第33話
「当分中華は食べなくても平気かも」
「何それ」
盛り上がらない学園祭も終わって、通常授業に戻ったころ、朝のホームルーム前に羽衣ちゃんと話していてそんな言葉が出てきてしまった。
事情を羽衣ちゃんに話すとかなり羨ましがられた。
「ホント、誠陵館の寮母さんって何でもござれね。そんなにおいしかったの?」
「うん。おかげで食べ過ぎちゃった」
「そういう話を聞くと誠陵館も悪くないって思っちゃうから不思議よねぇ」
「住めば都って言うしね」
「しかもタイプの違う美少女揃いで目の保養にもなる」
「そうかな? 確かに舞子さんや静音さんは目を瞠るような美少女だけど」
「月宮先輩だって可愛いじゃない。ちっこくて、元気で、気さくで」
「でも夏輝さん、スキンシップが多いからなぁ。一緒にお風呂に入りたがるし、入れば入ったで胸やら色んなとこ触られるし」
「いいじゃん。噂じゃ月宮先輩に触られたらプロポーションがよくなるって言うし」
「それはそうだけど、それもホントかどうか怪しい噂じゃない? さんざん胸を揉まれたからちょっとは育ったかなって計ってみたけど、ぜんぜん変わんなかったし」
「千鶴には効果なしかぁ。まぁ頑張れ」
「何を頑張るんだよ、この裏切り者!」
「あはは。でも誠陵館の今の寮生がだいたい人気あるのは事実だよ」
「そうなの?」
「陣内さんや雪村さん、月宮先輩は言うに及ばず、鍵谷先輩はあの人柄で人気があるし、福井さんも隠れファンが多いって噂ね」
「翔子もなの!?」
「うん。凛としたところが人気みたい」
「翔子はただ単にちょっと気が強いだけだと思うんだけどなぁ」
「それは一緒に生活してるからわかることであって、学校での姿しか知らない人間から見たらそう見えるってことでしょ」
「ふぅん、そうなんだぁ。やっぱ告られたりしたのかな?」
「鍵谷先輩はそういう話は聞かないなぁ。福井さんは玉砕したって話はいくつか聞いたことがあるよ」
「へぇ、すごいなぁ。あたしなんか生まれてこのかた、一度も告られたことなんてないよ」
「千鶴は見た目も何もかもが平凡だからね。平凡オブザ平凡」
「平凡の何が悪い。人生何事もなく、平平凡凡が一番だよ」
「千鶴はその平凡なところがいい」
と唐突にあたしと羽衣ちゃんの会話に割って入ったのは静音さんだった。
「うわっ、びっくりしたぁ。雪村さん、どうしたの、いったい」
「わたし、今日日直。先生に宿題のペーパー持ってくるように言われた」
「あ、そうなんだ。ちょっと待ってて」
机の脇にかけてあるスクールバッグから昨日やった宿題のペーパーを取り出して静音さんに渡す。
でも静音さんはそれを受け取っても立ち去ろうとしない。
「どうかした?」
「わたしたちのこと話してるのが聞こえたから」
「あぁ。うちの寮生みんな、何かしら人気があるよねって話してたんだ」
「雪村さん、告られた数、両手じゃ足りないって噂ホント?」
「羽衣ちゃん」
「本当。1年のときに15回くらい告白された」
「15回!?」
「うへぇ、月1じゃ足りないじゃん」
「でもわたしと付き合ったら自慢できるって魂胆が見え見えだったから全部断った」
「それでも告られたことのないあたしには羨ましい話だ」
「そうでもない。よくも知らないどうでもいい相手に告白されても迷惑なだけ」
「それは雪村さんくらい美少女だから言えるんだと思うよ。わたしなら告られたら舞い上がってその場で断るなんてことできないと思うけどなぁ」
「あ、あたしもだと思う。まぁ、告られたことないからどうなるかはわかんないけど」
「千鶴は一生ないかもね」
「何おう!?」
「安藤さん、千鶴の悪口言っちゃダメ」
「え?」
「は?」
相変わらず抑揚のない口調だし、表情も変わりないけど、どこか真剣な雰囲気で言われて、あたしも羽衣ちゃんも言葉を失う。
「ヤ、ヤダなぁ。静音さん、羽衣ちゃんのは冗談でいつもどおりのじゃれ合いだよ?」
「そうなの?」
「そうそう。わたしと千鶴っていつもこんな感じだよ」
「ならいいんだけど」
いいと言う割にはどこか不満そうな静音さんにあたしは首を傾げる。
「静音さん、何かあったの?」
「千鶴が悪口言われたからと思っただけ」
「そんなちょっとした軽口だよ。それに悪口なんてもう羽衣ちゃんからいろいろ聞いてるよ」
「どんなの?」
「多いのは夏輝さん関係かなぁ。同じ寮生だからって仲良くしてもらってけしからん、とか」
「懐いてるのは夏輝ちゃんのほう」
「でも夏輝さん、人気あるから4月から寮生になったばっかのあたしに嫉妬するのは仕方がないと思うよ。あたしでももしかしたらそう思うかもしれないし」
「千鶴はそれでいいの?」
「いちいち気にしてたら身がもたないよ。夏輝さんはあんな性格だし、それに実害が出てるわけじゃないしね」
「でもわたしは千鶴の悪口を言われるのは気に入らない」
「そ、そう? ありがと」
「なんか雪村さんも千鶴が好きみたいだね」
「うん、好き。たぶんこの学校の中だと千鶴が一番好き」
「ほえ!?」
「うわぉ!」
あたしが驚いて、羽衣ちゃんも別の意味で驚いた声を上げた。
「ねぇねぇ、雪村さん、それってもし千鶴が告ってきたら付き合ってもいいってくらい好き?」
「ちょっ、羽衣ちゃん!」
「うん。千鶴にならわたしの全部をあげてもいい」
「静音さん!?」
爆弾発言に一瞬教室の中がしぃんと静まり返った後、ざわざわし始めた。
主に男子が『あのふたり、どういう関係?』とか、『雪村さんって同性愛者なの?』とか、『なんなのあいつ、ムカつく』とか、いろいろ言われてる。
夏輝さんに『大好き』と言われたときと同じような居心地の悪さを感じていると静音さんが不思議そうに見てきた。
「どうしたの、千鶴」
「し、静音さんがとんでもないこと言うからだよ!」
「事実だけど?」
「事実でもTPOを考えようよ!」
「好きな人に好きって言うのがそんなに変?」
「変じゃないけど……」
辺りを見渡すとクラス中があたしたちのほうに視線を向けている。
逃げ出したいくらいだけど、いかんせんここはあたしの教室であって、しかも自分の席と来た。
夏輝さんのときのように逃げると言う選択肢は取れない。
「でもさ、雪村さんって同性愛者じゃないでしょ?」
「違う」
「でも千鶴は好き、と」
「うん」
羽衣ちゃんが確認するように尋ねて、静音さんはあっさりと答えた。
「じゃぁ千鶴のどこが好きなの?」
「平凡なところ」
「なんか褒めてる感じがしないけど」
「褒めてる。千鶴は普通。こんなわたしでも色眼鏡で見てこない。わたしをわたしのままで見てくれるから好き」
「なるほどねぇ。確かに雪村さんくらいの美少女だったらやっかみとか羨望とか、いろいろあるもんね。でも千鶴はそうじゃない、と」
「うん。千鶴は千鶴のままでわたしに接してくれる。そこに変な感情が入ってないから千鶴には心を許せる。だからわたしは千鶴が好き」
「それはちょっとわかるなぁ。わたしもほら、こんな見た目だからさ。いろいろあったけど、千鶴はそんなの関係なく1年のころから仲良しだもん。雪村さんがそういうのもわたしは納得するな」
羽衣ちゃんが心なしかいつもより大きな声でそんなふうに言ってくれる。
確かに羽衣ちゃんも見た目は茶髪でカラコンなんかつけて、遊んでるふうに見えるけど、その実、長女でお姉ちゃん気質だから面倒見はいいし、一緒にいて疲れない。
もし静音さんが言う『好き』が羽衣ちゃんが抱いてるあたしへの気持ちと似通ったものなら、そう深い意味はないのかもしれない。
そんな会話がクラスに行き渡ったからか、痛いくらいだった視線も和らいで、あたしに対する声も少なくなっていった。
そんなことを話していたら予鈴が鳴ったので、羽衣ちゃんが宿題のことを静音さんに伝えて、静音さんはようやく思い出したとばかりに宿題のペーパーを持って教室に外に出ていったのでそこで会話はおしまいになった。
「…ふぅ……羽衣ちゃん、ありがと」
「何の話?」
「羽衣ちゃんがそういうなら何も言わない」
「うん、それでよし」
にかっと羽衣ちゃんは笑ってくれてあたしも笑顔になった。
でも羽衣ちゃんは自分の席に戻ろうとしたときにふとあたしの耳元で囁いた。
「雪村さんみたいな美少女に本気で告られたら千鶴どうする?」
「どうもしない……と思う……」
「歯切れが悪いな。まぁわたしでもあんな美少女に言い寄られたらグラッと来ない自信はないわ」
そう言い残して羽衣ちゃんは自分の席に戻っていった。
グラッと来る、か。
羽衣ちゃんでさえそうなのだからもし静音さんが本気で迫ってきたら、あたしはどうするんだろう?
そんな益体もないことを考えていたら本鈴が鳴って先生がやってきたので、あたしはかぶりを振って授業に集中しようと出していた教科書を開いた。
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