第4-1襲 騒がしい朝 ――カルム・ビフォア・ザ・ストーム――


 窓に日差しが差し込む頃――朝。


 キリエはドラゴンの野太いさえずり声を聞いて起きた。


 はあぁ……と魂が抜けるほどのあくびをする。


 昨日は身体は疲れていたはずなのに目が痛すぎて寝むれなかった。

 それはもう、キリエの目玉が引っ込んで骨にくっついてしまうぐらい。

 それぐらい、昨日は金髪男きんぱつおとこ相手に身体の隅から隅までの魔力を全部、使いすぎてしまった。


 窓の向こう側の世界は今日も綺麗だ。


 流石に今、目に見える世界は紫色と緋色に混ざり合っていない。

 正真正銘の空の青色――――スカイブルーだ。

 確かにあの日、キリエの目はおかしくなっていた。


 気がついたら眠れたからよかったが、――そう言えば。


 金髪男の連れのショタが言っていた¨二つ名¨というものが気になる。

 確か……。


 ――忘れてしまった。キリエが思っている以上に疲れているかもしれない。


 まぁ、いいか。ヴェールに聞いたら何か分かるかもしれない。


 息を吸って、深く吐く。

 そして、ベッドからゆっくりと降りた。


 軽く背伸びをする。身体が伸びていく感じが気持ちいい。この気持ちよさはこの世界に来ても変わらないままだ。

 背中からバキっと音が鳴った気がするが気にしない。


 しばらくして、寝間着を脱ぐ。

 そして、机に置いてあった着替えを手に取る。

 ムシャノ村から貰った純白色の着物のような衣服を着て、今日も1日頑張る!


「よし!」


 ドアノブを回して、部屋から出る。

 ドアを閉めてヴェールたちがいるだろうリビングを目指した。


 階段を下りるたびにリビングから香ばしい匂いがする。

 誰かが朝、ご飯を作ってくれているのだろうか……?


 だとしたら、楽しみだ。


 キリエはリビングのドアを開ける。


「おはよう」


 ヴェールとアルムは椅子に座って虚映受像魔具【テレヴィ・スコープ】を見ていた。


 虚映受像魔具きょえいじゅぞうまぐ【テレヴィ・スコープ】――通称¨テレヴィ¨と言われる近代魔具。発動者側が作り出した映像を受像し、光として壁に映し出すことによって見ることが出来る。

 天気予報に都市部の事件やそれらを解決したギルドのインタビュー等のニュース、ギルドや商品の宣伝CM、演技力があるギルドのドラマといったありとあらゆるものが毎日、映し出されている。

 と、いつの日か書店で読んだ雑誌にそう書かれていたはずだ。


 キリエも初めて実物を見るのだが……、キリエが元いた世界のブラウン管テレビとプロジェクターが合体したようなものか。

 ――なるほど。

 

「おはよう! キリエン!」

「おぉう! おはよう!」

 ヴェールとアルムがニッコリ笑顔で言う。

 キリエはヴェールの真向いの椅子に深く座った。


「おはようございます! キリエさん!」

「あぁ、おはよう!」

 ハイネがキリエに挨拶すると、黒い液体のコー・ヒーを置く。

「キリエさんはミルクを入れますか?」

「よろしく頼む」

 机の上の純白のパールホワイトのポットを手に持つと、黒い液体の中に少量の白い液体を入れて混沌カオスにした。


「机の上に砂糖が入ったポッドがありますので……ってもうないんですか!?」

「悪い! 我が全部入れた」


 見れば、ヴェールのカップから砂糖が溢れんばかりになっている。


「凄いな……ヴェールは……」

「甘党じゃからな!」


 わっはっはっと豪快に笑うヴェール。

 すると、後ろから力を入れて力んだ拳が飛んできた。


いったァア! 我の可愛い可愛い頭になにしてくれとるんじゃァァァアアアア!」

「間違いなく糖尿病になる二ャ。もっと控える二ャ」


 振り返ればニヤがいる。

 料理を盛り付けた皿をキリエの目の前に置いた。


 黄色いふわっとした物体が湯気を立たせて1つ皿に置かれている。

 この匂いはバターだろうか?

 焼き焦げたかのような香ばしい匂いがキリエの鼻孔をくすぐる。


「使えそうな食材が卵しかなかったニャ! だから、オムレッツ!」

「凄い! 美味しそうだな!」


 一口頬張る。


「どうじゃ……? 美味しいじゃろう……?」

「お前が言う二ャしィ!」


「美味しい……初めて食べた……」


 こんな卵料理食べたことがない。

 一口頬張っただけでいとも簡単に卵の甘みとバターの香りが広がっていく。


 それに、あたたかい。

 この適度なあたたかさこそ、ニヤの心のあたたかさに違いないのだろう。


「ありがとう……! ありがとう二ャ!」


 ニヤは両目を爛々らんらんと輝かせながら、キリエの両手を掴んでくる。

 涙を流すほど感動していた。


 ニヤがキリエの手を離すと、テレヴィから爽やかな朝に相応しい音楽と共に『マナりday☆』というタイトルが映し出される。

 この時間帯なら朝の情報映像だろうか。


『おはようございます! 今日のニュース、『マナりday☆』の時間がやってまいりました。アナウンサーのウォラフル・クリステルです』

 テレヴィには灰色の洋服を着たお姉さんが映る。名を¨ウォラフル・クリステル¨と言うらしい。

 目の下にクマをつけてゴフゴフっと咳をしている。大分、身体に無理してそうなお姉さんという印象だが、大丈夫なんだろうか……?


『そして、今日はですねぇ……スペシャルゲストが来ています! どうぞ!』

『はぁ~い! 私が『マナりday☆』に出てもありありア~リア! アイドルギルド〈ムジカ・アクセント〉所属のアリアで~す! 今日はよろしくお願いしま~す!』

『よろしくお願い致しま……ゴフっ……』

『大丈夫ですか……?』

『過労と疲労による疲れとあなたが眩しすぎるからよ……うっ……尊い……』

「ありがとうございます!」


 ウォラフルはアリアという少女を紹介すると、血を吐いてしまった。

 若干、闇が見えてしまったような気がするが、気のせいだろう。


「アリアじゃん! マジでッ!?」

 座っていたアルムが驚くと、テレヴィの前まで急いで床にへばりつくように座る。


「アルムの知り合いなのか……?」

 キリエはオムレッツをもう一口頬張りながら聞くと、

ちげェよ! 違ェ! ミュゼ・リア出身でアイドルギルド〈ムジカ・アクセント〉所属の超絶スタイルがよければ、ダンスも歌もうめェ! アリアだよォ!」


 アルムが興奮して炎を宿したかのような目でキリエに言う。

 キリエの顔にアルムの鼻息が当たるぐらい近かった。


「あのおっぱい星人が?」

 ヴェールがそう言う。


 すると、今度はヴェールの脳天目掛けて拳が飛んで――――ぶつかった。


いったァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアア! なにしてくれとるんじゃァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアア!」

「不敬だぜ、このロリニート! 推しアイドルくらい静かに見させてくれよォ!」


 テレヴィの中でアリアという少女が微笑んでいる。

 外ではこうも醜い争いが起きているのに……って思っても彼女には絶対に届かないだろう。


 今日も〈デイ・ブレイク〉は騒がしくてなんだかキリエは安心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る