仲直りしましょう③

 館を目前にしたところで、俺たちは突然の急襲に行く手を阻まれた。

 空から屋根が降ってきたのだ。


 怯んでいる場合じゃない、一刻も早くミルルを助けなければ!

 俺は屋根を乗り越えて館に向かい、ベルゼウスも狼狽えながら後に続く。


 目の前で螺旋階段が突き刺さった。


 危なかった……が、間一髪だ。命があるんだ、ミルルの元へ急がなければ!

 螺旋階段を回り込み、館に向かって走り出す。おっかなびっくりしながらベルゼウスも続く。


 後方で轟音が鳴り響き、思わず足を止めて振り向いた。


 ベルゼウスが降ってきた3階にとらわれていた。螺旋階段がはまっていた丸穴で、事態がわからず棒立ちしている。

「大丈夫か!? ベルゼウス!!」

 少し前まで討伐しようとしていた魔王の安否を気遣うとは、夢にも思わなかった。


 信じられないが、これが現実だ。

 ミルルがひとりで過ごす家から火柱が上がり、屋根が吹き飛び、螺旋階段が飛び上がり、3階が宙を舞い──


 2階だ!!


 俺は轟音に囚われた、爆風に煽られて、空高く舞い上がった2階が降ってきたのだ。

 ベルゼウス同様、螺旋階段の丸穴にピッタリとはまることが出来た。前後左右あと一歩でもズレていたら、今頃ペシャンコに潰れている。


 怯むな、躊躇うな、驚いている場合じゃない!

 邪魔になったルビーベリーを置いて、ミルルの部屋を通り抜け、玄関扉を力任せに開け放った。


 そこは、まるで煙突の中。壁も椅子もテーブルも、ススだらけで真っ黒だ。

 爆風に煽られて開け放たれた窓は、その名残によって微かに鳴きながら揺れている。

 呆然として見上げると、吹き飛んだから当たり前だが天井も屋根もなく、丸くくり抜かれた空が目に映る。

 シンと静まり返った館には、生気がない。


「ミルル……?」


 今にも泣いてしまいそうな、情けない声を出してしまった。だが今の俺には、こんな声しか出せないのだ。

 考えたくもないことが頭をよぎる。振り払おうとしても、こびりついて離れてくれない。


「ミルル……?」


 2回目も、喉が絞られて揺らめく声しか出せなかった。自分の声が、自分に悪魔のささやきをする。


 まさか、死んでしまったのか……?


 とうとう言葉になってしまった。

 俺はそれを全力で振り払い、真っ黒な館の真ん中で微かな希望の光を求め、空に向かって雄叫びを上げた。


「ミルル──────!! どこだ──────!!」


「ぷはぁっ!」

 背後にあった水瓶から、ミルルがひょっこり顔を出した。

「ミルル!」

 びしょ濡れになったミルルを引き上げて、強く強く抱きしめた。早く乾かさないと風邪を引く、なのに俺は溢れる涙でミルルを濡らしてしまっていた。


「良かった……無事で良かった……」

「アックス、ごめんなさい」

「謝らなくていい。ミルルをひとりにした、俺が悪いんだ」


 俺の胸板にミルルの手の平が当てられた。話したいことがあるらしい。

「みんなに仲良くしなさいって言っているのに、アックスと喧嘩しちゃったでしょう」

「いや、ミルルにとって嬉しくない客を呼んだ、俺が悪いんだ」

 ミルルはかぶりを振った。ブレイドたちへの仕打ちにも、ミルルなりに反省しているようだ。


「それでね、仲直りしなくっちゃって思ったの」

「そうだな、俺もそう思っていたよ。それで?」

「だからね、マンドラゴラのスープを作ろうって思ったの」

「そうか、あれは仲直りのスープだもんな」

 スープを火に掛けようとして、爆発したというわけだ。

「スープを台無しにしちゃって、ごめんなさい」

「いいんだ、ミルルが無事でいれば、それでいいんだ」


 しかし、次第に規模が大きくなっている。ミルルの魔法は、制御出来ないまま強くなっているのだろうか。

 いい加減、魔法を制御する方法をミルルに教えなければ……。

 だが、魔法を使えない俺が、どう教えればいいのだろう?

 ホーリーは経験を積んで魔法を強くしていったから、教えるのは難しそうだ。それに彼女は僧侶だ、黒魔術を良く思ってはいないだろう。

 ならばベルゼウス──いやいや、最強の魔女をみすみす魔王に引き渡すことになる。それだけは避けなければならない。


 俺が投げかける視線に、ミルルも目をやった。俺とは違い、パァッと明るい顔だ。

「ベルゼウスさん! 来てくれたのね!?」

 駆け寄ろうとしたミルルは、外に飛び出た部屋に気づいて自室のベッドに飛び込んだ。

「せっかくだから今日は、ここで寝ましょう! アックスはお父様のベッドで、ベルゼウスさんはお祖母様のベッドで!」


 ついに、父親代わりと認められたのか。嬉しさが込み上げてくる。

 ベルゼウスはというと、違った興奮でドキマギしていた。長年、恋をしてきたグレタのベッドで寝るのだから、それは緊張するだろう。


 みんなで横になり一番星を眺めていると、ふと夢のある話がしたくなった。

「ミルル、知っているか? 流れ星が消えるまでに3回願いごとを唱えると、夢が叶うんだぞ」

 案の定、ミルルは身体を起こし「そうなの!?」と嬉しそうに手を組んで、暮れゆく空をじっと見つめた。


 キラリとまたたく星を、ベルゼウスがそっと指差しミルルに教えた。

「見よ、ミルル。あれが流れ星だ」

「本当!? 早くお願いしなくっちゃ! えっと、ルビーベリーを食べられますように」

 それは次第に大きくなって、その輝きを増していった。確かに、流れ星に違いない。

 しかしミルルも、ずいぶん可愛い願い事を言うじゃないか。実は、すぐそこにあるんだぞ?


 夜のとばりを下ろす空を、流れ星が駆け抜ける。

 流れ星の話をしたそばから現れるなんて、そんな偶然があるだろうか。

「ルビーベリーを食べられますように」


 暗くなるはずの空を、流れ星が朝焼けのように白く染めた。その身が砕け散って燃え盛る様子がハッキリ見える。

「ルビーベリーを食べられますように」


 砕けた星屑が辺りに墜ちた。俺もベルゼウスも固まっているが、ミルルだけは嬉しそうに目を見開いて笑っている。

「ルビーベリーだわ! 本当に夢が叶うのね!?」

 次の瞬間、遥か遠くで星が墜ちた。閃光が辺り一面を白く染め、爆発音が空を覆い、木々は枝葉を振り乱し、若木が宙を舞い上がり、地面をえぐった衝撃が全身にビリビリと伝わった。


 一体、どこに墜ちたのだろうか。町でなければいいのだが──。

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