第73話 【夢の話】初夢のこと

 ここ、どこ?

 私は、夕陽。 十八歳。 高校三年生。 自分の通ってる女子高の、保健室の織江先生と、去年の春から付き合ってる。

 そして……ここは……どこ?

 私の部屋じゃない。 でも、女の子の部屋。 すごく、いい匂いがする。 

 そして、ものすごく広い。 天井、超高い。 全ての家具が、はちゃめちゃに、大きい。 

 私は多分、ベッドの枕元にいる。

 だけど、体が動かせない。

 カキーンと固まって、金縛り? 何これ。 こわい。 先生、助けて!



「ふぅ」

 巨大な扉が、開く。 聞いたことのある気がする声が、聞こえる。

「疲れた」

 私のいる場所が、どすん、と揺れる。

 そこには、巨大な、女の子が。

 めちゃめちゃかわいい、巨大な、女の子が。

 いい匂いのする、かわいい、大好きな、いつかこっそり写真で見た、


 高校生の、おりえちゃんが!


 お、おりえちゃん!

 かわいいっ!

 睫毛、長い!

 前髪ぱっつんで、長くてふわふわ、ちょっと茶色っぽい髪の、制服のブラウス、紺のスカートの、若いおりえちゃん!

 やばい。 ううー。 好きっ。 なにこれ。 かわいいよう……。

「疲れた。 死にたい」

 おりえちゃん、死にたいタイプ? かわいい。 死なないで。 私とキスしよ!

 巨大なおりえちゃんは、私をむんずとつかむ。 きゃー。 ばっちりと、まつ毛がバシバシの瞳で私を見つめて、言う。

「リリちゃん。 私、学校、嫌いよ。 つまらないんだもの」

 わ、私、リリちゃんなの? あの、子どもが好きな、リリちゃん人形? 違うよ、夕陽だよ。 ゆうひだよー。

 おりえちゃんは、私の腕をぐっと上げさせて、声色を変える。

「分かるわ。 先生に会えないと、つまんないわよね。 しにたーい。」

 な、なんだ、これ?

 私、リリちゃん人形なの? だから、部屋やおりえちゃんが、巨大なの?

 そして、先生って、誰? 先生なのに、会えないの? なんの先生?

 混乱してる私に、ほっぺたをくっ付ける。

「リリちゃん。 織江と、遊びましょ」

 はい。 夕陽リリちゃん、おりえちゃんと、遊びたいです。


 おりえちゃんは、ブラウスのボタンを、上から四番目まで、外す。

 そして、リリちゃん人形になった私の顔に、薄い唇を寄せる。

「先生。 先生、好き……」

 おりえちゃん。 

 若い頃の、かわいいおりえちゃんにも、大好きな先生がいたの?

 おりえちゃんは、リリちゃんの私と、ほっぺたをぴったりくっ付ける。 いい匂い。 私の知ってる先生よりも、ほっぺたがふっくらしてて、ふわっとしている。 すごく、かわいい。

「先生…… 織江のこと…… 好きって言って……」

 頭、おかしくなりそう。 

 おりえちゃん。 先生って、誰? 女の子のにおいがすっごく濃くなるほど、好きな人がいるの?

 リリちゃんになった私は、体を動かせない。 だから、おりえちゃんの切なげな顔しか見られないけど。

 ほっぺたがだんだん、赤くなって。 眉をきゅっと、ひそめて。 目を閉じて、軽く口を開けて、吐息が、早くなる。 

 わかるよ。 

 私も、そうだもん。

 大好きな人を想って、ひとりで、するときは。

「先生。 好きって言って、ごめんなさい……。 ごめんなさい……」

 おりえちゃん。 そんなに悲しい恋をしてるの?

 かわいそう。 おりえちゃんが悲しくて、かわいそう……。

 だんだん、余裕がなくなってく。 かわいそうなおりえちゃん。 すごくやらしい、きれいな顔をして、あそこを一生懸命、擦ってる。

「ふっ…… ふうっ…… うっ…… あ、あ」

 びくん、と体を震わせる。 おりえちゃんはそのまま横たわって、しばらくしてから部屋を出た。



 すごいものを、見てしまった。

 とってもかわいい、高校生くらいのおりえちゃん。

「先生」のこと、大好きで、だけどどうやら、二人は同じ気持ちじゃないらしい。

 好きって言って、ごめんなさい、だなんて…。

 私は、一回もそう思ったこと、ない。

 これって、幸せなことなのかな。

 かわいそうな、おりえちゃん。

 そんなに、つらい恋をしたの?

 

 ていうか、これ、現実?

 私、永遠に、リリちゃんなの?

 ……死んだんか?

 夕陽には、もう、戻れないの?



 また、扉が開く。 おりえちゃんが、部屋に入る。

 リリちゃんになった私のほっぺに、ちゅっとキスをする。 おりえちゃんの手、石鹸の香り。

「リリちゃん。 先生も、ひとりでしたり、するのかしら」

 おりえちゃん。 多分、するよ! 安心して。

「私、毎日こんな事して、馬鹿になっちゃうかしら」

 おりえちゃん。 毎日してても、馬鹿にはなりません。 東京の頭いい大学行くから、心配しないで!

「先生、いつか、織江の事、好きになってくれるかしら」

 おりえちゃん……、それは、分からない。 ただ、三十歳の頃のおりえちゃんは、大好きな「先生」の事、私に一度も話してはくれなかった。

「リリちゃん。 いつも、織江のお話聞いてくれて、ありがとう」

 おりえちゃん。 いつも、リリちゃんとお話してるんだね。 かわいい。 かわいすぎる。 人間のお友達は、あんまりいないのかもしれない(私と同じ)。

「何だか…… 今日のリリちゃん、織江のこと、心配しているみたいだわ」

 そうだよ。 今日のリリちゃんは、夕陽なの。 かわいいおりえちゃんのこと、心配だよ。

「なんてね。 ふふ。 もう、寝ようかな。 リリちゃん、一緒に寝ましょうね」

 そう言って、おりえちゃんはベッドに入る。 すぐに、リモコンで電気を消す。 リリちゃんの私を、ぎゅっとして。 大きなおりえちゃんに抱きしめられて、気持ちが良くて、私もすぐに、寝てしまった。





 気が付いたら、いつもの朝だ。

 一月二日の、朝。 ママはもう、仕事に出たみたい。

 首をぐるんぐるん、回す。 腕も。 脚も、ばたばたできる。 あー、と声を出すと、自分の声が、聞こえる。

「初夢?」

 超、超、変な夢。

 私がリリちゃん人形になって、高校生くらいのおりえちゃんと、一緒に寝る夢。

 おりえちゃんは、かわいかった……。 とっても、かわいかった。

 一日三往復しかできないけど、メール、しちゃう。 気になりすぎるから。


「先生へ。 リリちゃん人形って、持ってた?」

 返信。

「長いこといっしょにいたわ お友達よ」

 じゃあ、あの夢、ほんとのこと……?

 いやいや、そんなわけない。

 そんなわけ、ないけど.…。

 なんだか却って、聞けないな。 先生の先生って、誰? そんな人、ほんとにいたの? 先生、その人のこと……今も、好きなの……?


「ねよ」

 考えても分からないから、また、寝ることにした。

 二回目の初夢は、先生と私が茄子持って富士山に登って、鷹の脚につかまって滑空して下山する夢だった。 いい一年になるといいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る