TGX・ポンコツ賢者 でも、世界〝は〟救えますか?

秋乃晃

Season1

第1話 Character Creation の前に状況を整理させてほしい

 真っ白い空間がただただ広がっている。

 果てに壁があるのかどこから上が天井なのかの境界線も定かではない真っ白い空間に、小学生ぐらいの外見をした少年が立っていた。

 横ストライプのTシャツに黒いジャージというその服装はまるで囚人服のようにも見える。


 その左手には分厚い本。

 右手にはボールペン。

 足元には横たわる少女。


「こんにちはー!」


 少年が少女に声をかける。

 返事はない。

 少年はパターンを変えて挨拶を繰り返すも起き上がらない。


「こ、ん、に、ち、はー!」


 少女の肩甲骨まで伸びた黒髪はツヤを失って、まとまらずに跳ねている。

 絡まったり枝毛ができていたりと、長期間手入れされていないようだ。


「失敗かね?」


 少年は誰にともなくつぶやいたのだが、その“失敗”という単語で少女の身体がピクリと反応した。

 瞼を開けてその黒い瞳で少年の真っ黒なスニーカーを捉える。


「起きたね?」

「ぎゃっ!」


 視界に顔が現れて少女は悲鳴を上げた。

 少年は少女の顔を覗き込んだだけなのにえらく驚かれてしまって「ふぅん」と心外そうな表情を作る。


「あなた誰ですか!」


 少女は上体を起こすとずりずりと後ろに下がって少年と距離を取った。

 その過程で自分が一糸纏わぬ姿であることに気付き、また「ぎゃっ!?」と叫んで両腕で胸を隠す。


「な、ななななぁ! なんで!?」

「ぼくは宮城創きゅうじょうはじめ。よくある転生モノの“女神”枠だね。今回に関してはって呼んでほしいね」


 少年――宮城創――ゲームマスターは少女からの何者かという問いかけに答える。

 少女はそれどころではない。

 可及的速やかに必要としているのは返答ではなく洋服である。

 震えながら立ち上がり、ゲームマスターに背を向けてキョロキョロと辺りを見回す。


 何もない。

 痛いぐらいの白さしか見当たらない。


「最初に名前を決めてほしい。Transport Gaming Xanaduの世界で名乗る“IGN”をね」


 ゲームマスターは少女の、空間の白さに比べればまだ人間らしい肌色をした背中に話しかける。

 IGNとはIn Game Nameの略だが、少女はそれどころではない。

 自分の身体を覆い隠す布を探すほうが大事だ。


 残酷な事実を突きつけるとすれば、この真っ白な空間には何もないのである。

 望みの何かを手に入れるためにはゲームマスターの所持している本を奪い取らなければならない。

 なので、ゲームマスターのセリフに従ってチュートリアル通りに『IGNを決定する』のがこのシーンにおいての最適解である。


 混乱の極みにある少女は「ここどこ!? なんで裸なの!?」と喚いている。


 まず、何故自分がこんな場所にいるかもわからない。

 胸に手を当てて最後の記憶を辿ってみる。


 少女は病院のベッドの上にいた。

 その時はまだ薄ピンク色のパジャマを着ている。

 ひとつずつ数えるのも飽きてしまうような本数の管が腕や足に刺さっていた。

 病室には心電図モニターのぴこんぴこんという音がリズミカルに響いている。


 深呼吸して、少女は「……わたし、死んだんですか?」と振り返らずにゲームマスターへ訊ねる。

 ゲームマスターはとぼけた調子で「そんな名前でいいのかね?」と確認してきた。






【あなたの名前は?】

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