第19話 スタメン

 今日は僕が監督に就任してから初めての練習試合の日。

 明大寺先生の大学時代のツテで、市内の公立高校との試合に漕ぎ着けることが出来た。


 先生本人は野球に詳しくないと言い張るのだけど、何故かそういうツテはあるみたいだ。


雅いわく、『深堀りしてはいけない我が野球部の七不思議』らしい。


 ……あと6つ何があるんだよ。


 ◆


 相手チームを招き入れると、皆うちのグラウンドの立派さに驚いていた。


 公立高校の女子野球部にはうちみたいなこんなグラウンドを持っているところは少ないようで、いつも他の部活との練習場所の取り合いになるらしい。

 だから練習試合をする代わりにグラウンドを半日貸すという交換条件をつけたら、明大寺先生のツテというツテから是非試合をさせてくれと連絡が雪崩込んで入れ食い状態になった。よっぽど練習場所に困っているチームというのは多いようだ。


 そんな厳しい条件で野球をやっている公立高校のチームのことなどつゆ知らず、我が野球部の面々はノコノコと1塁側ベンチ前に集まってきた。これから試合前のミーティングだ。


「それじゃあスタメンを発表するぞ。今日のラインナップが基本的にレギュラーメンバーだと思って構わない。呼ばれたら元気に返事をすること」


 いかにも監督っぽい口調で緊張感を演出してやろうと思ったのだが、まだまだ僕がひよっこ監督であるためか全く部員たちにはピリッとした感じがない。

 良く言えば普段通りでリラックスしているし、悪く緊張感が無くマイペースだ。そのゆるさが吉と出るか凶と出るか、これからも試合の度に毎度毎度、僕の頭を悩ませにきそうだ。


「1番センター夏山なつやましおり

「あいあいさー」

「2番セカンド岩津いわつらん

「はい」

「3番サード新居あらい響子きょうこ

「……はい」

「4番ファーストガルシアあおい

「Sí」

「5番ピッチャー竜美たつみつばさ

「うす」

「6番ショート岩津いわつりん

「はーい」

「7番レフト針崎はりさき華音かのん

「はいはーい」

「8番ライト美合みあい野々香ののか

「はいっ!」

「9番キャッチャー若松わかまつ林檎りんご

「ハイ」


「そして雅と爽はベンチスタートだ。いいな?」


「はいっす!」「(コクリ)」


 ぶっちゃけ彼女たちの中学時代からほとんどオーダーは変わっていない。よっぽどその時の監督が考え込んでくれたのだろう、僕としてもこの並びが今のところベストだと思う。


 当時と違う点は、代打の切り札と守備固めがベンチに控えているところか。

 この2人のカードをどう切るかで大局を左右することになるかもしれない。監督の采配は責任重大だ。


「スタメンをフルネームで呼ぶなんてプロ野球みたいっすね!」


「そのほうが気合入るかなと思ってな」


「でも私とサーヤは下の名前で呼ぶんすね」


「それはお前らがベンチスタートだからな」


「とかなんとか言って、雄大くんは軽率に女の子のことを下の名前で呼んじゃうんすもんねー。ホントそういうとこっすよ?」


 どういうとこなんだよ。


 そもそも雅のことを『雅』と呼んでくれといったのはお前だろうが。

 爽については――、そういえば自然に呼んでいたな。彼女については弁解が出来ない。黙っておこう。しれっと話題を変えてやれ。


「ダラダラしてる暇はないぞ。ほら雅、早く明大寺先生と一緒に相手チームとメンバー表の交換と先攻後攻ジャンケンに行ってこい」


「……雄大くんは行かないんすか?監督なのに」


「確かに僕は実質的な監督だけど、肩書は『記録員』なんだ。記録員がメンバー表の交換に行くわけないだろ」


 一応、このチームの『監督』は明大寺先生ということになっていて、僕は『記録員』という立場に収まっている。

 ただし実務上は逆だ。僕がチームの指揮をとり、明大寺先生がスコアブックをつけている。


 気になるのは自分は野球に詳しくないとは言いながら、明大寺先生が持参してきたスコアブックには何故かちょっと年季が入っていることだ。

 なんなら僕が何も教えなくともスコアの付け方を知っていた。結構スコアを書くのって面倒くさいはずなんだけどな。本当に野球素人なのかこの先生……?


「仕方ないっすねー、じゃあ私が責任持って後攻を取ってくるっすから待ってるっすよ?」


「いや、取るなら先攻にしてくれ」


「それは構わないっけど……、どうしてまた?ホームゲームは後攻って相場は決まってるじゃないっすか」


「先攻じゃないと雅を代打に出したあとに爽の守備固めを出すっていう流れを試せないだろ?」


「なるほどっす!」


 後攻でも試せないわけではないが先攻のほうが確実だ。

 万一、雅が元近鉄の北川博敏ばりに代打逆転サヨナラ満塁ホームランなんて打ってしまったら、今日の爽の出番は全く無くなってしまう。

 試合ができる機会は貴重なので、それだけは避けたい。


 雅は納得してくれたようで、明大寺先生と一緒にメンバー表の交換と先攻後攻を決めるジャンケンに向かっていった。


「……私は何をすればいい?」


 おしゃべり界の『1998年横浜ベイスターズ マシンガン打線』こと藤川雅がいなくなったベンチで、爽が僕の袖を掴んで問いかける。


 爽の実力ならば文句なくスタメンに名を連ねても良いとは思う。しかし、ロードワークの時にすぐヘロヘロになってしまったように、明らかに彼女にはスタミナが足りない。

 おそらく、試合の序盤は思ったような働きをしてくれるかもしれないが、試合の後半になるにつれてパフォーマンスが落ちてくるだろう。


 それならば最初からベンチに置いておいて、ここぞと言うタイミングで途中交代させたほうが使い勝手がいい。どこでも無難にこなせる爽の守備センスは、そのほうが上手く活かされる気がする。


「爽はいつでも行けるようにスタンバイしておいてくれ」


「……私は雅の守備固めだから出番は終盤じゃないの?」


「基本方針はそうだ。でも試合中何が起こるかわからない。誰かにトラブルが起こったとき、真っ先にバックアップに入れるのは爽しかいない。頼んだよ」


「……わかった」


 その声のトーンは少しだけ嬉しそうに聞こえた。役割を与えてもらえるというのはやはり嬉しい。


 基本的に無表情か限りなく無表情に近い感情表現しかしない爽だが、それでも最近少し表情のバリエーションが増えた気がする。野々香と一緒にいる時間が増えたおかげなのだろうか、爽も少しずつ進化している。


「ただいまっす!ちゃんと先攻取れたっすよ」


「よくやった。今日の雅の仕事の半分は完遂されたも同然だ」


 僕は満足気な顔で軽く拍手を返した。


「……なんかよくわかんないっすけど小馬鹿にしてないっすか?」


「してないしてない。雅を小馬鹿にするなんてこと、誰がするかよ」


「なら安心したっす。さあ、出番に備えて素振りするっすよー!」


 小馬鹿にはされていなくても大馬鹿にされている可能性は考慮しないあたりが雅っぽい。


 ……いや、僕は別に馬鹿にはしてないぞ?今日の試合は雅がちゃんと代打の仕事ができるかどうかの試金石でもあるわけだから。頼んだよ雅。



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水卜みう

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