第7話

 夏輝さんの言ったとおり、あたしの歓迎会の料理はとても豪勢だった。

 色々と並んだ料理もさることながら、一番の驚きはローストビーフだった。彩也子さん曰く、フライパンでも作れるとのことだったけれど、スーパーのパックで売られているもの以外でローストビーフなんか食べたことがなかったし、ましては手作りなんてもちろん食べたことがなかったからとてもテンションが上がった。

 ゲームもツイスターゲームで舞子さんや静音さんとやって、舞子さんにはくすぐられて負けたり、静音さんはあっさり負けて相も変わらず人の顔に胸を押し当てるなんてことをしたりもした。

 後はどこから持ってきたのか人生ゲームをやって、罰ゲームで夏輝さんが裸にひん剥かれたり、舞子さんと静音さんが唇にちゅーをしたりと目に毒な場面は多々あったものの、概ね楽しい時間を過ごすことができた。

 ただ、歓迎会の席でも未だに不機嫌そうだった翔子さんが気にはなったけれど、これは時間をかけてじっくり取り組むしか方法はないように思えた。

 そうして始業式の日。

 寮から学校までは歩いて5分のところにあるから、朝ご飯を食べて、歯を磨いて、髪を整えて、制服に着替えて、ゆっくりしてから他の寮生みんなと一緒に学校へ向かった。

 学校に到着してまずやることはクラス表を確認することだった。

 少数精鋭を謳う私立清水学園は2クラスしかないから自分の名前はすぐに見つかった。

 2年1組。

 後は誰が同じクラスになるのかを確認して、目当ての名前を見つけて嬉しくなった。

「おはよう、千鶴」

 背後から聞き慣れた声がかかって振り向くと、そこには茶髪のソバージュに青いカラコンを入れたいかにもギャル風の女の子が立っていた。

「あ、おはよう、羽衣ちゃん。クラス表見たよ。今年も同じクラス」

「お、マジで? まぁ、うちは2クラスしかないから相当運が悪くない限り、離れることはないとは思ってたけどね」

「まぁそれはそうだけど、また同じクラスになれてよかったよ」

「そうだな」

 そう言って笑った羽衣ちゃんにあたしも笑い返す。

 この子は安藤羽衣ちゃん。1年生のときに同じクラスになって仲良くなったクラスメイトで、見た目はギャル風ながら4姉妹の長女と言うこともあって姉御肌の面倒見のいい女の子だった。

 ひとりっ子のあたしとは結構馬が合って何かと一緒に行動する親友だ。

 他にもクラス表を見ると、2年1組には寮生の静音さん、翔子さんの名前もあって、ふたりとも同じクラスになったのかと思った。

 クラス表も見たし、始業式も始まるから講堂に移動しようと羽衣ちゃんが言ったので連れ立って講堂に向かう。

 講堂にはもうほとんどの生徒が集まっているらしく、新しくクラス分けされた列にもうほとんどの人数が並んで立っている。あたしたちも2年1組の列の最後尾に陣取って、春休みにあったことなんかを話しながら始業式が始まるのを待った。

 そうして始業式が始まり、学園長の眠くなるような話があったりしたものの、30分余りで始業式が終わって教室に向かうことになった。

 今日は始業式とホームルームだけの日で、早くに学校は終わる。もちろん、春休みの宿題の提出日でもあるので宿題を提出してから、とりあえず自由に座った席で担任の先生の話を聞く。

 さすがに難関の進学校だけあって、春休みにもきちんと勉強していたかを見るために、早速明日から実力テストがある。実力テストは憂鬱だけど、今は友喜音さんと言う心強い味方がいるから一緒に勉強させてもらうのもいい。

 そんなことを思いながらホームルームで席順を決めるくじ引きをして、残念ながら羽衣ちゃんとは離れ離れになってしまったけれど、1学期はこの席順で行くことになる。

 ホームルームが終わって羽衣ちゃんのところに行ってこれからどうするか尋ねる。

「とりあえずあそこっしょ」

「そだね」

 あそこ、とは学校から寮とは反対側に5分ほど歩いたところに1軒だけあるコンビニだった。こんな辺鄙なところにコンビニが? と言う気持ちもあったけれど、これがどうして学生目当てでできたらしく、部活のあるなしに関わらず、学校帰りにはここに寄って帰る生徒がたくさんいるらしい。朝やお昼なんかもお弁当とかを買い求めに来る生徒が結構いるからかなり繁盛しているらしい。ただ、10時には閉まってしまうのでコンビニ? って気はしないでもないけど。

 『明日から実力テストかぁ』なんて話をしながらコンビニに行ってジュースを買ってから、店先で羽衣ちゃんと他愛ない話に花を咲かせる。

「そういえば、千鶴ってさ、寮に入ったんだって?」

「うん、そうだよ。誠陵館って寮で、すんごい古くてさ、部屋に鍵すらないんだよ。ただ寮母さんは優しくて料理は上手だから食生活には困らなさそう」

「そうかぁ。千鶴はあそこに入ったのか」

「そうだけど、なんかあるの?」

「あるっちゃぁあるし、ないっちゃぁないけど、千鶴、道だけは踏み外すなよ」

「どういうこと?」

「何も知らないで入ったのか」

「うん」

「相変わらず噂とかに疎いよな。じゃぁいい機会だから教えといてやるけど、誠陵館は通称百合寮って呼ばれてるんだ」

「百合寮?」

「あぁ。百合ってわかるか?」

「花の名前でしょ? それがなんか関係あるの?」

「百合ってのはな、ガールズラブ、つまり女の子同士の恋愛物を描いた作品の通称なんだ。誠陵館に入った寮生は多かれ少なかれ、百合、つまりレズビアンになって出てくると言われてる。千鶴に限ってそうはならないだろうけど、そういう噂のある寮だってことだな」

「そんな噂が……」

 知らなかった。

 親の出した条件である賄い付き、そして学校から近いと言う理由で選んだ寮だったけれど、そんな話があるなんて。

 待てよ。

 でも思い当る節がないわけじゃない。

 舞子さんはよく裸でうろつくし、人の布団に全裸または半裸で潜り込んでくる。

 静音さんは何を考えてるかよくわからないところがあるけれど、頬についたご飯粒をキスして取ってくれたり、よく転んだりしては胸や股を押し付けてくる。

 夏輝さんに至っては羞恥心と言うものがないようだし、スキンシップは日常茶飯事。

 どうやら常識人の友喜音さんや翔子さんは違うようだけど、少なくとも舞子さん、静音さん、夏輝さんの3人は相手が女の子でもあけっぴろげであたしはちょくちょく色んなことに巻き込まれている。

 親しき仲にも礼儀ありと言う言葉もある。

 いくら同じ寮生だからと言ってもしていいことと悪いことだってあるはずだ。

 それにも関わらずあの3人はそれにまったく頓着しない。

 まさかとは思うけれど、その疑念を払拭するには始業式までの1週間ちょっとで色んなことが起きすぎた。

「まぁでもあくまで噂だからな。本当にそうなるのかは誰も知らない。これでも千鶴と一番仲のいいのはわたしだって自負もある。迫られるのは勘弁してほしいけど、千鶴が百合に目覚めても友達は辞めないよ」

「目覚めないよ!」

「その調子なら大丈夫そうだな」

 そう言って羽衣ちゃんはからからと笑った。

 誰が百合になんて目覚めるもんですか。

 でも、タイプの違う美人の舞子さんや静音さんに迫られて押し切られたらと思うと断る自信があるかと言われればそうとも言い切れない。

 まぁでもあくまで羽衣ちゃんの言うことは噂に過ぎない。

 スキンシップ過多なところはあるけれど、だからと言ってみんながみんな百合だと言う証拠もない。

 同じ寮に暮らす寮生なのだ。

 変に意識してぎくしゃくするより、普段どおりにしておいたほうがいいだろう。

 そう思ってあたしは何が起きても動じない心を手に入れるべきだと思いを新たにした。

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