同居?

夢を見た。長い長い旅路の。始まりもなく、終わりもない。ゴールがあるとすれば、それはこの小さな器からの解放のことを指すのだろう。だがそいつはそれを拒み、叫んでいる。そうすれば後ろにいる幾千の屍達が、錘となって足に纏わり付き、耳元で囁いてくるからだ。「なんで意味もなくただただ私達を殺したの.....」と。耳を今すぐにでも引きちぎりたい、足を捥いで這いつくばってでも、この後ろにいる屍から逃げたい。だがやはりそいつはそれを拒む。もう後戻りに出来ないと分かっていながらも、そのような感情を抱いてしまうそいつはあまりにも哀れで、”責任”という名の奴隷になりすぎている.....







  「ふぁぁよく寝た......っ」


寝起きの頭に思考という名の喝を入れたい所なのだが、昨日のあの件があってから頭の思考回路が完全にショートしてしまっていた。思考はおろか、声を少し出すだけでも頭の中を誰かにかき回されているような感覚に陥っている。ただ、その中でも腕の痛みだけは綺麗さっぱりなくなっていた。正直頭の痛みの方が自分的には耐えれるのでまだ助かると、不幸中の幸いながらも大いに喜んだ。


  「おはよう 刹」


  「おはようございます。刹君」

 

  「おはようございます............ってなんであんたらうちの家にいるんだぁあぁぁぁ」


さっきまでショートしていた思考回路に電気が流れる。あの約束を交わしてから、4時間程経過していた。俺はこの家に戻ってきた記憶がない。それもそのはずあまりの情報の多さに疲れて気絶したのだから。それを介抱してくれた先輩とエネルとエメルには、感謝してもしきれないのだが....


  「一体これはどいうことだ二人とも、あの後帰ったんじゃなかったのか」


記憶がないから分からないけれども、普通、5時間前まで敵だった奴の家にいるかね。しかも律儀に布団まで敷いてやがる。


  「説明するのを忘れていたが、今日から俺とエメルここに住むことになったから」


  「は?」


ただえさえ脳が絶賛パンクしているのに、更に意味不明な言葉を言われて脳が破裂しそうだ。俺の放心状態とは正反対に、エネルとエメルさんは敷いてあった布団を綺麗にたたみ、それを押し入れに二段重ねにして入れている。


  「ままま待て、朝からびっくりさせてその反応を見て面白がる魂胆か、それにしてもだいぶきつい冗談だぞ」


  「いやいや、冗談じゃないって。今日から正式にここに住むことになったんだ」


  「冗談じゃ......ない」


  「もちろん」


気絶しそうな身体を何とか意識を繋いで必死に起こす。


  「分かった。よ~く分かったぞ、エネルとエメルさんが家に住むことになったのは分かった。でも、この家俺一人じゃなくて俺の妹も住んでるんだよ」


  「ほうほう」


布団を押し入れに入れる事に苦戦し、入れる事を断念したのか、こちらの話を顔に手を当てながら聞いている。


  「バレるとまずいの色々と」


再構築を止めさせてしまった責任として居候させてあげたいのだが、凛に見つかったら最後とんでもない仕打ちを食らうことになる(主に俺が)


  「刹兄~起きてる~」


廊下に響き渡る災厄の声


  「まずい...」


何も事情を知らない、凛はいつも通りの時間に俺を起こしに来た。そのドアの向こうには、緋色の髪をした男と水色の髪をした女がいるとも知らずに


  「あぁ、起きてるよ。今日はなんだかいつもより調子がいいな あはは」


  「刹兄なんで、朝からそんな気持ち悪い笑い声してるの」


  「刹君演技下手すぎ」


相も変わらず演技力がなかったらしい。それにしても気持ち悪いは辛辣じゃないか?


「もう、起きてるなら早く下来てね。毎日朝呼びに行く人の気持ちにもなってよね」


どうやら凜はご立腹のよう。毎日の習慣と言えど、いい加減に自分一人で起きなさいよ、という兄に対しての呆れからくる怒りなのだろうか。


「本当にいつもありがとうございます」


「なにそれ、刹兄らしくない」


扉の向こうから兄の様子に異変を感じている妹。


  「まっ、いいや準備できたら。急いで来てね。そうじゃないと学校遅刻するよ」


しかし、直ぐに怒りは収まったのか、いつも通りの声のトーンで定型文を口ずさんでいた。


  「分かった分かった。準備できしだい、早急に向かいます」


  「やっぱ変なの」


兄の様子に異変を察知しながらも、ご飯の支度をするため階段を降りていった。


  「そりゃ、変にも感じるよな。あんなくそみたいな演技を見せられれば誰だって疑う」


  「刹君はもうちょっと演技力を鍛えたほうがいいんじゃないかな」


演劇の養成所か何かなのだろうか、エネルとエメルさんはさっきの俺の演技に烙印を押す形で非難した。自分達が原因なんだよ、と少しは自覚してほしい。


  「今はそんなに悠長にしていられない。第一他に住む場所とか見つからなかったのか?」


  「だって、この国に知り合いとかいないし」


  「ホテルはどうなんだ?あそこならお金を払うだけで住ませてもらえるぞ」


人脈がないのなら、お金で解決すればいい。幸いにもこの人らはこの惑星に派遣された人達なんだから、上司からのお金の補給などがされているはずだ。なんてゲスな考えをしてしまったが、これしか解決策はない。


  「お金なんてあるわけないだろ。元々再構築の日程は3日間だけだったんだから、それに応じたお金しか貰えてないんだ」


  「じゃあ、新たにお金を補給してもらうってのは....」


  「おいおい、今そんな事上司に言ってみ、俺とエメルちゃんまとめて処刑だ」


頭に銃を撃つ動作をこれでもかってぐらいに見せてくる。


  「そっか....そうだった」


とんでもない事を忘れていた。そういえばこの人達上司に逆らって今ここにいるんだった。そりゃ、仕事を放棄してお金だけ恵んでくださいなんてただのヒモ同然だ。


  「はぁ~~これは困ったなぁ」


手で頭を抑える素振りを見せ、全力で困ったアピールをしている自分。対して、何事も無いように楽しそうに雑談を交わしているエネルとエメルさん。あぁ、何が正解なんだろうな先輩、もぅいっそのこと先輩の家で養ってくれないかな。なんて、更にゲスな考えまで頭をよぎった。


  「ねぇ、刹君、私この家のご飯たべたい。ほら、家庭の味ってやつ」


  「確かに、流石に昨日の戦闘で色々消耗しすぎてお腹減ったよ」


なんだろう、赤ちゃんのお世話をするお母さんのような気持ちになってくる。しかも言葉を話せる分、赤ちゃんよりも更に厄介かもしれない。


  「お前らなぁぁ....」


右の拳に力をいれて、必死に耐える。そんなくだらない話をしてる内に、凛が起こしに来た時間から5分も経っているではないか。されど五分と思うかもしれないが、朝のそれも平日の朝なら5分という時間は大変貴重。その貴重な5分を赤ちゃん達に使ってしまったから、学校の準備がおろか制服にすら着替えていない。


  「刹兄!!」


とうとうしびれを切らした凛が階段を駆け上がり、俺の部屋の前まで来た。


  「いつまで待たせるのかな、お兄ちゃん」


扉越しに聞こえるその声に温かさは微塵も感じられない。


  「まま待て、後もう少しで準備が終わるから、もう少しだけ...」


こんな事を言っておきながら、準備は一ミリたりとも終わっていない。


  「もう待てるわけないじゃん!せっかく作ったご飯冷めてるし」


兄の遅い起床よりも、ご飯が冷めた事に腹を立てている。


  「ままま待て、早まるなぁぁ」


  「いい加減にしなさぁぁい!!!」


その抵抗も虚しく、俺の心とは裏腹に扉は開けられた。そこには俺以外の誰かがいるとも知らずに....


  「まだ、準備出来てないじゃん。さっきもう少しって言ったのに」


  「え?」


普通そこか。目の前に明らかにここの住人じゃない人がいるのにもかかわらず俺の準備の事しか言わないのか


  「さ、エネルさんとエメルちゃんもご飯出来てるから」


  「おい、妹よ。今なんて言った?」


  「えっ、いやエネルさんとエメルちゃんもご飯出来てるから~って言っただけだよ」


朝から訳の分からない事が起きすぎだ。突然エネルとエメルが家に住むとかいうし、凛も、エネルとエメルが家に住むことをまるで知っているかのような素振りをするし。もしかして、俺が気絶してる時に勝手に再構築したのか、と急いでカーテンを開け外の景色を確認するが、いつも通りの景色だ。


  「分かった。話は食事の時、ゆっくりと聞かせてもらうぞ」


  「なんの?」


  「エメルとエメルが家に住むことを承認した話だ」


  「分かったよ、刹兄。それよりも先に学校の準備終わらしたら、時間やばいよ」


おもむろにカーテンを開けているが、時計の針はそれを許さず8時を指していた。


  「やっば...」


後15分で、飯、準備、エネルとエメルの事を聞き出す。を成し遂げるのはかなり至難の業だ。


  「仕方ない、エネル、エメルさん。先に飯食べててくれ」


  「うん。そうする」


  「分かったよ」


二人は俺の指示に従い、部屋を出て、食卓に向かった。その行く途中にはエメルが凛に朝食の献立を聞いていたが、相変わらず緊張感が無いっていうか、気が緩んでいるというか。もしかして最初から緊張感を持っていたのは俺だけなのだろうか。


  「はぁ~~取り合えず、着替えるか」


部屋にいるのは自分一人、その中で黙々と学校の支度をするのであった。


支度も終わり、いよいよ今日一番の謎である。エネルとエメルが住むことになった事を承認(?)している凛、について問いただす事ができる。


  

  「本当に我が妹ながら、何考えているのか....」


そう溜息交じりに呟きながら、食卓に向かっていった。


食卓に着いたら、エネルとエメルと凛が朝食を食べながら雑談している。遅れた奴は待たない主義なのか。完全に俺そっちのけで普通に喋っている。


  「やっときた刹兄。早く食べないと遅刻するよ」


  「あぁ、分かったよ」


今日の朝からおかしなことが起こりすぎていたから、ようやく朝食と名の栄養補給ができる。俺はエネルの横に座り、朝食にありつく。普段は凛と二人だけのテーブルなので、広いなと感じていたが、流石に二人も増えるとなると、圧迫感を感じる。









  「う~んこの魚美味しい~これなんて魚なの凛ちゃん?」


  「これは鮭って言って、ごく普通の一般家庭の朝食に出される魚でね、焼くのが基本なんだけど、ホイル焼きとかムニエルにしても美味しんだよ」


  「そうなんだ~凛ちゃんがもしよかったらそのホイル焼き、ムニエルってのも作ってくれたら嬉しいな~」


  「ふっふん任せなさい、今日の夜は余った鮭でホイル焼きムニエルパーティーにしようじゃないかぁ」


  「ホント?やった~~」


確かに、凛が作る魚料理はどれも美味しい。料理の工程もそうだし、味付けの面でも完璧だ。これは夜のホイル焼きとムニエルが楽しみだ.......


  「って....ちが~~~~~~~ぁう」


朝の優雅なひと時、その雰囲気を意図的に壊すよう叫んでいた。


  「刹、食事中だ静かに」


  「あっ、ごめん....ってこれも....ちが~~~~~~~ぁう」


  「どうしたんだ刹、朝から変だぞ」


  「そりゃ、変にもなるよ」


ここら辺で茶番は終わり、いよいよ凛にエネルとエメルが家に住むことになった理由を問いたださなければ....


  「さ、本題に入る」


  「唐突だな」


こっちからしたら、今日の出来事何もかも唐突だよ。


  「凛」


  「何?」


  「なんで、この家にエメルが家に住むことになっているんだ?」


  「だって、今日の夜中に「この家に住ましてくれ~」って刹兄を抱えながら言ってきたから、別にいっかと思って」


  「軽すぎない、色々と」


  「別に断る理由も無かったし、この家、住んでるの私と刹兄だけだったじゃん。ちょっと寂しくてさ」


両親がいなくなってからはずっと二人だけだったからそれが当たり前かと思ってたけど、やっぱり寂しかったよな。


  「住むことを承認した理由は分かった。でもエネルとエメルさんの事情は知っているのか?」


懸賞金を掛けられて追われている身なら、いつこの家に襲ってきてもおかしくない。


  「知ってるよ、いつ襲われてもおかしないって」


  「じゃあ、なんで....」


  「だって、強いじゃん」


  「?」


その言葉の意図が分からずに、箸を止めてしまった。


  「強いって...」


  「エネルさんとエメルちゃんもすっごく強いし、魔術?とかいうのもみせてもらったし、あぁこの人達は間違いなく強いんだって」


  「でも奇襲とかされたら....」


確かに、正面の戦いでこの人らに勝つのはほぼ不可能、それは昨日の戦いで証明されている。けど、もし弱点や人質で俺か、凛が攫われたりしたら。


  「信じないの?」


  「信じないのって?」


凛の声が今日の朝のように冷たくなる。


  「昨日の事があってまだ、信じないの。聞いたよ、本当はこの地球がエネルさんとエメルちゃんの手によって変えられていたんでしょ。でも刹兄が必死に説得してくれて、その言葉を信じて狙ってくるやつらの討伐に協力したんでしょ。なら信じないとこっちも」


凛の口調が段々と温かくなっていると感じた。


  「エネルさんとエメルちゃん強いんだから、どんな奴らが来てどんな場面になったとしても、負けないって信じなきゃ」


  「そうだぞ、俺達がいれば最強さ」


そうだな、昨日のあの戦い....いやそれ以上に俺を助けてくれたあの時を、信じないのは失礼だな。


  「悪かった」


  「ううん、私も伝えるのが遅れて、でも刹兄めっちゃ気持ちよさそうに寝てたからさ~」


  「本当にな、寝言まで言ってやがった」


  「刹君ったら、「先輩~~」なんて言ってたし」


  「恥ずかしい、この世から抹殺してくれ~」


そう言って、照れ隠しで残りの朝食を全て食べ....


  「ごちそうさまでした」


朝食が終わり一息つきたいところだが....


  「時間やばいんじゃないの刹兄」


朝食がいつもより長引いたせいで、時計の針は8時13分を指していた。土曜のふりかえりということもあり、高みの見物でいる凜が羨ましい。


  「やっば、遅刻の可能性が出てきた」


  「俺抱いて連れてってやろうか」


箸で鮭を突っついているエネルが、俺に提案してきた。


  「ありがたい提案だけど、人の目が...」


  「確かにそうだな」


家からの通学路は、俺だけではなく、かなりの生徒数が登校するため確実に目立つ。


  「やっぱりいつも通り自転車で通学しますか」


人外的な力に頼るという誘惑を振り切り、正当な手段で登校することにした。時間も時間なので急いで鞄を担ぎ、玄関へと駆けていった。


  「いってきます」


  「いってらっしゃ~い」


朝の8時15分 ギリギリいつも通りの時間に家を出て、学校に向かうのであった。


  「今日は朝から不思議な事だらけだったけど、良かった上手く事が収まって」


再構築の話から約5時間。色々なことがありすぎて正直気持ちが追い付いていないが、それでもこうやって今日という明日が見れてよかった。などと、心の中で呟きながら自転車を漕いだのであった。

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