第4話 万年補欠

 沢山のタスクが舞い込んできたときは、新しい情報からチェーン式に処理していくのが鉄則。とにかくひとつずつ情報を紐解いていこう。


「……ええっと、とりあえずひとつずつ教えてほしい。藤川さんってキャプテンなの?ベンチウォーマーなのに?」


「ああ。光栄学院付属中の女子軟式野球部からの流れで、雅は中学の時からずっとキャプテンだ」


 ありがたいことに翼に一つ聞くとその聞きたいことの十倍の情報教えてくれるので、今更ながらやっとこの部の姿というものが見えてきた。


 この女子野球部は光栄学院付属中の女子軟式野球部員が集まって出来た新しい部活。

 雅の奔走によって顧問はなんとか確保したらしいが、あいにく野球素人で監督なんてとても出来るような人ではない。そのため更に雅は躍起になって監督探しをしていたというわけだ。


「なるほど……。じゃあ次、なんでキャプテンなのに藤川さんは試合に出られないの?」


「それは、雅が『ド』がつくレベルで下手だからだ」


 僕はマジかよと言いかけてぎりぎりで我慢した。


 普通、キャプテンという存在ならばそれなりにプレイヤーとして皆の模範になるレベルであることがほとんどだ。補欠選手のキャプテンというのも存在しなくはないが、そんなのはレア中のレアケース。ましてやド下手なキャプテンなど聞いたことがない。


「『ド』がつくレベルって……。それでも藤川さんはキャプテンなのかい?」


「そうだ。言っちゃ悪いがプレイヤーとしての雅はどうしようもない。ただ、それでもオレ達の中ではあいつ以外にキャプテンは考えられない」


 翼はグッと拳を握る。

 自分自身はプレイヤーとしてやっていけないレベルであることを自覚しながら、雅は腐らずにモチベーターとしてキャプテンの立場になって選手を支えてきたとのこと。


 僕はそれを聞いて、入部試験に落ちたくらいで野球をやめてしまいそうになっている自分と雅を比べて、自分のしょうもなさが恥ずかしくなった。


「……藤川さんはよっぽどみんなに慕われているんだね」


「見た目はちんちくりんで小さいけどな、オレ達にとっては大きな存在なんだあいつは」


 翼の言葉にはさらに熱がこもる。


「……だからせめて、レギュラーじゃなくてもいいから試合であいつを活躍させてやりたいって、オレだけじゃなくチームみんなが思ってる。それでやっと、オレ達はひとつになれる気がするんだ」


 翼の瞳は真剣そのものだった。このコワモテのお山の大将みたいなエースにそこまで言わせるのだ。藤川雅という少女はよほど人望のある人たらしだ。


「頼む!お前がどれほどの人間か図る意味も込めて、雅を試合に出せるようにしてやって欲しい」


 翼は改めてまた頭を下げる。

 健気にチームを鼓舞する雅の姿を思うと、僕の心の中で何かスイッチが入った。


 もう自分は野球を半分諦めたような身だ。これからサッカーなりテニスなり新しいことを始めたり、勉強することへ舵を切って有名な大学を目指したり、ただ単に遊び呆ける選択肢だって僕にはある。

 無理にここで監督をやる必要性はなく、翼にビビって逃げていったということにして話を有耶無耶にすることだって可能だ。


 ただそれでも僕の中に流れる血は、どうやら『野球』というものから離してくれそうにない。

 こんな自分でもチームの役に立てる可能性があると雅が見出してくれたのならば、そこに青春をかけてみるのも悪くはない。そう僕は思った。


「……わかったよ、成功するかはわからないけど、出来る限りのことはやってみる」


「ほ、本当か!?」


「うん。監督なんてやったことなんかないけど、僕が君たちの役に立てるなら是非やらせて欲しい。――もちろん、藤川さんを試合で活躍出来るようにさせてみる」


 その言葉を聞いた翼は、感極まって僕の手を取った。

 雅に対する想いの強さというものが、その手からは伝わってくる。


 監督としてチームを背負うという責任重大な立場になるわけだが、これで自分の野球に対する情熱の行き場を失わなくて済むと、むしろ僕はホッとした。


 しかしそれも束の間。次の刹那、翼が予想外の言葉を放ってくる。


「よし、それじゃあ2週間後に雅が試合で使えるかどうかテストするからな。それまでにバンバン鍛え上げてくれ」


「えっ……?2週間……?」


 雅を試合で使えるように鍛え上げるとは言ったが、確かにその期間は定めていなかった。しかし2週間は短過ぎる。


 プロ野球選手の才能が芽吹くといわれる春季キャンプですら4週間ある。その半分という期間は、ズブの素人監督である僕にとっては絶望的短さだ。ムスカ大佐ですらもうちょっと猶予をくれるだろう。


「オレ達は今すぐにでも雅とプレーがしたいんだ。そんな呑気に何年も待ってられるかよ」


「い、いや、でも流石に2週間は……」


「あ?男の癖にウダウダと二言も三言も言うんじゃねえ。やるっつったんなら腹を決めろ」


 やると言ってしまった以上、とにかくやらざるを得ない。出来ないなどと言ってしまえば最後、目の前にいるエースピッチャーから何が飛んでくるかわからないのだ。


 やっぱり監督就任は断っておけば良かったかなと、僕は自分の野球バカな血を呪うのだった。

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