんだよね」
さらにポケットから取り出したのは線香花火と着火用のライター。
「昔、家族で海に行ったときの思い出だもんな」
「うん。それとね」
「こうやって星空の下にいるとね、時が止まったみたいで怖くなるの。星だってほんとはすごくはやい速度で動いてて、何一つ止まってるものはないんだろうけど。なんだか永遠にこの瞬間に取り残されるような不安があって」
その言葉は、俺に対してなのか独り言なのか。
なつ海は星空を見ながら、口にする。
先日の雨が嘘のように、雲ひとつない夜空はいつもより星々が近く感じた。
「でも、線香花火って絶え間なく変化を繰り返して、そして最後には散っていく。そこには確かに時間があって。終りがあることに安心する」
「……」
「そんな顔しないで兄さん。わたし分かってるから。そんな不安な顔されちゃったら、わたし兄さんの傍からずっと離れられないんだけど?」
――あ、そうそう明日なんだけど外食にしない?
そう、なつ海が珍しく俺らに提案した理由。
彼女自身でそのことに気づいたからなのだと、すぐに理解った。
最後に家族でいられる時間を消化するための、いまはアディショナルタイムなのだと言わんばかりの提案だったのだから。
「ずっとここにいればいいだろ」
「ダメだよ。時間切れみたいだからね。すべて思い出したから。あの日のこと。海でわたしが溺れたとき、兄さんはわたしを助けてくれたけど。もうわたしはそのとき生きてなかった」
線香花火に火が灯る。
色鮮やかに咲く牡丹の火花。
「わたしは、河にいたと思う。空には天の川が横たわってた。満天の星空。そして河はずっと先まで続いていた。そこで銀髪の女の子が言ったの。あと三年現し世に戻してあげるって。あとで知ったことだけど。現し世はこの今の生きてる世界。そしてその反対は
「あのときわたしは、12歳だったからね。もうわたしはタイムオーバー。詰んでるの」
いつもの軽い口癖が、重くのしかかるようだった。
「だからね、由依を呼んだのだと思う。そのときのわたしは単なる気まぐれだったけど。思い出す前からわたしは、わたしの時間切れを分かってた」
「ほら、泣かないで兄さん。なつ海は兄さんの傍にいられて幸せでしたよ。きっともうすぐ迎えがくる。だから、そのときまでは笑ってて?」
多分、俺は泣いているのだろう。
そうなつ海が言うのだから間違えなく。滲んだ景色のなかでなつ海のぎこちない笑みだけが鮮明に色を帯びていた。
「――ちり菊だね。もうすぐ終わっちゃう、ね」
線香花火の火薬の匂いのなかで、なつ海の柑橘系の香りがまじっていた。
――どうだった? わたしのキス
それは、彼女のキスを思い出させるには十分なものだった。
「終わらせねーよ……」
俺は握りしめていたスマートフォンの通話ボタンに触れる。
その繋げた先は、もう一人のヒロイン。
「え?」
『……なつ海ちゃん。聞こえるかしら』
ハンズフリーで流れる音声は十分クリアに聞こえた。
乃愛となつ海。繋がることのないシナリオ分岐を絡み合わせて、新しいルート分岐を作るために。
「乃愛……さん?」
『あのね、君のお兄さんはね。すべて知っているの。だからなつ海ちゃんのことを助けるためにいま、貴女の隣りにいる。だから彼を信じてあげて』
「……どうして、そんなことわかるんですか」
『私も、貴女と同じだからってことじゃ理由にならないかしら』
「わたし……でも」
『生きたいとは、思わない? 彼と一緒に、これからもいたいと思わない?」
決意。困惑。不安。
そして苛立ち。
なつ海の表情からはそのすべてが見え隠れしていた。
隠り世に置いてきた魂のかけらを、掴み取ろうと足掻くように。
「……生きたいですよ。まだ兄さんとやりたいことも一杯ある。叶えたい夢も。由依と一緒に、大人になっていきたい……! 乃愛さん達ともまたいっしょに遊びたいッ――でもそんなこと」
『望んでも良いんじゃないかしら? つぎは貴女の誕生日会を開かないと。私だけ祝ってもらっちゃったら悪いもの……まだ時間は残されているからね。きっと彼なら助けられる。貴女のこと』
「――兄さんが、わたしを? 助けてくれる……?」
『彼は、最後まであきらめないと思うわよ。じゃあ、あとは任せるわ。本物のタイムトリッパーさん』
「おう、乃愛。ありがとな」
『いいのよ。
そう言って通話は途切れた。
あとは俺から伝えれば良い。これからのことを。
「と、いうわけでさ。俺は全部わかったうえで、この夏を繰り返してきた。俺はなつ海と乃愛、そしてさやかを救うためにここにいる。だから俺はなつ海にお別れを告げにきたんじゃない。協力してほしいんだ。このゲームの攻略に」
「ゲーム……?」
「そう、ゲームだよ。得意だろ? なつ海、お前をいちゲーマーとして見込んで聞く。バッドエンドを回避するための方法を」
「あはは。なにそれ、まるでノベルゲームみたいに言うのね」
決意。困惑。不安。そして苛立ち。
それと笑み。
線香花火のように、その色と形を変えるように。
ぐちゃぐちゃになりながら、なつ海は俺に笑顔を向ける。
「ノベルゲームだったんだよ。俺にとっては」
「――攻略対象は?」
鋭い言葉を返すなつ海
『ゲーム』それは、ゲーミングガール真田なつ海の琴線に触れるためのキーワード。
「美少女ゲームの追加ヒロイン枠にさえ漏れた。そんな女友達のキャラクター」
「なによそのモブいキャラ」
なつ海の声は、それまでの詰みを覚悟した悲愴的なものではなくて。
彼女のその表情は次の一手を思案する戦略的な様相を孕んでいた。
「待って、わかっちゃったかも。……沙織さん?」
「察しがいいな妹よ。――佐藤沙織を攻略する方法を、探してほしい」
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