第3話 怪獣の落とし物を回収せよ
3-1
澄んだ空気に真っ青な空。
秋の気配が感じられる今日この頃、ピクニックに出かけていてもおかしくない日曜の午後であった。
ところがここ研究所の休憩室で、お休みにもかかわらず仕事に来ている残念な人たちがいる。
しかも仕事中にもかかわらず、みんなテレビの前に釘付けである。
どうしてかって?
実は今、銀色の巨人と怪獣が闘っているのをテレビ中継しているのだ。
静岡県伊東市の温泉街を破壊した怪獣はその後、突如現れた銀色の巨人と現在闘っているのだが、現場は半径一キロ以内が立ち入り禁止で、さらに上空も飛行禁止となっている。
テレビ局の中継車が立ち入り禁止区域外から映像を送っているが、望遠レンズの選定を誤ったようだ。
怪獣と銀色の巨人は小さくてボケており、まるで指人形劇でも見ているかのようで、しかもアナウンサーは双眼鏡を見ながらの実況中継であった。
「植村君、なんかイキのいい怪獣じゃないかね」
「いやいや毒ガスを吐くだけあって、イキは臭いんじゃないですか。ね、所長!」
すかさず岡田が
「イキ違いでしょ!」とつっこんだ。
「南原、島崎組はちゃんと映像が撮れてるのかしら?」
岡田は少しイライラしているようだ。
要するに休日にもかかわらず怪獣の出現により、みんな沼田所長に呼び出されたわけである。貴志を含め南原や島崎達は怪獣の生態記録映像を撮るためファルコンで素っ飛んで行った。
ただし岡田は例外で、来期の予算申請の報告書作成が週末に終わらず締め切りを月曜日に延ばしてもらい、休日出勤と相成ったわけである。そんなわけで当然岡田は留守番であり、それが悔しかったのだろう。
暫くテレビを見ていると、オォッと声が上がった。
決着がついたようだ。
特防隊のバズーカ砲に撃たれた怪獣はよろよろと這いつくばって山頂に登ると、そのまま噴火口に落ち、その直後小規模な爆発と噴煙が上がった。
「アーァァァェ~~~」
岡田が素っ頓狂な声をだした。
「いや惜しい。あれじゃあ怪獣の死骸を持ち帰るのは無理そうだなぁ」
植村班長も残念そうである。
「まあ、仕方ないかのォ。岡田君、報告書の続きをさっさとやってくれんか」
沼田所長の言葉で岡田と植村班長は休憩室から事務室へと戻って行った。
所長は休憩室のソファーにドンと座ると煙草に火をつけ、まったりと煙を吐き出し、
「最後は火口に落ちて死ぬなんて悲しいもんじゃな」と呟いた。
秋ゆえか沼田所長もセンチメンタルな様子である。
「ちょっと残念でしたね」と林が南原に声をかけた。
「火口に落ちるとは予想外だったな。できれば丸ごと死骸を手に入れたかったが……」
「そ、そうだね」
島崎も小声で同調する。
「予想はしていましたけど上空は飛行禁止だし、ファルコンから降りてみれば地上は地上で半径一キロは立ち入り禁止だなんて残念ですよ」
貴志も愚痴る。
「まあ仕方がない。毒ガスをあんなにまき散らかされたんでは、たまったもんじゃない。我々もガスで死にたくはないからね」
「ま、まあそうだね」
「今さらしょうが無い、ファルコンに戻って所長に報告するか……」
みんなは撮影機材を片付けると、重い足取りで森野の待つファルコンへ向かった。
沼田所長が事務室に戻ると、ちょうど南原から無線連絡がきた。
「所長、すみません。怪獣の吐く毒ガスのせいで近距離撮影が出来ませんでした。しかも撮影場所に木立が多くて、映像が途切れ途切れになっていると思います。ホントすみません」
「まあ、それは仕方あるまい。早く映像が見たいから戻ってきてくれんか」
「了解しました。これから戻ります」
そう言って無線が切れた。
「残念ながらあまりうまくは撮れんかったようじゃ」
「やっぱり私が行くべきだったわ!」
そう言って岡田は悔しがった。
「いやいや、南原君、島崎君の撮影技術は優秀じゃよ。君はこの前ピンボケな映像をとって私に注意されなかったかね」
「それを言われると面目ありません」
所長にたしなめるように言われて、岡田は口を閉じた。
今回出現した怪獣についてちょっと説明すると、こいつは昔の文献に時々出てくるやつである。
口から高濃度の亜硫酸ガスを吐いて、多数の人間に呼吸器係の被害をもたらした記録もある。
威嚇の為に背中の甲羅を拡げることもあるようで、怪獣が移動した山の中では時折爆発音が聞こえると言う報告も残っているが、何の音かは未だ不明である。
月曜の朝、沼田所長が普段通り新聞を読みながら家から持ってきたであろう饅頭をまるごと頬張って食べていると、突然電話が鳴った。
それに驚いた所長はいきなりむせた。
トントントンと軽く胸を叩くと、慌ててお茶を飲んで電話に出た。
「はい沼田です」
「おはようございます。特殊生物対策課の浜口です」
「いやあ、どうもお久しぶり。元気じゃったかね」
「早速で恐縮です。昨日の怪獣の件なんですが、例のごとく怪獣の物と思われる排泄物が見つかりまして……」
「して、分量はどのくらいかねぇ」
「およそ五トンと聞いております。これから詳細情報を電送しますので、いつものようにご対処をお願いします。既に自衛隊には協力要請を出しておりますので」
そう言って電話が切れた。そして暫くするとカタカタと音がしてファクシミリから数枚の紙が吐き出された。
所長はそれを取り上げて要点を皆に伝える。
「場所はええとじゃ……、静岡県伊東市の大武温泉中央通り。回収ブツの重量は推定五トン。現地の自衛隊も手伝ってくれるそうじゃ。岡田君、今回も指揮を頼んだよ」
今回は植村班長も含め七人が車に乗り込み飛行場へ向かう。
飛行場では整備士の遠野が一行を待っていた。
「おはようございます。言われたとおりイーグルにはコンテナとミニショベルカーを搭載しておきました」
「ありがとうございます。さあみんな! 出発するわよ」
岡田も昨日で報告書を全て仕上げたせいか、張り切り方もひとしおである。
ここで少し説明をしておこう。
特殊生物、世間では怪獣と呼んでいるが、その死骸や怪獣に由来する物が発見された場合は、特殊生物総合調査研究所に連絡が来ることになっている。それが安全か危険かを判断する必要があるからだ。
一般的に動物の糞による人体の被害は、
・ダニによる被害
・寄生虫による被害
・フンから発生する菌による被害
などが挙げられる。
無防備に糞に触ってしまうと、これらの被害を受ける可能性があるのだ。
なにせ未知の生物の体や排泄物には、どんな病原菌が潜んでいるかわからない。
この怪獣に関しては、過去の文献にも何回かの記述はあるが、重篤な症例記録は無い。
まあそれが救いでもあるが……。
それでもペットの常在菌が原因で重体となる人もいるくらいだ。迂闊に触って未知の病原体に感染などしようものなら大変なことになる。
本来は特殊生物災害対策基本法によって死骸や汚物が危険物と判断されれば国が処理を行い、もし対象物が安全で、かつサンプル収集不要と判断されれば、それは国が補助金を出して各自治体が焼却や埋め立て処分をする。
もっとも大概は不要と判断されることはない。全て貴重な研究資料なのだから。
サンプルが少量ならばこちらで保全と回収を全てやってしまうわけだが、大量にあってどうしても人海戦術となる場合は自衛隊に協力を仰ぐことになる。しかも最近は自衛隊に頼ることが非常に多いのが実状だ。それもこれも怪獣の出現頻度が昔に比べて増えているからである。
まあ今回の分量はイーグルの積載量十トンからすれば余裕である。
「今、連絡書に書かれた場所の上空ですが、どこに着陸しますか」
森野がイーグルでホバリングしている間、岡田が下を確認している。
「たぶん下の青いテントがそうね。少し離れたあそこの空き地に着陸してちょうだい」
着陸したイーグルには植村班長と林、森野が待機して、岡田を先頭に南原、島崎、そして貴志が現場へと向かった。
到着すると立ち入り禁止のロープが張られ、近くには自衛隊員が立っている。その回りには新聞社やテレビ局数社がうろうろしながら取り囲んでおり、他には警察官の姿と二十名近い野次馬もいた。
それにしても目標から五十メートルも離れた場所に立ち入り禁止のロープが張られているなんて、どうしたことか。
南原と島崎は自衛隊と警察に怪獣の聞き取り調査を開始した。
岡田はイーグルに連絡を入れる。
「林君、植村さんと一緒に運搬コンテナとミニショベルカーを運転してこちらまで来てちょうだい」
「了解しました」
森野はイーグルで見張り番である。なにせ子供は好奇心旺盛で勝手によじ登って怪我されると面倒なのだ。
暫くすると、二人が自走式運搬コンテナとミニショベルカーを運転してやってきた。
これで何をするかというと、当然ながらミニショベルカーで糞をすくい上げて、それを運搬コンテナに積み、それを研究所に持ち帰って怪獣の食性や細菌などの調査をするのである。
林がミニショベルカーで牽引してきた二輪車から怪獣の排泄物をかき集めるボロ取りフォークとスコップ、そして消毒用噴霧器を降ろすと、岡田はすかさずそれを拾って貴志に手渡した。
「それじゃあ、よろしくね」
大きな糞塊の周りには小さい糞塊が散らばっており、それをショベルカーで拾うのは難しい。結局それは人力で集めねばならない。
ちなみにショベルカーの運転を植村班長が担当するので、小塊は貴志と林がやるわけだ。
持ってきた感染症防護服を袋から取り出し、インナー手袋を装着、そして防護服とシューズカバーを着用、さらにマスク、ゴーグルを付け、頭に防護服のフードを被る。最後は防護手袋をはめて完成なのだが、ファスナーを上げたりと一人では難しいので林と組んで不備がないかをお互いチェックして装備を完了する。
装備が整ったところで小塊拾集作業を開始するが、正直なところ貴志も林もこの作業は好きでは無い。当たり前だが……。
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