第29話 リベンジマッチ
翌日。
今日も今日とてグラウンドへ向かうと、何やら中が騒がしい。
「あっ!雄大くん大変っす!また翼ちゃんと杏里が!」
慌てて僕のもとへやってきたのは雅だった。
昨日はなんとなく元気が無さそうだったけど、今日は大丈夫そうだ。気に病んでいそうに見えたのは僕の杞憂だったらしい。
「お、おい……、まさかあの2人が喧嘩でもしてるのか?」
「正確には一触即発っす。ヨーロッパで例えたらバルカン半島っすね」
「……その例え、要る?」
雅はキマったと言わんばかりに比喩表現をかましてきた。
バルカン半島はその昔『ヨーロッパの火薬庫』と呼ばれ、世界大戦の引き金になりかねないまさに一触即発の状態だったらしい。世界史が苦手なのでこの程度の理解で許してくれ。
一触即発という言葉だけで事足りるのだから、わざわざバルカン半島なんて付け足す必要はない。多分雅が最近覚えたもんだから言いたいだけだ。雅らしい。
とにかく喧嘩とか暴力沙汰になったら部の存続に関わるので、監督としてなだめにいかなければ。
「聞いたぜ?昨日はボロクソに打たれたんだってな?ざまぁねえぜ」
「ほう……、一度負けたくせにそんなことを言いに来るなんてよっぽど暇なんだねえ」
「負けた?たまたま1打席打てなかっただけだろ?打者は3割打てりゃ上出来なんだよ」
「詭弁だね。あの様子じゃ、ボク相手に何打席立っても打てやしないよ」
「……その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ。お前だってオレから打つことなんて出来ねえくせに」
売り言葉に買い言葉の応酬。ここが東京証券取引所だったならばさぞかし繁盛しているに違いない。
「まあまあ2人とも、ちょ、ちょっと落ち着こうよ……」
僕は頑張って作り笑いを浮かべて仲裁に入る。
慣れない口角の上がり具合に表情筋が攣りそうだ。
「フンッ、こんな奴の話を聞いていてもしょうがない。早く練習を始めよう。今週末も練習試合があるんだ、休んでなんかいられない」
「ほう、次の試合もお前が投げるってのか」
「当たり前だろう。今はボクがこのチームのエースだからね」
その言葉に翼はカチンと来たらしい。
「5回8失点で反省もせずにさっさと帰る奴がエースだあ?
翼……、君のそのギャグセンスも冗談だよな?
僕はそうであると信じたいぞ?
「……ボクに負けたくせにグチグチとうるさい奴だ。なんならもう一度キミを負かしてやったっていいんだぞ?」
「ほう、再戦ってことか?」
「『駄目押し』と呼んでくれないかな?今度も完膚なきまでに叩き潰してやる」
杏里は苛立ちを見せた一方で、翼はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
――翼の作戦通り。
昨晩、翼は杏里攻略のために僕と打撃練習をしていた。
翼なりになんとか感覚を掴めたみたいだが、それよりも一度翼に勝利した杏里がどうやったら再戦に臨んでくれるかというのが問題だった。
あーだこーだ考えたがいい案は出ず仕舞い。翼はなんとかなるだろうと楽観的だったけれど、僕は上手くいかなかったらどうしようか頭を抱えていた。
……まあ結局、細かいことを考えずに翼自身の言葉で煽っているだけで良かったわけだ。やっぱり2人は根っからのライバルなのだろう。
◆
勝負の準備が整うと、一昨日同様にマウンドには杏里が上がり、林檎が捕手、球審には爽がついていた。
翼はバットを数回素振りして右打席に入る。
一昨日と違うところといえば、その目が格下の投手を見る目ではないことだろうか。
一度負けたことで自分を振り返り、すぐにモノの見方を改められること。豪速球でもなく長打力でもなく、それが翼の1番の強さなのかもしれない。
「さあ、三振する準備はできたかい?」
「あいにく準備は苦手だからよ、まだ段取りすら出来てねえわ」
「減らず口を!」
杏里は早く翼を黙らせてやろうとセットポジションにつく。
小さめのテイクバックから、左腕を思い切り振り切ってボールが放たれた。
ボールは翼のアウトコース低め、ゾーンぎりぎりに沈んでいく。
「……ストライク。本当にぎりぎり一杯」
爽が相変わらずの小さい声で判定を下す。
放たれたのはシンカー。昨日とは打って変わって変化のキレもコントロールも上々。
やっぱり翼と対峙すると杏里のギアは別物に変わる。
この状態をいつでも出せるように仕向けるためには、ここで一度杏里には土をつけてもらわないといけない。
翼を追いかける立場に戻してやることこそが、杏里の能力を活かす最大のポイントだ。
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