第6話 さらば銀色の宇宙人

6-1

 ある日の明け方、貴志はふと目を覚ますと寝ぼけ眼で周りを見回した。

 あれ、誰かが話をしていたような……。気のせいか。

 枕元の時計を見るとまだ朝の五時前である。あと一眠り……。

 再び目をつぶり、まどろみの中に意識が沈む。

 半覚醒状態で思念の声が頭の中に流れ込んできた。

「次元断層が開いた。早く戻って来い。お前の生命エネルギーもずいぶん少なくなったのではないか。断層が閉じる前に戻って来い」

 そんな会話を聞いたはずなのだが、目覚ましの音とともに忘れてしまった。

 

 それから数日経って、研究所に出社していた者は突然始まった館内放送に聞き耳を立てていた。スピーカーの声は沼田所長である。

 時間は朝の八時五十分、「政府の緊急発表が始まるため、各部署の代表者は至急休憩室のテレビの前に集まるように」とのことだった。調査研究部からは岡田と植村班長が出席した。

 各部署の代表者が十数人ほど集まり、手狭な休憩室はそれだけで一杯だった。

 一番前の席に沼田所長が陣取り、集まった代表者もテレビを食い入るように見ている。

 やがて報道官が席に着くと挨拶をして会見を始めた。

 要約すると、

 現在、多数の宇宙船が地球に向かっており、三十分程で地球に到着予定である。

 宇宙船団の目的は不明。

 最悪の場合は交戦状態になるかもしれず、経過がはっきりするまで自宅や職場など建物にいる人はその場に待機して欲しい。外にいる人は警察が誘導するので指示に従って欲しいと言うアナウンスである。

 会見から十分ほどで全ての電車や車の動きが止まった。

 この迅速な行動も、頻発する怪獣出現でみんな対応に慣れている影響が大きい。

 調査研究部の事務室にも館内放送でテレビの音声は届いていた。

 その時点では貴志や他の所員も、どうせ日本には来ないだろうと高を括っていた。

 ところが九時二十分頃、ニュースの第二報が入ると状況が一変した。

 宇宙船団は人工衛星を破壊して大気圏に突入し、ハワイ上空を通過してそのまま日本に向かっていると言う。

 なんということだろうか。所長が慌てて事務室に戻ると、いつの間に戻ったのか、岡田や植村班長、そして他の所員が既に重要書類を段ボールに詰め込んでいる。地下の耐火金庫に保管するのだ。休憩室に残っている者はみんな緊張してテレビを食い入るように見ている。

 まもなくニュースで航空自衛隊と科学特別防衛隊が戦闘状態に入ったことが告げられた。

 ニュースの第三報では円盤の大多数を迎撃したが、敵が連れてきた宇宙怪獣により科学特別防衛隊基地が攻撃を受けているという。

 なんとか敵の宇宙怪獣を倒すことに成功したものの、銀色の巨人は宇宙怪獣に倒されてしまい、仲間らしき巨人が宇宙に連れ帰ったことなどが告げられた。

 銀色の巨人には申し訳ないが、みんなは宇宙人と全面戦争になるのではないかと戦々恐々としていた不安から解放され、ほっとしたようだ。

 人間というのは勝手なもので、緊張や不安から解き放たれると今度は欲望がもたげてくるらしい。今度は岡田や沼田所長がそわそわし始めた。確かにもうそろそろ来る頃だろうと皆が思っていると案の定電話が鳴った。

 所長が素早く電話に出ると、やはり特殊生物対策課の浜口からである。

 爆砕した宇宙怪獣の残骸処理とサンプル確保の連絡だった。

「さあ、行くわよ」

 岡田の掛け声と共に、南原、島崎、林、森野、そして貴志らはテキパキと準備を始め、車で飛行場へ行くとすぐにイーグルに乗り込んで特防隊本部へと飛んだ。

 しばらくすると広い敷地に無骨で機能的なデザインのビルが見えてきた。

「あれが特防隊の基地ですか。かっこいい! さすが金かけてるなぁ」

 と貴志が言うと、

「あれだけの装備があるんだから、お金もかかっているわよ」

 と岡田は、さも当然という返事をした。

 浜口の話によれば、怪獣は特防隊ビルのそばにある空き地の上空で大爆発したらしい。

 なぜ上空でとも思ったが、どうやら新兵器が使われたらしく詳細は不明であった。おかげで怪獣の残骸はかなり遠くまで飛び散ったようだ。

 上空からだと結構な数のトラックが集まっているのがよく見える。特防隊隊基地が宇宙人の襲撃を受けたとあっては日本政府も黙ってはいられないだろう。

 人数は二百人くらいか。一個中隊ほどの規模と思われる。

 着陸すると自衛隊幹部と思われる人が岡田達に歩み寄ってきた。

 岡田、南原、島崎はその人と少し話をすると、その人の後に付いて仮設テントへと向かった。

 林と森、貴志の三人は双腕車とコンテナ車を降ろす準備を始めた。

 民間人が自由に出入りできる場所であれば、普段は誰かがファルコンでお留守番となるが、ここは科学特別防衛隊の管理地なので飛行機を無人にしても規則上は問題ない。

 三人が機材を降ろし終えると、気の早い報道カメラマンがシャッターを切り始めた。

 三人は防御服に着替えて岡田たちの帰りを待った。やがて岡田たちが戻り、皆で簡単な段取りを打ち合わせした。

 今回はいろいろ大変そうだ。

 なにせ上空で爆発したせいで、怪獣の残骸があちらこちらに飛び散っているのだ。

 すでに自衛隊は飛び散った破片で一定以上の大きさの残骸には目印の旗を刺してくれている。

 岡田達はそれを見て回り、今日回収する分、後日回収する分、そして処分する分とに区分しなければならないが、広範囲に残骸が飛び散っている関係でかなりの距離を歩かねばならず、体力勝負である。

 怪獣の残骸で本日持って帰る分を下見している最中に突然、自衛隊の現場指揮官がやってきた。

 爆発により半壊した宇宙船の残骸から宇宙人の遺体らしきものが発見されたという。

 岡田、南原、島崎はそれを聞いて小躍りして、すぐに宇宙船の残骸へと向かった。それを見て林、森野、貴志も慌ててその後を追った。

 途中まで行くと、そこから先は立ち入り禁止区域ということで報道陣が足止めされている。

 岡田達はその脇を通りどんどん奥へと進んだ。

 さっき見たときは大破した宇宙船に見えたのだが、近くまで来ると下半分はたいした損傷もなく残っている。

 これは敵の宇宙怪獣運搬船らしい。

 怪獣を船から搬出する際に爆発したらしいが、それが故意なのか事故なのかは分からない。しかし半壊という中途半端な壊れ方をしているところを見ると、きっと事故なのだろう。円盤の上半分は吹っ飛び下は残っているが、側面も四分の一が吹き飛んで、中が丸見えの状態である。

 報道陣も興味津々で立ち入り禁止の柵の外から貴志達を撮影していた。

 中に入った際に、自衛隊の方で既にガイガーカウンターを当てて放射能の無い事は確認済みだという。

 宇宙船の中で遺体を発見し、あわてて岡田達研究員に連絡したわけだ。

 岡田はツカツカと貴志に歩み寄るとカメラを「はい」と手渡した。

「中の撮影と回収御願い」

 完全防護服の貴志に対し岡田は簡易防護服である。無茶はしなくていいからとは言ってもやはり貴志は気のりがしない。

 この宇宙船の大きさは約六十メートルといったところか。怪獣輸送船としては意外とコンパクトである。

 完全防護服を着た自衛隊員の後ろに林が付いて、貴志が担架を抱え、しんがりの森野がビデオカメラで撮影しながら進んだ。

 狭い通路を進んでいくが意外と何もない。時々パネルみたいなものが見られる程度だ。

 通路の一番奥まで行くとドアが一つ開いていた。

 先導の自衛隊員と一緒に部屋へ入る。

 一匹いや一人と言うべきか、宇宙人らしきものが床に仰向けで倒れていた。

 少し離れたところから森野がビデオカメラのズームを使い宇宙人を撮影している。

 林と貴志は担架に宇宙人を乗せる準備を始めた。

「気をつけて!」

 森野が思わず叫んだ。

 宇宙人はピクリとも動かなかった。

 宇宙服を着ており、体に外傷はなさそうである。

 頭についた一本の触覚が特徴的で、目玉がついているが瞬きできそうな瞬膜はなかった。

 貴志が担架を床に置くと、二人で足と肩を持って担架に乗せた。思ったほど重くない。

 二人が担架を持ち上げると、森野は宇宙人が見えないように上からにカバーをかけた。

 二人が担架を担いで宇宙船を出ると岡田がやって来て、ちらっとカバーをめくってまた戻した。

「ご苦労さん」

 そう言って、岡田、南原、島崎、森野の四人が担架の脇をガードして立ち入り禁止のロープのところまで来ると、待機していた報道陣からどよめきの声が上がり、一斉にカメラマン達がシャッターを切り始めた。

 テレビ局もこちらにテレビカメラを向けて撮影している。生中継だろうか。見えないようにカバーを掛けているのは彼らにとっても口惜しいのだろう。

「カバーを外してもらえませんか」

 と声がかかるが、無視してイーグルへ向かった。

 岡田は上機嫌である。

 貴志達は宇宙人を担架ごと冷凍コンテナに収容すると、念のため森野をイーグルに残し、他の五人はまた怪獣の残骸を回収するため戻っていった。


 その日の夕方、研究所に戻ると沼田所長がニコニコして出迎えてくれた。

「宇宙人はどうかね」

 岡田が冷凍コンテナの小窓を開けると宇宙人の顔が見えた。

「これは良い。なかなか立派な面構えだな」

 どういう基準で立派なのか分からないが、面白いことを言う。

 貴志はそう思いながら林や森野と、宇宙人や他のサンプルを実験棟の冷凍保管倉庫に運び入れた。これらの保管整理が終わるとコンテナを消毒してイーグルに戻すため、また飛行場へ戻らねばならない。飛行場から研究所まで戻ると、夜八時をとっくに回っていた。

 事務室で貴志の腹がグゥ~と鳴り、所長に「お先します」と言ってさっさと帰途についたが、岡田達は報告書の作成でもう少し残業するらしい。ご苦労様である。


 次の日、これがまた忙しい。

 昨日選別した怪獣の破片で、研究用として価値の無い物は自衛隊で保管したあと安全が確認できた時点で焼却処分してもらい、価値ある破片は自衛隊の運搬車で今日の午前中にこちらへ届く予定である。

 その受け入れ準備で忙しいのだ。

 何せ最近は怪獣の出現も多いので、仮保管用の冷凍倉庫もそろそろ手狭になっている。

 それで来年にはもう一棟、仮保管庫を増設するらしい。

 午後になってようやく忙しさも一段落ついたようだ。

 宇宙人の主担当も岡田に決まった。

 他の研究員からは自分を是非にという話も出たが、そこはやはり一番年長の岡田が押し切った。主担当という肩書きは譲れないらしい。とは言っても他の二人も副担当として参加予定である。

「解剖はいつごろですか」と貴志が尋ねた。

「そうね、明日にでもX線検査をしてその報告書をまとめてその後だから、三日後くらいかしら」

 声を聞けば誰でも岡田が上機嫌なことは簡単に分かるだろう。

 さて、その三日後が来た。研究所の実験棟は宇宙人の解剖準備で朝から慌ただしい。

 林と貴志の二人が冷凍保管室から顔の部分が覗ける白いカプセルに入れられた宇宙人を台車で解剖室まで運んで行く。

 衣類はX線撮影の前に貴志と林が金切りバサミで切断して、全て剥ぎ取った。なにせ宇宙服の上から試しにX線撮影をしても、着衣に邪魔されて体が透視出来ないのだ。

 宇宙人の着ていた宇宙服は、薄くて柔軟性もありながら非常に強固でカッターの刃が通らない。金切鋏を使ってようやく切断できる素材であった。これだけでも宇宙人の高度なテクノロジーの一端が窺える。

 この衣類はこちらでもある程度分析した後に、科学技術庁・特殊生物対策課の浜口課長経由で特防隊にサンプルとして提供することになっている。

 解剖室に行くと岡田、南原、島崎の三人が待機していた。

「それじゃあこちらの解剖台に乗せてくれるかな」

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