第304話 不幸な出来事
そんなに一般的なテイマーの評価って低かったのか? 小さな村であればあるほど、労働力として結構有用だと思ってたけど。それに、
「でも…貴族とか豪商の家では、
「
そうか、
おれ自身も最初は母を失い怪我をしたこの2匹に対して、哀れだと思う気持ちが強かったのは確かだが、それに対する同情だけで連れまわしたわけでは無いな。
もしもこの2匹が、本能のままに暴れるならその命も… そう考え、覚悟は決めているつもりだが。
その後、一緒に過ごすことで、この世界に来て以来抱き続けていた
『もやもやとして、ずっと心の奥底に固まり沈むような何か』
その渇きを
「それに、使役獣に対する理解不足のために引き起こされる、不幸な出来事が後を絶ちません。私自身も、そんな事件の当事者になったこともあります。」
ムーツは、自らの身に起こった出来事を語り出した。
「事件当時、家族は妻と、ヨツジローとその兄弟のマエジローがおりました。ある商会からの依頼で、岩塩鉱脈の調査護衛として数日ほど駆り出されることになりました。ただその場所は岩塩鉱脈の地域の端、かなり採掘関係者の住んでいた場所からかなり離れており、それまでにも何度も調査され尽くしていた場所でした。
使役獣もヨツジローだけ連れていくことにして、兄弟のマエジローと妻のツォモコを残し調査に同行しました。
やはり調査されつくしていた場所だけに、新たに岩塩鉱脈が見つかることはなく次第に範囲を広げたおかげで、結局帰宅できたのは10日後になってしまいました。
ようやく帰宅してみると、家の中で首から血を流して倒れている妻と、妻の体の上に覆いかぶさるようにした… 口元と白い前足を血で染めたマエジローがいたのです。
急いで警備の騎士団に連絡して、マエジローをどかして妻のツォモコの傷を確認したものの、既に…。
調査に来た騎士団員も、状況的にマエジローが妻を襲ったと考え、隔離と処分を要求されました。
でも、私にはどうしてもマエジローが妻を襲ったとは思えませんでしたが、騎士団に連れていかれて殺処分されるくらいなら… そう思い、隔離してたマエジローを毒エサを使い自らの手で殺処分しました。
あの時に調査依頼を受けなければ、妻とマエジローが生きていたのではないかと自分を責め続けました。
その後、パタリと調査の護衛依頼がなくなったのを機に、苦い思い出のあるその街を後にして、
岩塩鉱脈の調査護衛? 商会からの依頼? その依頼も急になくなった?
ソーヤに嫌な予感が走る。その商会ってもしかして…
「ムーツさん、ちなみにその調査護衛を依頼してきた商会の名前ってわかりますか?」
「依頼自体は、八大商会の組合からの依頼でしたが…確か、ホリン商会だったと記憶してます。」
やっぱり…でも、何が狙いだったんだ? 使役獣を使った実験? それともほかに狙いが?
「ムーツさん。立ち入ったことをお聞きしますが、ホリン商会との間で何かもめごとのような出来事はありませんでしたか? つい先日ですが、ホリン商会の一行が犯罪行為、カジリス商会の従業員を誘拐して捕縛されたのはご存じですか?」
「ホリン商会の一行が、ほかの商会の従業員を誘拐? 先日の騒ぎはそれが原因でしたか。
しかし、私自身はホリン商会ともめごとを起こした記憶はないです。
…そういえば、妻が… まさか! いや、そんなはずは… 数日間手伝いに行った後に何か思い悩んでいたような…」
「おそらく数日後には、ホリン商会の件は騎士団内に公表されるとは思いますが… 今は僕の口からは言えないので…。
ただもしかしたら、マエジローがムーツさんの奥様を襲って怪我をさせたのではなく。何者かに襲われた奥様を守ろうとしたのでは? 怪我を負った奥様を守っていたのでは?」
ムーツさんは一瞬はっとした顔になったが、悲しそうな顔をする。
「だとしても…結果として、マエジローの命を絶ったのはこの私ですから。」
推測を重ねても起こってしまった出来事の結果は変わることがあるわけでもない。奥さんやマエジローが今更生き返るわけでもないし。なんだか悪いことしちゃったかもしれない。
「すみません。なんか余計なことを言ってしまったようで。」
「いいえ、むしろ私自身がマエジローのことを信用していれば防げたかもしれません。
しかし、ソーヤさんとあの2匹は非常に良い関係を築いておられる。
何か特別な方法でもあるのでしょうか?
一般的な
「特別な方法ですか? う~ん…思い当たることはないですね。出会ったときに思いっきり嚙まれましたけど、しばらくしたら噛むのもやめていましたし。
あ… そういえば、母狼の毛皮は自分の手で処理しましたけど。それも出会ってからかなり立った後だしなぁ。
躾といっても、上下関係を意識させるために、餌の時の”待て”ぐらいしか…
あとは、結構一緒に狩りの訓練はしましたね。これを投げて持って帰ってくるように言ってみたり。遊びみたいなものですけど。」
おれは
「それは?」
「そうですね、ちょっとやってみましょうか。
トーラ!シーマ!おいで!」
外を走り回っているトーラとシーマに声をかけるとすぐに部屋の入口まで戻ってきた。
ムーツさんも立ち上がって隣にやってきた。
「トーラ! 行くぞ! そーれ!」
おれは柵ギリギリにボールを投げる。すぐにトーラがボールを追いかけて走り始める。
「よし、シーマ! 行くぞ! そーれ!!」
反対側の柵に向かってもう一つのボールを投げる。シーマも全速力で追いかけていく。
やがて、トーラとシーマはそれぞれボールを咥えて軽やかな足取りで戻ってきた。
トーラとシーマはそれぞれおれの足元に咥えてきたボールを置く。
そのボールをおれはまた投げる。キリがないので数回繰り返して終わりにすると、いつの間にか隊員たちも集まってきてその様子を見ていた。
--------------
今年もお読みいただきありがとうございます。
新年の投稿開始は1/10(水)を予定しております。
皆様、よいお年をお迎えください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます