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僕は剣を振り上げたまま、タックさんへ向かって全速力で突進した。
剣を扱う技術とか戦術とかコツみたいなものなんてないから、とにかく間合いに入って振り回すだけ。逆にいえば、それくらいしか出来ることがない。運良くヒットすれば儲けものという感覚だ。
それに誰であろうと、剣を持った相手が結果を恐れず死に物狂いで攻撃してくることに恐怖を感じないはずはない。怯んでくれたらさらにチャンスは大きくなる。
「お前は……の意味を……って……い……」
ん? 今、後ろでミューリエが何か呟いたような……? 気のせいかな?
――まぁ、いいや。今は戦いに集中だ!
「うぉおおおおおぉっ!」
雄叫びのような声を上げつつ、僕はタックさんとの距離を縮めていく。
ただ、タックさんはキョトンとしたまま、ナイフを握って棒立ちをしているだけ。戦いが始まってからその姿勢は変わらない。余裕があるのか、単に僕が舐められているだけなのか。
でも油断してくれているなら、ますます付け入る隙はある。
やがて彼がこちらの間合いに入り、僕は剣を思いっきり振り下ろした。
でも――
「よっと……」
僕が剣を振り下ろしている途中で、タックさんはヒラリと体を翻して攻撃をかわした。
いとも簡単に、造作もなく、しかも紙一重で! 信じられないことに、避けている最中にアクビすらしている。驚くほどの動体視力の良さと軽い身のこなしだ。
一方、全力を込めた剣が空を切ったことにより、その剣の重さと勢いも相まって僕はバランスを崩してしまった。足がもつれ、そのまま前方へうつ伏せになる形で盛大に転ぶ。
その際、剣は手からすっぽ抜け、明後日の方へ飛んでいく。直後、乾いた金属音がフロア内に響き渡る。
「……今の攻撃、本気じゃないよな? ギャグだよな?」
タックさんの冷めたような声――。
僕は何も言えなかった。だって今のは本気も本気、僕の全力だったんだから。
決してギャグなんかじゃない。剣を握る力も、走るスピードも、体の使い方も、タックさんを倒そうという意識さえも全てが大まじめ。今のは僕の全てを振り絞った一撃だったんだ……。
擦りむいた手のひらと膝にうっすらと血が滲んで、ジワジワと痛む。でもそれ以上に心が痛い。苦しい。
僕は泣き出しそうになるのを必死に我慢して、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。
すると黙っている僕を見て察したのか、タックさんはやや眉を吊り上げてこちらを見下ろす。
「……悪いことは言わねぇ。故郷へ帰れ。つーか、そんなんでよくここまで辿り着けたな。この洞窟内にはザコ級ながらもモンスターがいただろ? あのへっぴり腰で倒せたなんて奇跡みたいなもんだぞ。それとも一度も遭遇しなかったのか? 運だけはあるのか?」
「そうではない。出遭ったモンスターは私が全て対処した。こいつはスライムにすら大げさに驚いていたくらいだ」
「ちょっ、マジかよっ!?」
ミューリエの話を聞き、タックさんは呆れ返ったような声で叫んだ。
――いや、それはいい。誰が聞いても同じような反応をするだろうから。それは僕にだって分かっている。今さらショックを受けることじゃない。
気になるのは、ミューリエのこと――。
なんだか、彼女の言葉がやけに冷たく感じる。突き放すような、蔑むような……。
出会った時からクールな印象はあるけど、それとは違う感じの冷ややかさだ。心が痛い。
でも僕は奥歯を強く噛みしめつつ、拳をギュッと握って堪えることしか出来ない。
「お前、今まで故郷で剣や魔法の鍛錬はしてこなかったのか? 周りに教えてくれるヤツが誰もいなかったのか? そんなのオイラには信じられないんだが……」
「あ……その……戦いは嫌いだから……。剣も魔法も……鍛練なんてしてなくて……」
「っっっっっ! バッカ野郎ぉおおおおおおぉーっ!! さっさと帰れッ! 最低でもひとりでここに辿り着けるくらいに強くなってから来いッ! 今のお前は勇者失格だっ!」
「っ……!」
勇者失格――。
タックさんの烈火の如き激しい怒気混じりの言葉を聞いた瞬間、僕の心臓は人生で最大と言っていいくらいに大きく跳ねた。
さらにそれに続き、今度は鼓動が速くなったり遅くなったりを繰り返し始めて全然落ち着かなくなる。なんだか息も苦しくなってきて、全身から冷や汗が吹き出してくる。
周りの音はもはや何も聞こえない――というか、耳鳴りみたいなものがして自分の荒い呼吸音だけがハッキリ聞こえる。
…………。
僕はどうなっちゃったんだ……?
勇者失格……か……。
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https://kakuyomu.jp/works/16816927860513437743/episodes/16816927860514320324
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