野球を辞めた僕が、女子高校野球界で名将と呼ばれるまで 〜まずはそこの万年補欠を代打の切り札に育ててみせましょう〜

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第1部

第1章 戸崎雄大と藤川雅

第1話 僕には野球選手の才能がない

※このお話は完結済みです。よろしければ★をお願いします。


 僕、戸崎とさき雄大ゆうだいはたった今、大好きだった野球を辞めることを決意した。


 父親は元プロ野球選手、兄はドラフト1位でプロ入りしたばかりの期待のスラッガーと、戸崎家は野球サラブレッドの家系だ。


 そんなDNAを受け継いでおきながら、次男である僕には全くと言っていいほど才能というものに恵まれなかった。特に下手くそというわけではないが、身体能力も体格も野球センスも並の選手と大差ない。

 それでも野球が好きな僕はプロへ行くという夢を諦めきれず、名門校である『光栄こうえい学院』へ入学した。

 もちろん、中学時代に実績を残せなかったので推薦入試の声がかかるわけもなく、普通に勉強して一般入試を受けた。


 そして今日、一般入試組を対象とした野球部の入部試験が行われた。内容は体力測定や野球に関する知識を問う学科試験などオーソドックスなもの。


 僕は学科試験こそトップ成績ではあったが、体力測定では名門校の選手としてやっていけるだけの身体能力を示すことができなかった。

 突きつけられた結果はもちろん『不合格』。

 それは僕が光栄学院において野球をするに値しないという証明。


 薄々分かってはいたけれど、僕はその結果に激しく落ち込んだ。


 あまりにショックだったので、自分は父や兄とは違って野球をやるべきではないと光栄学院側が改めて教えてくれたのかもしれない、とすら思いこんでいた。


 僕の思考は自然と『野球を辞める』ことに傾き始めていた。


 高校生活は始まったばかりだ。今は落ち込んでいるけれども、きっと他に夢中になれることが見つかるだろう。

 そうやって無理矢理に自分自身が壊れないよう言い聞かせて、僕は入部試験の会場をあとにした。


 その帰り道、野球部のグラウンド脇にあるちょっとした往来で声をかけられた。


「あ、あの!ちょっとお時間よろしいっすか!」


 僕は最初、その声が自分に向けられたものだと気がつかなかった。


「ぼ、僕……?」


「はい、そこのユニフォーム姿のあなたっす!」


 少し幼さが残る女の子の声。声の主の方を振り向くと、その声の印象に違わない少女がそこに立っていた。


 僕は高校球児(なり損ねたが)にしては背が低いほうだ。でもその少女は更に僕より頭ひとつ小さかった。

 フワッとしたボブカットで、ちょっとわんぱくな仔犬のような可愛らしい雰囲気をまとっている。


 学校指定のジャージを着ていた彼女は、まるで僕のことを待ち構えていたかのようだった。


 僕はどうせ他の体育会系の部活が野球部の入部試験に落ちたメンツを勧誘しているのだろうと思った。

 そういった人が他の部活で大活躍するというのはこの学校ではよくある事で、他の部活は僕のような『おこぼれ』を頂戴しに躍起になる。


「もしかして部活の勧誘かい?……生憎僕はサッカーも陸上もテニスも興味ないよ」


「大丈夫っす!そのどれでもないっすから!」


 少女は嬉しそうに僕へ笑顔を見せつける。

 さすがは勧誘要員と言ったところか、そのへんの女子生徒より数段可愛い。こんな子がマネージャーをしている部活ならちょっと入ってもいいかなと言う気分になり得なくもない。


「じゃあ何部なんだ?もしかしてマイナースポーツかい?」


「いいえ、私達の部活はれっきとした人気スポーツっすよ?『野球』って言うんですけど知らないっすか?」


「へえ、野球部ねぇ。………って、野球部!!!???」


 僕は中学時代最後の大会のときにベンチから出した声よりも数段大きな声で驚いた。


 それもそうだ、たった今野球部の入部試験に落ちたばかりなのに野球部の勧誘を受けると言うのが意味不明すぎる。


「はい!野球部の勧誘っす!」


「いやいやおかしいだろ、たった今野球部の入部試験に落ちたばかりなのに!」


「それは男子の野球部の入部試験っすよね?私は女子野球部の勧誘に来たっす」


 僕はますます意味がわからなくなって首を傾げた。


 百歩譲ってこの高校に女子の野球部があることは理解できる。

 それにしたって僕はれっきとした男。女子野球部に僕が勧誘されるという意味がわからない。


「女子野球部って……、まさか僕に女装をして野球をやれとか言うのか?」


「うーん、体型とか顔を見る限りアリだとは思うんすけどねー。でもさすがにそれは女子野球のレギュレーション違反っす」


「じゃあなんでまた僕を勧誘しようなんて思ったんだ???」


 僕の頭の中はぐちゃぐちゃに混乱している。ポケットが似合う某モンスターが怪しい光とか超音波をくらうとこうなるのだろう。


 ひとつわかるのは、少なくともこの子は僕のことを選手として勧誘していない。

 おそらくマネージャーとして勧誘しているのか?

 女子野球部で男子がマネージャーをやるのはなかなかラブコメチックな展開過ぎやしないか。


 少しの間を置いて、少女の口から出てきたのは意外な言葉だった。


「そりゃもう監督をやって欲しいに決まってるじゃないっすかー。ちょっと小耳に挟んだんすよ、学科試験がパーフェクトだった人がいるって。――あなたっすよね、戸崎雄大さん」


「な、なんで僕の名前を……?」


 初対面の美少女にいきなり名前を呼ばれるという経験が全くなかったので、ちょっと顔が赤くなってしまった。情けない。

 ……というかこの子、『監督をやってくれ』って言ったか?ちょっと待て、それはいくらなんでもぶっとび過ぎだろう。


「戸崎さんのことは下調べさせてもらったっす。元プロ野球選手の息子さんが来るって聞いたもので、試験には落ちるだろうからここで待ってたんすよ」


「……落ちる前提で待ってたのね」


「そりゃもう言っちゃ悪いですけど中学時代に補欠だった人が入部出来るぐらいうちの男子野球部は甘くないっすからね。まあ落ちるだろうなと思ってたっす」


 少女が純真無垢な笑顔で放つ、全く悪意のないチクチク言葉に僕はため息をついた。


「でも学科試験をパーフェクトでパスするなんて凄いっすね。私が知る限りはおそらく初めてっす」


 野球はルールが複雑であるので、身体能力以外にも知識や判断力が必要となる。そのため男子野球部の入部試験には伝統的に学科試験が設けられているわけだが、小さな頃から野球理論を叩き込まれて来た僕にとってはそれほど難しいものではなかった。

 しかし蓋を開けてみれば学科試験をパーフェクトで終えたのはなんと僕だけ。それだけ見たらめちゃくちゃ優秀に見えなくもない。


「い、いや、あれぐらいの試験、野球人なら誰でも合格するよ」


「確かに合格するのは簡単っす。でもあの問題、ところどころ難問が混じっててパーフェクト回答するのは至難の業なんすよ。それをあっさりと達成した人がこのまま野球を辞めちゃうなんて勿体ないっす。――だから戸崎さん、女子野球部で監督をやって欲しいっす!」


 少女は僕に深々と頭を下げた。

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