第35話
「そういえば友喜音さんや夏輝さん、進路はどうするんですか?」
3年生は2学期に入ると受験モードになり、学校の授業も受験対策に重点を置いた授業に変わる。
そのこともあって、そういえば寮生のうち3年生のふたりの進路をどうするか聞いてなかったなと思って夕飯のときに尋ねてみた。
「私は法学部のある大学で、特待生の制度があるところならどこでも」
「あたいはスポーツ関係の学部があるとこならどこでもいいな!」
「夏輝さんはわかるとして、なんで友喜音さんは法学部なんですか? 将来は弁護士とか?」
「ううん、県庁か市役所が希望なの」
「え!? 友喜音さんくらい頭がよかったら弁護士とかそういう方向に行ってもいいんじゃないですか?」
「うーん、確かに弁護士の資格を取ってって言うのは考えたことはあるんだけど、弁護士って営業の能力がないと案外儲からないものなのよ」
「そうなんですか?」
「うん。どこかの法律事務所に雇われるならサラリーマンと一緒だし、独立するにしても弁護士としての能力を売り込まないといけないわけでしょう? 私、あんまりそういうの得意じゃないし、公務員なら福利厚生はしっかりしてるからお母さんに何かあったときに融通が利きやすい公務員がいいなって思ってるの」
「なんかもったいないなぁ。医者とかになるって気もなかったんですか?」
「うん。医学部は6年制だし、国立とかでも授業料は高いでしょう? お母さんにそこまで負担かけられないし、早く就職してお母さんを安心させてあげたいから」
「そうなんですねぇ」
母子家庭で苦労してきた友喜音さんらしい言葉だと思った。
「じゃぁ夏輝さんは何かなりたい職業とかあるんですか?」
「あたいは就職できるなら何でもいいな! ただスポーツ関係の会社とか、資格とか取って、スポーツには関わっていきたいとは思ってるぞ!」
「夏輝さん、身体動かすの好きですもんねぇ」
「うちは夏輝ちゃんなら体育の先生になったら人気出そうって思うけどな」
「あ、それいい! こんな可愛い体育の先生がいたらゼッタイ人気出るよ!」
「あたいは先生ってガラじゃないと思うぞ!」
「そうかな? 夏輝ちゃんって子供好きだし、子供向けのスポーツ指導員とか似合いそうだと思うよ」
「そういう資格もあるんですか? 友喜音さん」
「確かジュニアスポーツ指導員とかなんとか、そういう資格があったと思うよ。夏輝ちゃん、どんな競技でも万遍なくこなせるし、子供好きだからそういう資格もありじゃないかなって思うよ」
「そんなのがあるのか!?」
「うん、確か。あとで千鶴ちゃんか翔子ちゃんのノートパソコン借りて調べてみたら?」
「うむ! そうしてみる!」
子供向けの指導員かぁ。
わちゃわちゃ子供と一緒になってスポーツで汗を流して楽しんでいる夏輝さんの姿が今から想像できて何だか微笑ましい。
「じゃぁ千鶴! ノートパソコン貸してくれ!」
「いいですよ。じゃぁポケットワイファイと一緒にあとで夏輝さんの部屋に行きますね」
「頼んだ!」
そこでいったん進路の話は終わって、あとは他愛ない雑談をしながら夕食時は過ぎていった。
晩ご飯を食べ終わってから少しの間お腹を休めて、ノートパソコンとポケットワイファイを持って202号室に向かう。
扉をノックすると『入っていいぞ!』と許可が下りたので夏輝さんの部屋に入る。
夏輝さんは晩ご飯のときと同じTシャツに短パン姿でマンガを読んでいたらしく、ぱたんと本を閉じるとあたしを勉強机のほうに誘った。
「あたいはパソコンには詳しくないからな! 千鶴、代わりに調べてみてくれ!」
「わかりました」
ノートパソコンを起動して、ブラウザを起ち上げると『ジュニアスポーツ指導員』で検索をかける。
どうやら国家資格と言うわけではなく、民間の日本体育協会が認定する資格のようで、幼児から中学生くらいまでの青少年を対象にした資格とのこと。
また、よくよく調べてみると特に大学卒業資格がいるとかそういうのではなく、通信講座と講習を受けて資格を得られるものだと言うことがわかった。
「どうです? うちの学校に合格できるくらいの学力があれば結構簡単そうに見えますけど」
「そうだな! でもいろいろスポーツ関連の資格は取りたいな! 確かにあたいは子供は好きだが子供だけ相手にするのも味気ない! 道は色んな方向に拓けていたほうが夢がある!」
「夏輝さんでもちゃんと進路のこと考えてるんですね」
「当たり前だ! 好きなことを仕事にしたいならそれなりに努力も必要だ!」
その割に試験じゃ赤点取って、友喜音さんに助けてもらうことが日常のような気もしないでもない。
まぁでも夏輝さんだってうちの学校に合格できるだけの基礎学力はあるのだ。
スポーツ関連の大学と言うと体育大学くらいしか思い浮かばないけど、資格をいろいろ取りたいのであればそれなりにカリキュラムがしっかりしてる大学を選択する、ということにもなりそうだ。
その点、あたしはどうだろう? って思う。
まだ2年生だし、具体的にこうって言う夢も希望もないけれど、大学には行って何かをする、と言うことにはなるだろう。
となると、まだ2年生だからと言って何も考えないのもあとあと困ることになりそうだ。
「進路かぁ。夏輝さんはあたしに似合う職業って何があると思います?」
「わからん! 千鶴はいい意味でも悪い意味でも普通だからな!」
「さいですか……」
確かに友喜音さんみたいに頭がいいわけじゃないし、夏輝さんみたいにスポーツ全般が得意なわけじゃない。
取り立てて目立った特徴もないのは自覚しているものの、はっきり言われるとちょっと凹む。
でも続けて夏輝さんは意外なことを言った。
「千鶴は普通だが、普通だからこそ何色にも染まることができる! あたいの取り柄はスポーツしかないし、スポーツが好きだからそういう方面に行くのが自然だが、千鶴はなんにでもなれる!」
これにはハッとさせられた。
取り柄がないのは逆にどんな方面に向かっても、それを取り柄にできる可能性があると言うことだ。
椅子に座っていてようやく目線が同じになる夏輝さんを思わずまじまじと見つめてしまう。
「なんだ!? また胸でも揉んでほしいのか!?」
「違いますよ! ただ、夏輝さんもやっぱり先輩なんだなぁって認識を新たにしただけです」
「褒めても胸を揉むくらいしかできんぞ!」
「だからそれはいりませんって!」
「遠慮するな!」
そう言うが早いか、夏輝さんはあたしの背中に回って両手であたしの胸を揉んできた。
「ちょっ! 夏輝さん!」
「初めて揉んだときから大して変わってなさそうだな! 揉む回数が少なかったか!」
「これ以上だったらほぼ毎日になるじゃないですか!」
「あたいは毎日でもいいぞ!」
「夏輝さんの希望は聞いてません!」
「揉みがいのないヤツだな! もっと大きくなりたかったんじゃなかったのか!?」
「それはそうですけどぉ……」
「舞子だって静音だってあたいが揉んで大きくなったんだ! 遠慮はするな!」
「でも今まで結構揉まれてますけど大きくなってませんよ?」
「そうなのか!? じゃぁやっぱり毎日揉んでやることにしよう!」
「なんでそうなるんですか!」
実績があるからか、それともただ単に揉みたいだけなのか、夏輝さんはそんなふうに言ってくる。
でもあたしに関しては夏輝さんの実績は当てはまらないようなので丁重にお断りしておく。
「そうか!? 残念だな! まぁいい! あたいはあたいで揉みたいときに揉む!」
「堂々と宣言しないでください!」
これからもことあるごとに夏輝さんに胸を揉まれ、それを仲良さそうにじゃれあってると見た夏輝さんのファンからの嫉妬を考えると少し憂鬱な気分になった。
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