旧友との
「はぁ――はぁ――」
歩くこと実に20分。途中から間に合わないと思い早歩きにシフトチェンジした結果、5分早くが学校に着くことが出来た。
「にしても、はぁ――意外に、はぁ――」
思考に耽ようとしても、登校の疲れのせいで肺が酸素を取り込もうと必死に脳に伝達するため、頭が正常に働いてくれない。一年生の時でさえ歩いても少し疲れるだけだったこの体が、最近になって一段と体力の衰えが著しくなっているのではと感じ、それを実感しただけでも気が滅入ってしまう。
「少しは運動しないとな....」
そう自分を鼓舞すると同時に、中学の頃にしていた水泳を懐かしむような気持ちでいっぱいになった。
「.......」
あれだけ追われていた時間にも今は幾分余裕があるので、何も焦ることなく靴を履き替えているがどうにも気持ちが晴れない。やっぱり右腕の痛みが心のどこかで引っかかっているのだろうか。
「切り替えないとな」
当たり前だが、家と学校では状況が違う。家の事をいつまでも引きずってしまっては、学校生活にも支障をきたすというもの。ならばこの誰もいない昇降口で区切りをつけてしまわないと。
「よし.....」
顔を数回優しく叩き、二階の教室へと繋がる階段へと向かう。そこには先程まであった疲れや陰鬱な気持ちはなく、悠々とした気持ちで階段を駆け上っていき、踊り場付近では本当にダンスでもしているかのようなステップで方向転換をし、残り少ない段数に悔しさを表しながらも、何か満たされた気持ちで上がっていった。
「ふぅ―――」
いつもなら何も感じずにただ、上り下りするだけの階段が、今日に限って特別に感じられた。心境の変化とでも言っておくべきだろう、憂鬱として上る階段と、悠々した気持ちで上る階段がこれほどまでに違うとはやや自分でもびっくりしている。
「っと....流石に悠長にして過ぎたか」
駆けあがった階段の周りには誰もいなく、窓から見える廊下にも人影は写っていない。皆朝のホームルームの為に席についているのであろう。もちろん学校だけではなく、ホームルームで遅刻しても、この学校では重罪にあたるので駆け足で教室の前へと向かう。
「何とか間に合った」
時刻は8時37分、時間ギリギリとは言え流石の生徒会長も遅刻をしていない奴にあれこれ言う権利はない。そう安堵した気持ちで教室の扉に手に手を掛ける。
「な.....」
そこには、ホームルームというものがあともう少しで始まる雰囲気というものからはかなり遠ざかっている光景が映し出されている。自分の席関係なく座る男子達、和気あいあいと喋る女子達。さっきまで晴れやかだった俺とどこか似ている雰囲気。けれど妙にざわつくその空気感に押されて、ささっと自分の席へと移動する。
「おっはよ~刹ク~ン今日も相変わらず辛気臭そうな顔してますねぇ」
ちょうど席に着いたと同時に、このクラス史上最も能天気な奴が参上した。
「........」
このクラスの雰囲気だけでもお腹いっぱいというのに、こいつにまでかまっていたら胃もたれしそうで怖い。
「あれぇ~もしかして聞こえてないカンジ?もうちょとボリューム上げたほうがいいのかな?」
俺が一方的に無視していたことに気づかず、聞こえないと思ったのか、ただでさえデカい声をもう一段と大きくしようとしていた。こんな近距離での声がこの年で聞こえなかったらお先真っ暗だな。
「聞こえてるよ!」
窓際を向いていた自分の顔を声の主の方に向け、こちらもややデカい声で言った。はたからみれば難聴同士の会話と思われても仕方のない絵面だった思う。
「わぁ 怒った! びっくりした。」
俺の声がそんなに大きかったのか、声の主は俺の席から一歩後退していた。
「あぁ朝からあんなでかい声出されたら、誰でも怒りたくなるよ」
その言葉通り、彼の最初の変な挨拶の声が大きすぎて、先程までがやがやしていた男女達がこちらに目線を集めている。
「ハイハイすいません俺が悪うございやした。」
そう言って、俺に平謝りした後、こちらに注目していた男女達にもお辞儀をしていた。それを見届けた男女達は何事もなかったかのように、俺が教室に入ってきた時と同じくがやがやし始めた。
鳥乃 明、そいつが声の主の本来の名前であり、中学からの同級生で俺の数少ない友達である。俺とは正反対で無駄に熱いが、勉強の面でいったらからっきし、その代わりと言っては何だが体格に恵まれ、運動ではこの学校で五本指に入る人物だとか。これほど見た目と中身がマッチしている人物は今時珍しいだろう。髪型はベリーショートでよく不良かと間違われるがそれが長年の悩みとなっているらしい。正直、髪型とかではなくその変な態度が災いして不良扱いされるのではないかと最近は思い始めている。
「でも、よかった。いつも通りの刹に戻って」
ふと、誰かに聞かせるまでもなく、明はそう呟いていた。
「どういうことだよ?」
つい反射的に出た言葉だったが、明の言っている言葉の意味が俺には分からない。
「自分で気づいてなかったと思うけど、お前元気なさそうだぞ」
「嘘....」
さっきあれだけ昇降口で気持ちを切り替えたはずだと思っていたけれど、そう簡単には変わっていなかったようだ。心なしか、今の自分の顔は右腕が痛くなった時と同じ顔をしている気がする。
「そう見えるのか?」
でも、どこかそれを否定したい俺が明に問いかける。
「そうだぞ 今日なんていつにも増して辛気臭さが二倍...いや三倍増しぐらいだった」
「辛気臭いは余計だ」
「ふっ それでこそいつもの刹ってもんだ」
「それはどうも」
いつものからかいかと思い軽めのノリで適当に流したが、少し悲しそうな趣でこちらを見てくる。相変わらず何をしたいのか分からない。
「というか、今日は珍しくサボりじゃないんだな」
かまってほしそうな明を完全に無視し、こちらは淡々と質問した。基本コイツは土曜日の学校をサボる癖がある。そのコイツが土曜日に学校が来るってことは何かよからぬことが.....
「そうだぜ、なぜなら部活があるからな」
「え...」
嫌な予感は、無事的中した。当たってほしくないときに限って当たる、これが世の常だと今日の教訓として自分に言い聞かせた。
「え....ってなんだよ、聞いてないのか今週の月曜日に台風で部活がなくなってそれを見かねた生徒会長が、「やはり、部活に空白を作ってはならんな....」って言って月曜の分を土曜に持ってきたんだぞ」
やっぱりあの生徒会長が関与していたか、やはりあの生徒会長が鎮座する限りこの学校に平和は訪れない。
「ま、俺はもちろん大歓迎な事だけどな」
そう、この鳥乃は高校生から始めた部活(陸上)はとんでもなく優秀で、他の学生と比べても頭一つ抜きん出ている。こればっかりは本当に凄い、何しろこの学校の陸上は只得さえ強豪ぞろいなのにもかかわらず、そいつらを押しのけ大会での表彰台では常連となっているからだ。しかし、そんな明を褒め称えても部活があるといった結果は覆せない。
「嘘だろ...」
「ホントだぜ、それとも、刹ちゃんはまだねぼすけでちゅか~」
「お前なぁ」
さっきの仕返しかは知らないが、明の方のからかいに拍車がかかり、ここぞとばかりに煽ってくるので、やや呆れ気味に返事をしてしまった。
「すまんすまん。でも本当にお前部活嫌いだよな」
「いや、部活が嫌いとか言うわけじゃなくってだなぁ」
単に自分の時間を拘束されるのが少し嫌なのだ、けれどこれでも部活は好きになった方で、高校始めの部活決めの時のあの絶望していた時期に比べれば、よっぽど成長している方だ。
「はぁ~本当にこの学校は狂ってるよ。なにが”高校生の間は一貫した部活動をすべし”だよ。こんな校則があるからあんな変態生徒会長ができあがるんだ」
おまけに、帰宅部は認めないという狂いっぷり。帰宅部があったら最初から喜んで三年間通ってたのに。でも、もし俺が帰宅部だったら、間違えなくあの人達との出会いはなかったんだと考えると少し複雑な気持ちになった。
「でも、いいじゃねえかぁ。刹の所には可愛くて面倒見のいい先輩がいるんだからさ」
「まぁ、確かにそれだけが唯一の部活をやっている理由でもある」
先輩とは、3年2組の黒瀬 茉奈 のことである。正直この学校で一番可愛い生命体であり、俺がこの部活に所属することとなった、大きな原因の一つでもある人物だ。
「だから、そんな可愛い先輩を捨ておいて、もちろん部活をさぼったりはしないよね刹ク~ン」
ここぞとばかりに痛い所を突いてくる。
「普段の授業寝てばっかりのやつにいわれるのは心外だな」
このまま言われてばかりじゃなんか無性に腹が立つので、こちらも明の痛い所をついてやった。
「うっ まさか逆にいいかえされるとは」
俺の言葉が急所に入ったのか、ダメージを負ったような声で反応する明。
「まっ どうせあの生徒会長のせいで、行かないなんて選択肢は元からこのないんだけどな」
そう今ここで明との小学生じみたやり取りをした所で、部活に行く、と言った結果は覆らない。
「そうだぞ、あいつが生徒会長の座に居座る限り、部活をサボる怠慢は許されないのだよ刹君。まっ俺が生徒会長になったら一に運動、二に運動、三に運動だけどな」
ダメージを負ってからの回復が相変わらず早すぎる。
「どうだかねぇ」
この学校の現生徒会長 神谷 卓 も相当だが、こいつが生徒会長になった暁には無事廃校の運命を辿るのだと一般学生ながら予見した。
キーンコーンカーンコーン
明との雑談もつかの間、時計の針は8時40分を指しており、遂にホームルームの時間となる。席を移動していた人達は、机と机を迷路の如く必死になって移動しながら自分の席に座ろうとする。立ち話をしていた明はというと、俺の横の席なので特に焦ることなく、スッ―と座っていた。ガタガタと、主人によって引かれた椅子達が次々に不快な音を奏でる。だが、その音達は3秒と持たずして鳴りやむ。ざわついていたクラスが一気に静かになり、クラスの担任である山中先生を刻一刻と待っている。
「おっはモーニング―――――!!!!」
静寂していた教室に豪快にも扉が打ち付けられる音が鳴り響く、そして開かれた扉からは、自分の黒い髪をゆらゆら揺らしながら、軽快なステップを踏み教壇へと向かっていく担任とおぼしき人物。年齢が若いから許される行為であって、これが四十路以上になってくるとだいぶキツイ絵面になってくるだろう。
「.............................」
いつものことなので、皆が子供を見るかのような目で山中先生の方に目線をやっていた。
「あれぇ、皆返事は?」
そしてあちらも、いつもと寸分違わぬセリフでこちらに挨拶を要求してくる。
「おはよ~先生!」
「おはよ~山ちゃん~」
「おは~」
なんか幼稚園児にでも相手をしているかのような返事があちらこちらから飛び交ってくる。いつものことながらに、改めて聞くとこの空間は異質すぎる。隣で明はツボってるし。
「こら~だれだ私の事を山ちゃんって言ったやつは!!山中先生でしょうがぁ!!!」
生徒からの呼称に対し、足をジタバタさせながら怒っている。その頭上には、ぷんすかぷんすかという擬音が本当に書いてありそうだ。
「へへ、でも山中先生嬉しそうじゃん」
山中先生の顔は、その体とは対照的にご機嫌になっている。
「えっ、そうかな。ははは」
ついには口元が完全に緩み、一人教壇の上で笑いを飛ばしていた。教師としてあるまじき行為であると自覚してほしい。
「って....違うわ!!!!」
ようやく正気に戻ったのか、自分で自分にツッコんでいた。
「なぁ、刹。今日の山中先生いつもにましてご機嫌じゃね?」
先程の挨拶の件を引きずっているのか、隣の住人から笑いながら疑問が投げかけられる。
「お前が無関心なだけで、山中先生はいつも通りだよ」
いつもは皆が山中先生に挨拶して一連の流れがある所、明は大抵俺にくだらない話しを持ちかけてくるので山中先生の言動が分からないのだろう。あれだけうるさい声で喋っているというのに明がそれに気づかないのも中々のものだが。
「はぁ、あれで口さえ開かなければいいのになぁ」
山中先生は容姿端麗にも関わらず、その言動が災いして、男子生徒皆が先生に対して恋心さえ抱かなくなっている。間違えなく残念美人というカテゴリーに属している一人だと、明に話しかけるのではなく、窓の外に溜息を洩らしながら言っていた。
「ん?茨木君、何をコソコソと窓に話しているのかな」
地獄耳かあの人は!相変わらず残念美人とか、口を閉じれば~とかいった単語にはことごとく反応する。まずはその言動を直してほしい、と言った回答は、ここで言ってしまえば職員室送りにされてしまうのがオチなので、心の中に留めておくことにした。
「別に何も言ってませんよ先生」
取り敢えずは、嘘でもいいから何か誤魔化せの精神でその場を凌ぎきる。
「まっ、茨木君はそんな事言う子じゃないし、うん私の聞き間違いだね」
無駄に俺の信頼が厚いのか、無罪放免と言った形で俺の疑いは無事晴れた。
「それじゃあ、気を取り直して」
時間はとっくに2分ほどが経過しており、流石に遊びすぎたのか、おほん、とけじめをつけるためにせきこみ......
「ホームルームはじめぇ!」
相変わらずのどこかぬけた声が合図となり、ホームルームは開始された。
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