第6話 ノーセンス
僕はノック用の長いバットを担いで遥か向こうにいる雅へフライを放つ。
「行ったぞー!」
打球は高く上がり、雅の守備位置よりやや前で落下してきた。
「オーライっす!」
硬球は『スポッ』という擬音が似合いそうな勢いで綺麗に雅のグラブに収まった。このワンプレーを見る限りは打球判断も出足も悪くはない。
「よし、じゃあ次行くぞ!」
今度は雅の頭を超えるイメージでノックバットを強振する。
ちなみに僕は中学の頃は補欠だったので、レギュラーの経験はないけれどもノッカーの経験だけはおそらくそのへんの高校球児の比ではない。ある程度狙ったところにボールを打ち込むぐらいはできる。
ボールは僕のコントロール通り雅の頭を超えていく。
すると、雅はボールの方を向きながら後ろに下がっていく。だが走りにくい体勢のままであるため、頑張って走ってもボールに追いつくことが出来ない。
打球は、雅の遥か後ろにポトリと落ちた。
「雅、お前もしかして……」
「あははは……、実は私、『ボールから目が切れない』んすよね」
雅は気まずそうに苦笑いする。
ボールから目を切れないということは、ずっとボールを見ていなければ捕球出来ないということ。
自分の目の前に飛んでくる打球ならまだ目を切らなくてもなんとかなる。しかし守備範囲を広げるのであれば、先程のように後方へ飛んでくる打球に対してはどうしても目を切る必要が出てくる。
これを改善するには、打球が放たれる瞬間の音、角度、風向き、自分の立ち位置など様々な要素を取り込んだ上で、ある程度感覚に頼って動けるようにならなければならない。
とてもじゃないが2週間で身につくものではない。
捕球すること自体は通常レベルなので、追々練習していけばボールから目を切るスキルも習得出来るだろう。
だがそのためには雅を試合で使えるように鍛え上げて、僕自身が監督としてチームに認められなければならない。
卵が先か、鶏が先かといった問題に構っている余裕は今の僕らにはない。
そうなればやはり、打撃で魅せる選手しか選択肢は無くなる。
しかしそれは茨の道。プロ野球選手ですら、打撃の壁にぶち当たって野球を諦めてしまうことだってあるのだ。
守備走塁が上手くても、打撃が出来なければそもそも選手としての土俵に立てない。それぐらい打撃というのは難しい。
僕はダメ元で雅に中学時代の成績を聞いてみた。
「えっと……、思い出代打の1打席だけっすね。空振り三振っす」
「やっぱりそうか……、これは難儀しそうだ……」
兎にも角にもやってみないことには何が良くて何が悪いのか分からない。
僕は雅を打席に立たせ、フリーバッティングの要領でマウンドから軽くボールを放る。
雅は空を切る音が聞こえてきそうな勢いのあるスイングでボールを叩く。だが、そんなパワフルなスイングからは信じられないくらい弱々しい打球が内野に転がった。
何球打っても打球に飛距離が出ない。飛んだとしてもせいぜい外野の前に落ちるくらい。
エネルギー保存の法則は実は嘘だったのではと疑ってしまうほど、雅のスイングのエネルギーはボールに伝わっていなかった。
「あれれ……、お、おかしいっすねー。いつもはもうちょっと飛ぶんすよ?」
「もうちょっと飛んだらちょうど外野の定位置なんだよな……」
雅は先程の守備のときよりも気まずそうに笑う。
僕はそれを見てため息をつく。
打球に飛距離の出ない直接の原因は大体察しがつく。
雅のスイングがいわゆる『ドアスイング』になっているのだ。
ドアスイングとは、バットを振るときに両肘が伸び切ってしまっている状態のことを指す。本来はやや肘を畳んだほうが力がバットからボールによく伝わるのだが、伸び切ってしまったがために本来伝わるはずのエネルギーが伝わらず、ロスをしている状態だ。
やってみるとわかるが、肘が少し曲がったくらいが一番腕に力が入る。逆に、肘が伸び切った状態というのは思った以上に力が入らない。
おまけに、肘が伸びることでバットがボールに対して遠回りをすることになる。そうなれば見かけのスイングスピードが早くても、ボールに対してはあまり速度が出ていないことになる。
ドアスイングというのはバッティングをする上でなんらメリットが無いのだ。
「雅、なんでそんなぐちゃぐちゃなスイングなんだ……?誰にも指導されなかったのか?」
「いや……、むしろ色々な人に指導されまくった結果というか……。多分、みんなの手に負えなかったんだと思うっす」
熱心な雅の事だ、色々な人から様々なアドバイスを受けてそれを全部実践しようとしてしまったのだろう。
何が正しいのか誰も的確な指導ができず、雅自身もどうしたらいいのかわからないまま、悪い癖だけがフォームに残っていくという最悪のパターン。
こうなってしまうと打撃フォームを修正するのはなかなか難しい。もし雅のフォームに関する記憶をリセットするボタンがあるのならば、僕だったら高橋名人並に連打するだろう。
それでも守備走塁に比べたら、打撃が一番見込みがある。そのキレ味鋭いスイングスピードは魅力的だし、雅自身が短期的な集中力には自信があると言っていた。それならば、ここ一番での代打の切り札として鍛え上げるのが雅の唯一の活路だろう。
2週間でどれだけこのフォームを直せるか、それが僕に課せられた使命だ。
−−−−−−−−−−
読んで頂きありがとうございます!
よろしければ小説のフォローと下のレビューから★を3つ(★★★)入れていだだければ幸いです!
皆さんの応援が執筆のモチベーションにつながるのでよろしくお願いします!
水卜みう
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます