第9話
寝惚け眼を擦りながら目覚まし時計を止めてあたしは上体を起こした。
これから朝ご飯を食べて、歯を磨いたりして準備をしたら学校へ行く。欠伸を噛み殺しながら階下へ下りて食堂に向かうとあたしが一番らしく、他の寮生はまだ誰も来ていなかった。
「おはよう、千鶴ちゃん」
「おはようございます、彩也子さん」
「もう少しかかるから待っててくれる?」
「はい。――あ、じゃぁみんなを起こしてきますよ」
「悪いわね。じゃぁお願いするわ」
そう言われたので席に腰を下ろそうとしたのをやめて、まずは103号室に翔子さんのところに行く。扉をノックすると返事が聞こえたのでもう起きているようだ。もうそろそろ朝ご飯ができることを伝えてから104号室の舞子さんのところに行く。
ここではドアをノックしても返事がない。ドアを開けて中に入ると薄い毛布1枚をかけただけの裸で寝ている舞子さんの姿があった。まだ4月で夜はそれなりに冷えると言うのによくこれだけの布団と裸で寝られるなと思いつつ舞子さんを起こす。
舞子さんは寝覚めはいいのか、すぐに目を覚ましたのでもうそろそろ朝ご飯の時間であることを告げて今度は2階に向かう。
201号室の友喜音さんはもう起きていてすぐ行くと言ってくれたし、202号室の夏輝さんもすぐ下りると返事があったのでここもすぐにスルー。最後に203号室の静音さんのところに行くとまだ寝ているらしく返事がない。
『入りますよー』と一応断りを入れてから静音さんの部屋に入ると静音さんはまだ夢の中だった。
「静音さん、起きて。もうそろそろ朝ご飯の時間だよ」
「んん……」
揺すっても起きない。
なおも揺すって起こそうと努力するものの、静音さんはなかなか目を覚まさない。
数分格闘してからようやく重い瞼を上げた静音さんはあたしの顔を認めるとふんわりと微笑んだ。
「あれぇ、夢の中に千鶴がいるぅ……」
「夢じゃありませんよ。起きて。朝ご飯冷めちゃうよ」
「朝ご飯より千鶴を食べたいなぁ……」
「はぁ!?」
まだ寝惚けているのか、とんでもないことを口走ってから静音さんはあたしの手を引っ張った。
いきなりのことで抵抗する間もなかったあたしは引っ張られるまま、舞子さんには劣るものの、その豊かな胸の中に抱かれてしまった。
「ちょっ、静音さん!」
「もう離さないんだからぁ」
まだ寝惚けているのか、そんなことをぼやきながらあたしの頭を抱いて胸を押し当ててくる。ふにょんと柔らかい感触が顔いっぱいに広がってあたしは焦る。さらに静音さんは倒れるようにして静音さんの隣に横になったあたしの足に、自分の足を絡ませてきて身体を密着させてくる。
同じボディソープを使っているはずなのに、何故か他の寮生とは違ういい匂いがしてきて頭がくらくらしてきそうになる。
いったいどんな夢を見てるんだと思ったけれどミッションを忘れてはいけない。
あたしの頭を抱き締める腕を何とか剥がして、絡められた足からも逃れて脱出すると今度は用心深く静音さんの身体を揺する。
「ん…、あれ? 千鶴……?」
「ようやく起きた……。もうそろそろ朝ご飯ができるそうよ。もう他のみんなは起きてるから早く下りてきてね」
「わかったぁ」
まだ眠いのか間延びした口調で返事をして、のっそりと上体を起こした。
朝っぱらからなんてことに巻き込まれるんだと思いつつ、全員に声をかけたので食堂に戻るともう起きていた翔子さん、友喜音さん、夏輝さんがそれぞれ思い思いのパジャマ姿のまま、席に座っていた。
それから少し遅れて下着をつけた舞子さんがやってきて席に着く。舞子さんから遅れること5分余りくらいしてから静音さんがネグリジェ姿のまま現れて席に着いた。
全員が揃った頃合いに朝ご飯ができたので、彩也子さんが手近にいた翔子さんと夏輝さんに手伝ってもらいながら朝ご飯を並べて全員で朝ご飯を食べる。
朝ご飯を食べ終わったら洗面所へ行って顔を洗って、歯も磨いてからいったん自分の部屋に戻って制服に着替える。それからはドライヤーのある部屋で髪を整えたら準備はOKだ。
でもそのまま玄関へ、と言うわけではない。
なんと彩也子さんは毎日寮生全員分のお弁当まで作ってくれる至れり尽くせりの寮母さんなのでいったん食堂に寄ってからお弁当を取って玄関に向かう。
玄関にはもう準備ができていた翔子さんや夏輝さん、友喜音さんが出るところだった。
一緒に行こうと声をかけようとしたところに静音さんから声がかかった。
「千鶴、一緒に行こう?」
「いいですよ。って何ですか、その髪は!」
長い黒髪をきちんとブローしてブラッシングしていないようで、ぼさぼさとは言わないまでも寝癖がところどころについて跳ねていた。
「そんなんじゃせっかくの美貌が台無しだよ」
「じゃぁ千鶴がやって」
「しょうがないなぁ」
一緒に行かないの? と尋ねてきた翔子さんに静音さんの髪を整えてから静音さんと一緒に行くと答えてから、静音さんを伴ってドライヤーのある部屋に向かう。
そこでブローしながら寝癖を直して、艶やかな天使の輪っかができるくらいの綺麗な髪を丁寧に梳かしていく。
これだけ長いと手入れが大変そうだけど、肩口でバッサリと切り揃えただけの平凡な容姿のあたしからすれば羨ましいくらいの艶やかな髪質だった。
10分ほどブローをして寝癖を直したらおしまいだ。
「はい、できたわ。じゃぁ学校に行きましょ」
「うん、ありがとう」
寝惚けていたときとは違う、いつもの抑揚のない口調で答えて静音さんと一緒に玄関に向かう。学校指定のローファーを履いて、静音さんが靴を履くのを待つ。
何事もマイペースらしい静音さんはゆっくりと靴を履いて鞄、お弁当を持って一緒に玄関を出ようとしたときに、玄関の沓摺りのところに足を引っかけた。
『あっ!』と思ったときにはあたしは手を伸ばしていた。
危ないところで何とか静音さんが転ぶのを阻止できてホッとしたのも束の間、手からふにょふにょと柔らかい感触が伝わってきた。
なんだこれは? と思って手をわきわきしてみると静音さんが色っぽい声を上げた。
「あんっ」
「はっ!」
慌ててたから思わず静音さんの胸に手を当てて転ぶのを阻止したようだった。
「ご、ごめん!」
体勢を立て直してから手を離すと静音さんは振り向いて無表情にあたしの顔をじっと見てきた。
「な、何?」
「そんなにわたしの胸が触りたかった?」
「いやいやいやいや! 偶然だし!」
「千鶴ならわたしの胸、いくらでも揉んでいいよ」
「揉まないし!」
「でも今揉んだ」
「あれは何だろうと思って確かめようとしただけで他意はないよ!」
「そうなの?」
「もちろん!」
「ふぅん。ならいいけど」
そう言って静音さんはそれ以降この話題に興味をなくしたのか、今度はきちんと沓摺りを跨いで玄関を出ていった。
一緒に行くと言った手前、遅れるわけにはいかないのであたしも鞄とお弁当を持ってすぐに静音さんの後に続く。
朝起こしに行ったときは抱きつかれて、寮を出るときには胸を揉んでしまうで今日は朝から静音さん絡みでとんでもないことばかり起きると嘆息していると、静音さんが顔だけあたしのほうに振り返って言った。
「今日、夢の中に千鶴が出てきた。抱き締めるとあったかくて気持ちよかった」
「そ、そう」
それは夢じゃなくて寝惚けていた静音さんの行動だと言いたかったけれど、それを言うと藪蛇になりそうだったので飲み込んでおく。
「千鶴」
「な、何?」
「わたしは舞子ほどじゃないけどプロポーションにはそれなりに自信がある。千鶴が触りたいって言うならわたしはいつでもいいよ」
「そういう好意はいらないから!」
「そう?」
「普通揉まないから!」
「そういうものなの?」
「そういうもの!」
「ふぅん」
このやりとりで納得したのかはわかんないけれど、静音さんはそれ以降この話をしなかった。
今日は朝から疲れることが起きて早くもげんなりしながら学校までの道のりをゆっくりと歩いていった。
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