いくら動物に近いからってモンスターに変わりはない。そもそも邪気がなければ大型のコウモリのようだと言っても、それはあくまでも仮定の話。現にデビルバットには邪気があって、僕に襲いかかってきているんだから。


 それにこのままずっと避け続けるのなんて無理。いずれ僕の気力も体力も尽きて、あの素速い動きに対処できなくなる。そうなったら確実に毒牙の餌食だ。


 この状況では逃げることだって不可能だし、ピンチを乗り切るにはミューリエにデビルバットを倒してもらうしかない。


「ミューリエっ、デビルバットは動物に近かったとしてもモンスターだよっ! だから早く倒しちゃってよ!」


「……承知」


 ポツリと呟いた直後、ミューリエは目にも留まらぬ速さで剣を振るってあっさりとデビルバットを倒した。真っ二つになった肉塊は床に落ち、わずかにピクピクと痙攣している。ただ、それも程なく沈黙し、その場に静けさが戻る。


 ミューリエは剣を鞘に収めると、無言でその場に佇んでいた。こちらには背を向けた位置関係になっているから表情は分からない。


「……た、助けてくれてありがとう。ミューリエ」


 僕はそう声をかけたけど、依然として彼女は一言も発さなかった。髪の毛一本すら動きがなかった。まるで金縛りにでも遭っているんじゃないかというくらいに凍り付いている。


 重苦しい空気と耳が痛くなるような無音。その緊張感に耐えきれず、僕は思わず唾を飲み込む。


 するとそのタイミングでミューリエは僕に背を向けたまま、ポツリと呟く。


「……アレスよ。スライムとデビルバットの違いはなんだ?」


「えっ? それはどういう――」


「どちらもモンスターであるのに、倒せと言ったり倒すなと言ったり。正直、私にはお前の心が分からん。単にその時の気分で判断しているようにしか思えん。一貫性がない」


「あ……ぅ……」


「だから私も気分で行動を取らせてもらうことにする――」


 敵意と冷たさと威圧感が混じったような低い声。


 それを聞いた瞬間、僕の体に悪寒が走った。


 本能が恐怖を感じて全身に鳥肌が立ち、足がガクガクと震えだす。その場から逃げ出したいのに、床から伸びた見えないロープが足を拘束しているみたいに動かない。額から汗が噴き出し、心臓は痛いくらいに激しく鼓動している。呼吸も乱れてくる。


 そしてミューリエはゆらりとこちらへ向き直り、ゆっくりと剣を鞘から抜いた。瞳の奥は冷徹さと虚無に満ち、体から黒いオーラを漂わせている。


「私は今、不愉快な気分だ。お前の言動とお前を買い被っていた私自身に腹が立っている。だから憂さ晴らしにお前を殺すことにした」


「っ!?」


「安心しろ、苦しまぬよう首を一撃ではねてやる。……さらばだ」


 次の瞬間、ミューリエはこちらに駆け寄ってきて剣を振り上げた。

 


 BAD END 4-3

 

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