第5話 百戦錬磨のギルドを紹介してほしい

 リフェス族の領地、精鋭都市テレス。

 中世ヨーロッパをイメージした建造物たちは夕焼けに照らされている。

 TGXでは場所によって天候と時間帯が固定されているので空を見ても判断できないが、現実時間では金曜日の真昼間である。





 ここはテレスの南に位置する†お布団ぽかぽか防衛軍†の本拠地。ギルドメンバーはMAXの30人在籍しているが、今はギルドマスターであるルナしかログインしていない。一般プレイヤーには現実の生活がある。この†お布団ぽかぽか防衛軍†の在籍メンバーはカイリの生前と同年代の高校生が多い。常にTGXの世界に張り付いているのは余程の暇人か、パソコンを起動したままの状態で街に露店を出店している――いわゆる“露店放置”の状態か、あるいは転生者である。ルナはベッドにカイリを寝かせると、柱に貼り付けられたギルドメンバー表をチェックした。


「……さて」


 どうしたものかと思案顔をしつつインテークをいじるルナ。ギルドメンバー表にはメンバーのIGNとそれぞれのジョブ、現在のレベルと前回のログイン日時が記載されている。普段はガヤガヤと賑わう本拠地も、今はルナとカイリの2人しかいない。相談する相手を欲しているがちょうど今誰かが答えてくれるわけでもなし、とルナはスマートフォンを取り出すとギルドのメニューからギルドメンバー表を呼び出してログイン日時がもっとも古いメンバーをタップした。あとは“追放する”を選択すれば†お布団ぽかぽか防衛軍†からこのメンバーを追い出すことができてしまう。ギルドに再加入するには追放されたその日から現実時間で14日間を待たないといけない。

 ギルドマスターは読んで字のごとくギルドの全権限を握っている。メンバーを増やしたり減らしたり設備を増強したりと、ギルド関連の大体のことはギルドのメニューから決定できる。できないのはギルドメンバーの心理のコントロールだろうか。あと1タップ。たったそれだけの行動を躊躇って、ルナは逡巡した。

 ログイン率の低いメンバーを一思いに追い出せないのは今日この瞬間までの積み上げてきた絆が邪魔をしてしまうから。†お布団ぽかぽか防衛軍†がテレス一のギルドに成長できたのはルナのβテストからの経験値とギルドメンバーの総合的な強さのおかげである。

 毎週日曜日に行われるギルド対抗戦は、TGXの目玉といっても過言ではない。GvG(ギルドvsギルド)の魅力に取り憑かれてメインクエストを途中で放棄してしまうプレイヤーが多数いた。TGXの最終的な目標としてはメインクエストの為に用意されたダンジョンの最深部に配置されたドラゴンキングを倒し、スニーカ族とリフェス族の間に協定を結ぶこと(例えば、お互いの領地に踏み入る際の手数料を削除するなど)なのだが、メインクエストをちまちまと進めているルナですらまだ中盤である。メインクエストのみで戦えるボスモンスター達がソロでは倒しきれない難易度に設定されているので、足並みを揃える必要性があるがそんなことをしている時間があるならばフィールドボスに張り付いてフィールドボスのみがドロップする装備を狙ったほうがいい。自分のジョブでは装備できなくても露店でそのジョブのプレイヤーには高値で売り捌ける。

 運営としてはこのような意図しない形だとしてもTGXが盛り上がるぶんには、と歓迎する姿勢を見せており、来月末には“1周年記念”と銘打って初の“バトルロイヤル形式で都市対抗のイベント”が開催される。現在TGXには7つの都市が実装されているが、各都市のランキング上位のギルドのみが参加可能である。各ギルドはメンバーを4人選んでパーティーを組み、そのパーティーが最後まで生き残ればそのギルドの優勝となる。都市対抗なので優勝したギルドが本拠地を構えている都市に同じく本拠地があるギルド全てに優勝賞品が配られる予定だ。

 通常のギルド対抗戦はトーナメント形式で行われ、選抜された5人のメンバーがギルドの威信をかけて戦う。勝者には特別なエンブレムが贈られるほか、次のギルド対抗戦までのレアアイテムのドロップ率が上がったりモンスターを倒した時の経験値を多めにもらえたりする。このギルド対抗戦が実装されてからの†お布団ぽかぽか防衛軍†は向かう所敵なし。別に卑劣な手を使うわけでもなく正攻法で戦っているというのに、あまりにも強すぎて「他のどのギルドよりも戦いたくない相手」と評価が高い。†お布団ぽかぽか防衛軍†は1周年記念イベントにももちろん参加予定であり、運営が公式サイトで行なっている『優勝ギルド予想大会』ではもっとも支持を集めている。ただ、初のバトルロイヤル形式であるためギルド内では「参加メンバーをどのような構成にするのか」について意見が分かれており、次のギルド対抗戦よりも討論しなければならない議題として土曜日の夜に副ギルドマスターや古株のメンバーを集めて話し合いが行われる予定だ。


 そんな中でこの転生者の扱いをどうするか。ルナはスマートフォンでカメラを起動し、カイリの寝顔にピントを合わせる。こうすることで相手のステータスを確認できるのだ。決して盗撮ではない。一般プレイヤーにはできない芸当である。一般プレイヤーは画面に表示されているグラフィックと装備で相手のジョブを見分けるのだが、転生者にはそれが不可能に近いのでスマートフォンのカメラで代用する。


(レベル1の、賢者? ふーん……一般プレイヤー向けには“ウィザード”かあ)


 強豪ギルドの†お布団ぽかぽか防衛軍†はレベル300に到達していないプレイヤーを門前払いしてきた。ここでレベル1のカイリを所属させようものなら反感を買うに違いない。ただでさえも今、1人メンバーを追放しようとしているのだ。そのメンバーの直近のログインが前回のギルド対抗戦の日だとしても、共に戦ってきた仲間の名前がギルドメンバー表から消えていたらショックを受けるメンバーはいるだろう。しかも彼女はシーフというジョブに就いていて、このジョブでしか取得できない《キーピック》はダンジョン探索に必須となっている。《万能キー》というアイテムをショップから買えば代用できるといえばできるのだが、このアイテムのためにインベントリを圧迫するのも悩ましい。

 ギルドのレベルを上げればギルドメンバーの人数の上限を増やすことは可能であるが、現在の†お布団ぽかぽか防衛軍†のレベルは現在のレベルキャップであるレベル10に到達しているため次のアップデートを待たねばならない。

 とはいえ、このまま転生者を放っておくわけにもいかない。《麻の服》に《スパッツ》という最悪の装備しか持っていないレベル1。精鋭都市から外のダンジョンへ出て、モンスターに見つかりでもしたら一瞬でボッコボコである。ここでギルドに所属させればギルドの加護によりステータスが上昇する。ステータスが上昇すればアイテムを装備するのに必要な条件であるステータスの要求値を上回るので、レベル1でもそれなりに戦える装備を持たせることができるだろう。


 このリフェス族というネコ顔の一般プレイヤー達に囲まれて1年。最初はモフモフの毛皮にプニプニの肉球で癒されてはいたが、このカイリの姿を見て思い出してしまった。感覚が麻痺してしまっていたのだ。麻痺させなければ正気でいられなかった。自分はネコではなく、イヌでもなく、人間である。一般プレイヤーからはネコだったりイヌだったりのヴァンガードの姿で見えるだろうが、本当のジョブは王者で、Dカップの褐色美女なのである。そのようにCharacterをCreationしたのだから。


(がこの子を守らなきゃ!)






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