いってきます①

 朝ごはんを済ませてから、ミルルは箒を掴んで跳ねるようにシノブの元へ向かっていった。

 シノブはと言うと、嬉しさと申し訳なさが入り混じった愛想笑いを俺たちに向けている。

「みんなに掃除を任せてしまって、すまない」

「気にしなくていい、遊ぶ時間の方が大事だ」

 さすがブレイド、陣頭指揮はお手の物だ。俺が考えるより早く、あれこれと決めてしまう。彼に任せてしまえば、掃除もあっという間だろう。


 ミルルは箒に跨って「早く早く!」とシノブを急かしている。安心して出掛けられるのが、よっぽど楽しみなのだろう。

 苦笑いをしながら箒に跨がるシノブが、俺には心配で仕方ない。

「シノブ、しっかり掴まっていろよ」

「大丈夫さ。東の島には、空を飛ぶ忍術があるんだ。要領はわかっている」

「そうなの!? 東の島に着いたら見せて!」

「もちろんだ。しかし、少し遅くなってしまったな。遊ぶ時間が短くなって、すまない」

「すぐ着くから、気になさらないで」

「ミルル、行くのは東の果て──


 ミルルとシノブは、東の空に消えた。


 ブレイドもレスリーもホーリーも、呆気にとられて開いた口が塞がらない。

 無事に着地出来るだろうか……それだけが心配だ。


 行ってしまったものは、仕方がない。ふたりの無事を祈るだけだ。

 さて、畑の麦に水をやり、掃除の続きをして、クロの世話を──


「アックス、あなた寝ていないでしょう?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべるホーリーに、行く手を阻まれてしまった。

「少しでもいいから、寝ていろ。その間、俺たちがやっておくから」

 ブレイドの指揮に、俺のことまで織り込み済みとは、いやはや参った。

「どうせ、シノブが帰るまで旅に出れねぇ。一宿一飯の恩義に、働かせてもらうぜ」

 レスリーの義理堅さは、昔から変わらないな。だから長い付き合いなんだ。


「みんな……ありがとう。甘えさせてもらうよ」

「お安い御用さ。ミルルが作った回復薬が効いているから、働かずにはいられないんだ」

「おう! シノブの分も、ホーリーの分も働いてやるぜ!」

 レスリーは自慢げに力こぶを見せつけた。


 とてもよく効くいい薬が出来た、と安心してはならない。厳しい旅をしてきた彼らが「効く」と言うのだ。身体を鍛えていない人間がミルルの薬を飲んだら、どうなるのだろう。

 またゴブリンがオークに、ドワーフがトールに、なんていう事態にならなければいいのだが……。


「ほらほらアックス! 何、難しい顔をしているんだ? 早く寝てこい!」

 俺はブレイドに背中を押され、寝室へ上がっていった。

 まぁ、回復薬を明日すぐ売るわけでもないし、薄めたりすれば何とかなるだろう。


 Z  Z  Z


 昼になり、煮炊きする匂いで目が覚めた。もう懐かしい、教会で鍛えたホーリーの料理だ。

 螺旋階段を降りると、ピカピカになった食堂が寝ぼけまなこに飛び込んだ。


「アックス、もういいの? 台所、勝手に使わせてもらったわ」

「ああ、もう十分だ。申し訳ない、こんな綺麗にしてくれるなんて思わなかったよ」

「薬の効き目が凄いんだ! ちっとも疲れないし、まだ働きたいくらいだ!」


 テーブルにつき、食事を待っているレスリーが笑い声を響かせた。ちょっと心配になるくらいの効果だ、あとで何か起こらなければいいが……。


「改めて申し入れよう、ミルルの回復薬を持てる限り買いたいんだ」

「ありがとう、ブレイド。ただ、俺からじゃなくて、ミルルから買ってくれ。きっと喜んでくれるから」

「さぁさぁ、商談は終わり! 昼食が出来たわ、アックスもブレイドも席について」

 ホーリーに促され、俺とブレイドが席についてレスリーは舌舐めずりをした。


 今頃、ミルルは何を食べているだろう。

 ミルルの口に合えばいいのだが……。


「アックス。美味しい料理を前にして、どうしたんだ?」

「ああ、すまんすまん。冷めないうちに頂こう」

 慌てて什器じゅうきを取る俺を、レスリーがいたずらっぽく見つめてきた。ブレイドもホーリーも、呆れたように苦笑いをしている。


「ミルルの心配でもしていたんだろうよ。まったく、アックスがこんなに子煩悩とは思わなったぜ。シノブがついているんだ、心配するなって」

「レスリー。親っていうのは、そういうものだ。お前にだって、父親になればわかるさ」

「この俺が親ぁ!?」

 ガキ大将の延長を未だにやっているレスリーは、想像出来ない未来に顔をしかめた。


「そうだとも。お前もいい歳なんだから、所帯を持ってもいいんじゃないか? この旅が終わったら──」


 自分の言葉が、自分自身ののどを締め上げた。

 ブレイドたちの長かった旅は、もうすぐ終わりを迎える。


 どう終わる?

 みんなで力を合わせて、魔王ベルゼウス討伐を果たして終わるのか。

 考えたくないが、ベルゼウスにやられて終わるのか。

 どちらも、俺の願いじゃない。

 迎えるべき未来は、どちらでもない。

 ミルルがこれ以上を失わない、黒魔術だからと迫害を受けない、みんなと笑顔で支え合う日々が続くこと。

 それこそが、俺の願いなんだ。


 俺は一瞬、唇を固く結んでから、精一杯明るい声でみんなを誘った。

「食事のあと、みんなで森を散策しないか?」


 

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