カミカゼ
田中ざくれろ
第1話 カミカゼⅠ
太陽と青い空と穏やかな青い海原。そして、高空から低空へと張りめぐされた白く大きな雲。
五十機ごとに密集編隊を組んだ銀色の高速単座攻撃機。
西暦二〇四四年・一二月。
太平洋。前方彼方に目標の白い巨大構造物が海面からそびえる以外は、眼につく地形なし。
海空の青と、巨雲と巨大構造物の白以外は、銀色の攻撃機尾翼の編隊識別色以外に目立つ色なし。
「ワクチニアン……精神汚染者達、エロヒムの使徒め……」
合計一五〇機の三隊編隊の内、有人機は指揮機の三機だ。
残りはAI機である。
指揮機と戦闘衛星と戦闘管制ネットワークを組んだAVC海軍、高速空軍機『サーベルタイガー』は三隊密集編隊のまま、海面上の高さだけで元日本国の富士山と同じ高度がある巨大構造物に接近する。
太平洋上の
「目標ホワイトファングへ高度三〇〇〇で接近。マッハ一・二で巡行。レーダー波の影響を受けています。ロックオン外します」
高虎としを航空一佐は無毛だ。一佐へ指揮機のAIが報告。
「戦闘空域に後二秒で侵入。……侵入。味方衛星より戦闘開始コードが来ました」
搭載AIの報告に高虎はコンバット開始。「タイガー編隊機、全機、センサーオフにしてミサイル発射」
タイガー編隊機は五〇機の味方機からミサイル四基ずつをロケット弾モードで発射。大きすぎる目標。レーザー防衛網。どうせ命中する時は命中するし、撃墜される時は撃墜されるのだ。それよりはレーダー波をジャミングされて、見当違いの方向へ飛ばされるよりはいい。
全編隊が六〇〇機のステルスミサイルを内部から発射。白煙を引く空中に、大気に擦過傷を負わせる様な銀色の細い筋が幾千も青空を灼く。
レーザーに撃墜されたミサイルが前方で黒い雲の壁を作る。この黒雲がレーザーを広く遮る。
「タイガー編隊、マッハ二・二まで加速。黒雲を突破したら残りミサイルを乱数回避モードにして発射だ」
一佐は声に出して言い、垂直尾翼端がタイガーストライプになった、タイガー編隊が自らもランダム回避モードにしながら黒雲に突入。
レッドカラーのルージュ編隊機、スターマークのサンダース編隊機も突入。
はるか後方の海面では巡洋艦隊が地球の丸みに沿って水平線に船体を隠しながら、目いっぱい俯角をとって、大出力レーザー砲を援護発射し始めた。
ホワイトファングの表面に最初に発射した大型ミサイルが十数発命中し、光触媒コーティングの表面で火と煙と破壊の花を広げた。
機群が黒雲を飛び出した。
サーベルタイガーの一〇機がホワイトファングからのレーザーで撃墜され、数十機のミラーコーティングされた表面で破壊光線が弾かれる。
ランダム回避機動。無人機ならではの数学的乱数機動でレーザーの直撃をAI機は回避する。
ホワイトファングの迎撃レーザーが当たらない。
ホワイトファング表面からリフレクティング・ミラー・ドローンが何万と発着し、巨大構造体をレーザー直撃から守る鏡盾を展開する。
電子対抗手段ON。対抗手段、敵により無効。対抗対抗手段ON。無効。対抗対抗対抗手段ON。成功。敵の電子妨害手段を無効にする。
高虎一佐は指揮下にあるAI機を三機編隊攻撃モードにしたまま、完全自律させ、自由攻撃させる。
同じモードをルージュ編隊、サンダース編隊も選び、戦況はホワイトファング表面にある迎撃武装や反射鏡ドローンの数を減らす波状攻撃となる。
富士山ほどのホワイトファングの周囲を、まるでダイヤモンドダストが舞う様に銀色の小さな機体が無数に閃き、銀色のレーザーの雨が大気を無数に切りつける。
散り咲き続ける火の花。
高虎一佐ら、指揮機三機は急上昇し、高度一〇〇〇〇へ。そこでサーベルタイガー・コマンダーしか装備していない機体下の長垂直安定翼を下ろし、凪の様な水平巡行、完全指揮モードに入る。
成層圏外の戦闘衛星を中継して、水平線向こうの指揮艦とレーザー通信リンク。眼下の戦闘情報を全把握しつつ、電子戦術艦の戦闘スパコンの支援も受け、編隊全機の戦況を最適化する。
今日は勝てる。高虎一佐は実感した。
後は一〇分ほどホワイトアークの滞空迎撃武装を破壊し、巡洋艦から戦術核ミサイルの二〇機も撃てばいい。
これで四年がかりの攻略となった、悪魔的宇宙人に精神汚染されたワクチニアンの休眠シェルターの一基もジ・エンドだ。COVID-19から逃げ延びたワクチニアンの二割を地球から減らせる。
高虎達、AVC軍にとり、エロヒムに精神汚染されたワクチニアンに対するこれまでで最高の大戦果となる。
COVID-19が繁殖率・致死率最悪のΩ種まで変種が進んで大混乱に陥った地球人類は、現在は二一世紀初期の十五%まで人口が減っている。
そして人類は今、対抗ワクチンを打って生き残った大多数のワクチニアンと、Ω種に感染しながらも生き延びた少人数、あるいはその子孫のAVCに分かれていた。
AVCには、悪魔的宇宙人の下僕となったワクチニアンを全滅させるしか彼らの魂を救う手段はない。
侵略宇宙人に母なる地球は渡せない。
一五分ほどして、状況の移行が巡洋艦艦隊の旗艦『ニューリバティ』より知らされた。
ホワイトファングの対空迎撃手段が無脅威とみなされ、三〇発の戦術核ミサイルが友軍艦隊より発射されたのだ。
指揮官機は眼下の戦術核ミサイルを捕捉。生き残っている一一九機の無人のサーベルタイガー全機をその直掩に当たらせる。
無反射液晶のキャノピーに直接表示されている戦闘情報。ボックスマークに囲まれた三〇発の戦術核ミサイルが目標の巨大構造体に向かって飛翔していくのが表示されている。
命中までのカウントダウン、三〇秒。
二五秒。
二〇秒。
散発する迎撃レーザーは、射線に先に鏡面加工のサーベルタイガーが割り込んで無効化する。
一五秒。
全指揮機は耐衝撃手段をとった。
その瞬間、大きな警告音がサーベルタイガー・コマンダーのコックピット内に鋭く鳴り響いた。
超強力な電子対抗手段が光速の津波の様にホワイトファングから放たれ、キャノピーに表示されている戦闘状況画面では、それはほぼ一瞬で広がった放射球状のライトラインとして表示された。
「EMPか!?」
「違います」
超強力な電磁パルスを懸念する高虎一佐を、搭載AIが即刻否定した。
そのライトラインの表示はあっという間にサーベルタイガー・コマンダーの現在位置を突き抜けていったが、微動も何もなく機位に何の変化もなかった。
「高出力の全回線通信波を検知しました」とAI。
戦術核ミサイルのホワイトファング着弾まであと七秒。
だが、瞬間、戦闘状況画面上の戦術核ミサイルが一斉に全機ロストした。
「何があった!?」
「核ミサイル全機、外部干渉によりメインエンジンを止めました」
「そんな馬鹿な!?」
「各ミサイルが緊急停止コードを受信しました。核起爆の停止コードもです。全機落水しました」
「ありえるか!? 三〇機の核ミサイルが一斉にだとッ!?」
「現実的に起こりえない確率です。しかし現実です」
冗談じゃない!と高虎は酸素マスクを外して吠えたが、少なくとも戦闘状況画面とAIはそう告げている。
超軍事機密のはずの各核ミサイル個別の命令暗号が瞬時解読だと!
数秒して現状を把握したらしい巡洋艦艦隊から作戦終了のコードが届き、生き残ったサーベルタイガー全機の帰還命令が出た。
「高虎。帰還しよう」
通信管制が解かれていた。サンダース隊隊長ハミルトンからの通信を受信する。
「馬鹿な! ここまで来て、一矢報いずに帰れるか! 再び、これだけの戦力を整えるのにどれだけかかると思っているのだ!」
タイガー編隊の全機突入を絶対命令モードで発信すると、高虎のサーベルタイガー・コマンダーは機下の長垂直安定翼をパージし、フルパワーで戦闘空域へとダイブした。
三三機のタイガー編隊はそれまでの高度なAI戦術を放棄すると、自らがミサイルとなってホワイトファングへ突撃した。
「司令。高虎がカミカゼだ」
それが高虎一佐が聴いたAVC同僚の最後の無線だった。僚機は全て帰還コースに乗った。
高度なミラーコーティングをしていても守りを捨てたサーベルタイガーの攻撃はあまりに単調だった。
高出力なフェムト・レーザーの集中放射でホワイトファングに辿りつく前に次次と爆散していく。それでも仲間の爆散を盾にして後続機はより前へと進んだ。
目標は決まっていた。一点集中。海面付近に露出している融合核炉の熱排水放出システムに突撃するのだ。
「せめて一太刀!」
高虎機の搭載AIは沈黙している。
味方機はどんどん爆散していく。
目標まで残り一〇〇〇。
周囲にも八機残っている。
これだけが一斉に突撃すればホワイトファングの核融合炉も無傷とは言えまい。
「成った!」
高虎一佐がそう確信した瞬間、周囲の八機が同時に爆散した。
馬鹿な!? また強制爆破モードか!?
一瞬そう思ったが、今度は八機をほぼ同時破壊した物体の光る軌跡が見えた。
それはまるで体当たりで、全ての機体を縫い合わせる様にジグザグに走った青い一糸だった。青い稲妻。ドローンの陰に隠れて接近してきただろうそれは、あまりの高速にAIも支援出来なかった。
急制動。高虎機にまるでエアブレーキを開いて逆噴射した様な急激な減速がかかった。
コックピットで高虎一佐は急激につんのめった。旧式機の様にHUDがあれば、シートベルトで固定してなければ頭部をぶつけていたところだ。
機体は完全静止した。
怖ろしい音と共にエンジンが外から機体表面ごと破壊された。単機のそれはまるごと引きずり出されたようだ。
高虎一佐を恐怖が襲った。
爆発はしなかった。
機体の速度が完全に殺されていた。
液晶キャノピーが衝撃で全面灰色に曇った後、上から引き剥がされた。
高虎一佐はキャノピーを引き剝がした、自分の見ているそれを信じられなかった。
「死なないでください」
まるで少年の様な高い声を出す、八歳児ほどの身長の六等身の白い人型ロボットは、片手で引き剥がしたキャノピーを手に背から青い炎を噴き出して空中に静止していた。
まるで子供向けの愛玩用プラモデルか、企業のロビーガイドを引き受けるホビーライクな少年型ロボットだ。大きな頭はアーモンド形の双眼が正面を占めていた。
死ぬ間際に死神が見せた冗談の様だ。こんな物が兵器なのか。こんな物に特攻を止められたのか。
攻撃は失敗した。
高虎一佐は酸素マスクを外している口を歯噛みして、シートの尻の部分にあるサバイバルキットを緊急モードにして拳銃を抜いた。
だが、次の瞬間、ロボットの手がキャノピーを放り出し、その拳銃の抜き手に物凄い速さの平手打ちをくらわした。銃口がロボットを狙ったものか、一佐が自分の口に咥えようとしたかは解らない様だったが、グローブをはめた手の骨を複雑骨折させたと同時に拳銃を機外に弾き出した。
高虎一佐は悲鳴を挙げて骨折して出血した手をもう一方の手で抱え込む。
「大丈夫ですか。今、救護班を呼びます」
無表情のロボットは自分の起こした動作に何の感動もなく、周囲にエマージェンシーコールを無線で送った様だ。
片手で機体を支えて空中で静止しているロボットの所に、ホワイトファングから直接やってきたフライングバケットに乗った兵士が近づいてきた。サングラスの彼も他の兵士達も衛生マスクを身に着けていた。
「カミカゼ」と兵士は少年ロボットの名を呼んだ。「どうした」
「アシモフ・コード第一条、もしくは第三条に抵触する行為が起きそうでした。緊急対応です」
片手で攻撃機の残骸をぶら下げるロボットが少年の声でそう言った時、スター・オブ・ライフの青いマークを描いたフライング・アンビュランスがやってきて、救急隊員とマニピュレータでが機体からパイロットを引き出し始めた。機体へと患者を搬入すると、エマージェンシーランプのみを光らせ、無音でホワイトファング側面の搬出口に運んでいく。
残骸になったサーベルタイガー・コマンダー機は、フライング・パワーリフターに回収され、これも搬入口へ。
簡単な浮遊機構に人が乗る箱を取りつけた様なフライングバケット集団は、戦闘が止んだこの空域で動作に異常があるミラー・ドローンの回収を始めた。何百機ものそれで戦闘の後片づけを始める。
「僕は二人の人間を死なせるところでした」
「二人?」
カミカゼに寄り添うフライングバケットのサングラスの兵士に、ロボットは聴収した先ほどの特攻パイロットの心音を外部スピーカーで再生した。
激しい心音に重なって、その陰に隠れる様に小さな心音も刻まれていた。
「女性パイロット……妊娠していたのか」
「たとえ三〇機の核ミサイルを一瞬で無効化する能力があっても、僕は人の衝動的な自殺を止められなかったかもしれない……」
「戦闘シミュレーションは電脳空間で何千万回やっても、人の衝動はまだ理解不能か。結果的には止めたんだろ。いいじゃないか」
カミカゼは自分が会話をしている男のIDを検索した。このフライングバケットの兵士『マクティガル・ガンス』は同情の顔を見せていなかった。
「しかし僕の行動はあの人の手をめちゃくちゃにしてしまった」
「アシモフコードが痛むのか」
「僕は最強の力を与えられた故、AI兵器で唯一『アシモフのロボット工学三原則』をハード面から組み込まれた。僕は兵器でありながら人を殺せない」
「それがつらいのか」
マクティガルの質問に、カミカゼは答えなかった。
「まあ……何だ。サイコセラピーに相談するんだな。心を癒せ。お前にだって心はあるのさ。……お前の製造にはこのホワイトファング一基と同じだけの予算が投入されているんだ。それはお前の兵器としての面にだけではない。いいから、他人と自分をもっと信じてみろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます