お買い物に行こう②

 薬屋の主人は回復薬をひと舐めすると、目を皿のようにしたまま固まった。

「これをどこで……?」

「お父様よ! 薬作りの名人だったの」

「それで、いくらで買い取ってくれるんだ?」


 重たかった薬瓶は、重たい金貨に姿を変えた。

「これだけあれば、いろんなものがたくさん買えるぞ。肉……魚……フフフ」

「卵と小麦粉を忘れちゃダメよ? パンケーキを焼けなくなっちゃうわ」


 そうは言っても、まずは軽くて壊れにくいものからだ。

 つまり肉の加工品から……決して俺が食いたいからではないぞ!

「腸詰めと塩漬け、これは東国の煮豚! 旨いんだよなぁ、これが」

「あんた、よく知ってるね。旅でもしていたのかい?」

「ちょっと、買いすぎよ!? まだ買うものがあるし、全部持って帰るんだからね!?」

「ハッハッハ! しっかりしたお嬢ちゃんだ!」


 次は魚。生物なまものを買って帰れるだろうか。

「塩漬けと日干しなら、ある程度は持つな。これと、あとそれだ」

「詳しいね、あんた。旅でもしていたのかい? こいつはタライでも10日は生きるよ」

「アックス! パンケーキは!?」

「忘れてないさ。ちゃんと買うから、隣で野菜も見せてくれ。悪くなるから、あまりたくさん買えないな」

「もう十分買ったわよ」


 小麦粉を仕入れて、最後の仕上げは壊れやすい卵だ。

「いやぁ、調子に乗って買いすぎた」

「だから言ったじゃないの。両肩に担ぐほどなんて、いくら何でも多すぎるわ」


 そのとき、子どもたちの歓声が響き渡った。

「何の?」

と、ミルルが辿り着いた先は孤児院だった。

 小さくとも綺麗にされた建屋から子どもたちが園庭に駆け出して、思い思いに遊びはじめたところだった。

「どうだ? ミルル」

「思っていたのと、まるで違ったわ……」


 ポカンと立ち尽くすミルルに気がついた子どもたちが、一斉に駆け寄った。

「綺麗な子……」

「お人形さんみたい!」

「見ない子ね、どこから来たの?」


 注目を浴びて困惑しているミルルの元へ、僧侶が建屋からやって来た。

 ここは白魔術教会が運営している孤児院だったか……。


 僧侶は興奮している子どもたち、困りながらも心を踊らせているミルル、そして大量の食べ物を担ぐ俺を見てから、ミルルと視線を合わせて微笑んだ。

「お嬢ちゃん、よかったら遊んでいかない?」

 突然の申し出が困るのと遊びたいので、ミルルの気持ちが揺さぶられていた。


「アックス……」

「ミルル、みんなと遊ぶといい。その間に、俺が卵を買ってくるさ。ただし……」

 荷物を置いて身体を屈め、こっそりとミルルに耳打ちした。

「みんなは魔法が使えないんだ。ミルルが魔法を使うとズルしたことになるから、ここでは絶対に魔法を使うなよ」

「わかったわ、まかせて!」


 俺はミルルを預けてから卵を買って、孤児院に戻って来ると、園庭に子どもの姿はなかった。

 建屋の中に目を凝らすと、窓からミルルの金髪がチラリと見えた。子どもたちの頭も同じように見えており、部屋の端では僧侶が子どもたちの方を向いて立っている。

 本の読み聞かせでもしているのだろうか。


 窓が夕陽を照り返した。

 あまり遅くなると、夜に空を飛ぶことになってしまう。ミルルの速さで暗闇を飛ぶのは、危なくてしょうがない。

 迎えるために部屋へ入ると、ミルルがスクッと立ち上がった。

 俺に気づいたからではない、磁器のような白い顔を真っ赤にして、青い瞳を潤ませて僧侶を睨みつけているのだ。


「魔女は悪くなんかないわ!!」


 思わぬ事態に、僧侶は激しく動揺していた。

「ミルルちゃん。魔女は悪いことばかりして、私たちを苦しめているの」

「そんなことないわ! あなたたちが魔女を苦しめたのよ! それに魔女が怒っているだけよ!」


 これはマズい、ミルルが魔女だとバレてしまう。

「僧侶様、どうもお世話になりました。ミルル、十分遊んだろう? 暗くなる前に帰るぞ」

 俺は愛想笑いを目いっぱい作り、ヘコヘコ頭を下げながらミルルの手を掴んだ。


 そこへ子どもたちが、ミルルをはやし立てた。

「お前、何で魔女の肩を持つんだよ」

「魔女が悪いに決まっているんだ」

「お前が魔女なんだろう?」

『魔ー女、魔ー女、悪い魔女』


 純朴な冗談混じりの言葉がミルルの心を無邪気にいだ。誇りを無惨に傷つけられたミルルは、噛んだ唇を震わせて、ついにぜた。


「そうよ! 私は魔女よ! グレタの孫、ミルルよ!」


 はしゃいでいた子どもたちは言葉を失い、僧侶は真っ青になって卒倒した。

「黒魔女グレタだって!?」

「魔女を許すな!」

「魔女は火あぶりだ!」

 これを聞きつけた僧侶たちの、せわしない足音が近づいてきた。


 俺はミルルを小脇に抱えて、おどおどと両手を広げる僧侶たちを「すまん!」と突き飛ばして町へと飛び出した。

 通り過ぎたあとを追いかけるように、町の人々が怒号を響かせる。


「魔女はどこだ!」

 ついさっきまで、にこやかに小麦粉を売った店の主人が、木槌を握って俺たちを追う。


「魔女が逃げたぞ!」

 ついさっきまで、穏やかに野菜を売った店の主人が、菜切り包丁を握って俺たちを追う。


「魔女を捕まえろ!」

 ついさっきまで、威勢よく魚を売った店の主人が、柳刃包丁を握って俺たちを追う。


「魔女を殺せ!」

 ついさっきまで、上機嫌に肉を売った店の主人が、肉切り包丁を握って俺たちを追う。


「いたぞ! あいつらだ!」

 町中が目を吊り上げて牙を剥き、俺たちを追いかけている。戦ってきたモンスターより、彼らのほうが恐ろしい。俺たちを捕えたら、何の躊躇もなく惨殺することだろう。


 町の入口まで、あと少し。ミルルの箒に乗れば逃げ切れる。


 しかし、ここで行く手を阻まれた。

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