第11話
4月も終わりごろになったいい天気の朝。
珍しく寮生5人揃って玄関に立ったあたしたちは彩也子さんからお弁当を受け取って、みんなで彩也子さんに行ってきますを言ってから寮を出た。
「いい天気だな! それ! どーんっ!」
「うわっ!」
勢いよく夏輝さんがあたしの背中におぶさってきて、思わずたたらを踏んでから何とか踏みとどまる。
「もうっ、危ないですよ、夏輝さん」
「はっはっはっ! いいではないか! それ! 行け! 千鶴!」
「はいはい」
夏輝さんをおんぶしたまま学校への道のりを行く。
身長142センチの夏輝さんの身体はあたしでも苦にならないくらい軽くて、これが先日バレー部の練習に参加したときに見た夏輝さんかと思えるくらいだった。
「いいな、夏輝ちゃんは」
「舞子も千鶴におんぶしてもらうか!?」
「それは勘弁して。あたしより背の高い舞子さんをおんぶできる自信がない」
「ははぁん、それはうちを暗に重いって言いたいわけか?」
「そういうわけじゃないけど、夏輝さんは小さいし、軽いからできるんであって、他のみんなは無理だよ」
「ちぇっ、つまんないの。うちの身体が密着して千鶴の乳首が勃起するところを見たかったのに」
「天下の往来でなんてこと言うの!」
「あっはっはっ! 舞子はいつもこんな感じだぞ! 気にするな!」
「気にしますよ!」
「胸の話? 舞子ほどじゃないけど、わたしも胸は大きいほう」
「静音のは大きいって言うより形がいいって感じだな! まぁ、あたいにはないからその分触らせてもらって満足しているがな!」
「夏輝さん、声が大きいんですから自重してください」
「女同士で何を恥ずかしがっている!」
「学校には男子もいます!」
「わたしは気にしない」
「うちもだな」
「ほれ見ろ! 舞子も静音も気にしてないじゃないか!」
「あたしは気にします!」
「でも夏輝ちゃんに胸を揉んでもらうと何故か胸が大きくなるんだよな」
「え? マジで?」
「あぁ。うちも寮に入ってから4センチ育ったし。静音もだろ?」
「わたしは3センチ」
「どれ、千鶴のも大きくしてやろう!」
そう言って夏輝さんは首に回していた手をあたしの胸に持ってきて、わきわきと揉んできた。
「ちょっ、夏輝さん! やめてください!」
「舞子や静音みたいになりたくないのか!?」
「そりゃもうちょっと大きいほうがいいかなぁ、なんて思いますけど、でも通学路で揉むのはやめてください」
「じゃぁ寮に戻ったら存分に育ててやるぞ!」
「考えておきます」
本当に夏輝さんに胸を揉まれたら大きくなるのかと言われれば懐疑的ではあるものの、バスト82のCカップと言う微妙なラインの胸をもう少し大きくしたいと思うのは仕方がないと思う。
そんなやりとりをしながら登校すると、すぐに校門に到着する。片道5分って便利だなぁ。
校門をくぐって校庭を歩いていると夏輝さんは色んな生徒から挨拶をされていて、それにいちいち元気に答えている。
下駄箱まで来ると夏輝さんは身軽にあたしの背中から下りて3年生の下駄箱に友喜音さんと一緒に向かった。
残ったあたしと舞子さん、静音さん、翔子さんは2年生の下駄箱に向かい、一緒に教室まで向かう。クラスは舞子さんだけ2年2組で違うけれど、すぐ隣の教室なので行く先はほとんど一緒だ。
雑談をしながら廊下を歩いていると、いったい何に躓いたのか、静音さんが派手に素っ転んだ。
「痛い……」
鼻を打ったらしく、鼻を押さえながら立ち上がろうとするのを翔子さんが手助けする。
「相変わらずドジねぇ。何もないところで転ぶなんてある意味特技よ」
「いつもは千鶴が下敷きになってくれるのに今日はならなかった」
「下敷きになる身にもなってよ!」
「どうだか。静音さんの身体を触れて内心じゃ喜んでるんじゃないの?」
「とんだ言いがかりだ!」
「あはは! そのうち慣れて避けられるようになるさ。じゃぁうちはこっちだから」
「うん」
2組の教室に入っていく舞子さんを見送ってあたしたちは1組の教室に入る。
難関校だとは言っても授業前の光景はその辺の普通の高校と大差はない。たいていは仲のいいグループで固まってお喋りに花を咲かせている。
静音さんは転んで鼻を打った関係で少し顰めっ面をして席につき、翔子さんは何故か不機嫌そうに自分の席に行った。
静音さんがああなのはいつものことなのであんまり気にしていないけれど、翔子さんは未だにことあるごとに怒られたり、不機嫌になったりして、まったく心当たりのないあたしは距離感を掴み切れずにいた。
溜息をひとつついて自分の席につくと羽衣ちゃんがやってきた。
「おはよ、千鶴」
「おはよう、羽衣ちゃん」
「朝から溜息なんかついて、幸せが逃げるぞ」
「溜息のひとつもつきたくなるよ」
「なんだ、月宮先輩をおぶって登校してたこととなんか関係あるの?」
「なんで羽衣ちゃんがそのこと知ってるの?」
「噂になってたからね。月宮先輩はこの学校のマスコットって言っていいくらい同級生にも下級生にも人気のある先輩だ。その月宮先輩と仲良さそうに登校してたらあっという間に噂なんて広がっていくもんさ」
「ほぇぇ、そうなんだぁ」
「千鶴はホント何も知らないよな」
「あ、でも夏輝さんをおぶって登校してたのと溜息とは関係ないからね」
「じゃぁなんで溜息ついてたの?」
尋ねられたので羽衣ちゃんのふたつ後ろの席に座る翔子さんを小さく指差した。
羽衣ちゃんはそれを目で追って翔子さんを見てから不思議そうに小首を傾げた。
「福井さんとなんかあったの?」
「何にもないよぉ。何にもないのに邪険にされたり、不機嫌になったりされてこっちがなんでそうなるのか聞きたいくらいだよ」
「ふぅん。でも福井さん、普通の女子高生って感じで普通に話しやすいし、人当たりもいいよ? わたしもときどき話すけど、至って普通に受け答えするし」
「じゃぁあたしだけ? 余計わかんないよぉ」
「何かやらかしたとか?」
「一度だけ着替えをばっちり見て怒られた」
「いつごろの話?」
「始業式が始まる前」
「じゃぁ1ヶ月近く経つのか。その程度のことを1ヶ月も根に持つような女の子には見えないけどなぁ」
「あたしだってそうは思わないけど、でも実際のところ、あたしに対してだけ対応が冷たいって言うか、なんというか……」
「新しい寮生が入ってきて気に入らないとか」
「それじゃ打つ手がないよ」
「でもそういうのを気にするタイプとは思えないしなぁ。千鶴は性格も容姿も平凡で、取り立てて取り柄があるわけでもないけど、人当たりはいいほうだからだいたいの人間とは普通に話せるのになんでだろ」
「それがわかったら苦労しないよ」
「そりゃそうか。まぁでも何かしらの原因があるんだろうし、そうでなきゃ1ヶ月も前のアクシデントを引きずるようなタイプじゃないと思うよ」
「何かしらの原因、ねぇ……」
翔子さんを不機嫌にさせる原因。
舞子さんや静音さんの態度、と言う線もないわけじゃないだろうけど、それは今に始まったことじゃない。
その他に何かと言われても心当たりがない。
「う~ん、ぜんぜんわかんないよぉ」
「まぁ福井さんだって鬼じゃないんだからそのうち打ち解けてくるようになるよ」
「そうだといいんだけど」
「そんなに福井さんが気になる?」
にやにやと言われてあたしは怪訝そうに羽衣ちゃんを見上げる。
「どういうこと?」
「入寮してから1ヶ月、早くも千鶴が百合に目覚めたのかと思ってね」
「目覚めないよ!」
「その様子なら大丈夫そうだな」
そう言って羽衣ちゃんはけらけらと笑った。
もうっ、羽衣ちゃんったら人の気も知らないで!
頬を膨らませると羽衣ちゃんは叱られてなるものかと自分の席に戻っていってしまった。
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