誠陵館ハッピーエンド?
ウンジン・ダス
第1話
親の転勤で引越しか、ひとり暮らしかの選択を迫られたとき、あたしは迷わずひとり暮らしを選んだ。
そりゃそうでしょう。
だって悠々自適なひとり暮らしなんて大学で県外に通うことになるとか、そういうイベントでもないと叶いっこない。それに、せっかく頑張って入った難関校だっただけに、転校するためにまた受験をしないといけないのもイヤだった。
でもうきうきした気分に水を差されたのはマンションやアパートではなく、寮に入ることがひとり暮らしの条件にされてしまったことだった。
学生寮なら寮母さんもいるし、賄い付きで食事の心配もいらないと言うのがその理由だったけれど、それがイヤなら引越しについてこいと言われたからあたしは渋々その条件を飲んだ。
そうして高校2年生の春、どんな学生寮だろうと期待に胸を膨らませて当座の荷物を入れたキャリーバッグを引いて、学校でもらった地図を頼りに女子学生寮――誠陵館に向かったあたしはその外観を見て固まった。
古い。
一言で言えばそれ。
いったいどんな安アパートかと言わんばかりの木造2階建ての誠陵館は、どう見繕っても築30年は経過していそうなくらいオンボロで、広い中庭には洗濯物や布団が干してあって部屋にはベランダすらなかった。
こんなオンボロにこれから暮らすことになるのかと落ち込んで佇んでいたところに、玄関が開いてひとりの妙齢の女性が姿を現した。エコバッグを持ってエプロンをしたその女性はあたしに気付いてにっこりと笑うと、いったいどうやって生活していればここまで大きくなるのかと言う巨乳を揺らしながらあたしのほうまでやってきた。
「どちらさま?」
「え? あの、ここ、誠陵館って学生寮ですよね?」
「えぇそうよ。――あぁ、そういえば新しく入寮してくる子がいるって話だったわね。もしかして志摩千鶴ちゃん?」
おっとりと優しい声音で尋ねられて何とか頷いたあたしに、妙齢の女性は満面の笑みを浮かべていきなりあたしを抱き締めた。
「誠陵館へようこそ。待っていたわ」
「ちょっ、く、くるひぃ……!」
その大きな胸に掻き抱かれて苦しくなる。つーか、乳圧が凄い。顔が埋もれるくらい大きいって何カップあるんだ!?
「あら、ごめんなさい。私は秩父彩也子。ここの寮母をしているの」
「はぁ」
ようやく解放されて自己紹介した彩也子さんは空いているほうのあたしの手を握って引っ張った。
「まだ帰省したまま帰ってきていない子もいるんだけど、せっかくだから今いる子に紹介しましょうね。いらっしゃい」
「あ、ちょっと!」
マイペースなのか、こっちの制止も聞かずにこんな細腕のどこにこんな力が隠れているのかと言うくらいの力で引っ張られて玄関まで連れていかれる。
「舞子ちゃーん、静音ちゃーん」
がたがたと軋む音をさせて引き戸を開けた彩也子さんは、玄関から大きな声でふたりの女の子の名前を呼んだ。
すると少ししてひとりの同い年くらいの女性が1階の廊下の奥から現れた。
ショーツ1枚の姿で。
「なな、なんて格好で……!」
「あらぁ、舞子ちゃん、今日は履いてるのね」
「履いてる!?」
「何、彩也子さん。……ん? 誰こいつ?」
あまりの出来事に思わずガン見してしまっていたけど、舞子ちゃんと呼ばれた同い年くらいの女の子はグラビアアイドルでも勤まりそうなプロポーションに芸能人もかくやと言うくらいの美少女だった。
こんな美少女がほぼ全裸でぽりぽり頭を掻きながらものぐさそうに『誰?』と尋ねてくるのはある意味すごいギャップだった。
「ほら、春休みの最初のころに話したでしょう? 新しく入寮することになった志摩千鶴ちゃんよ」
「あぁ、そういえば」
ほぼ全裸の舞子さんはあたしのほうに近寄ってくると、鼻先がくっつくくらいまで顔を近づけてきた。
こんな美少女がキスできるくらい近寄ってきたのは初めての経験でわけもなくドキドキしてしまう。
「ふぅん……。うちは陣内舞子。これからよろしくな」
「志摩千鶴です。よろしくお願いします」
少し離れて舞子さんがにかっと笑顔で握手を求めてきたので、ツッコミどころはあるけれどとりあえず手を握り返す。
「あぁ、静音ちゃんも下りてきたわね」
彩也子さんがそう言ったので舞子さんから視線を離して、玄関からすぐ左にある階段のほうを見ると舞子さんとはまたタイプの違った美少女が下りてきた。よかった、この人はちゃんと服を着てる。
と思いきや静音ちゃんと呼ばれた美少女は階段を踏み外してつるんと階段を滑るように落ちてきた。
あっと思った瞬間には舞子さんは素早く、しかも振り返らずに静音さんを避けたせいで滑って落ちてきた静音さんとあたしはまともにぶつかってしまった。
「いったぁ……」
玄関の床に頭を打ちつけて痛みを感じたまではまだよかった。
目を開けると真っ暗で何か温かいものが顔に押し当てられている。
「な、何がどうなったの!?」
「ひゃんっ」
色っぽくも高い声が聞こえてなんだと思ってよくよく見てみたら微かに縞々模様が見える。
「あらぁ、静音ちゃん、早くどかないと千鶴ちゃんが窒息しちゃうわよ」
マイペースな彩也子さんの声が聞こえてそこでようやくあたしは理解した。
静音ちゃんの股間があたしの顔にのしかかっているのだと。
縞々模様は静音ちゃんが履いているショーツなのだと言うことを。
「ごめん」
そう呟かれた言葉とともに光がさして見上げてみるとピンクと白の縞々模様のショーツがスカートの中からもろに見えた。
「んなっ!」
「立てる?」
静音さんは静かな口調であたしの上からどくと手を差し伸べてくれる。その助けを借りて痛む後頭部を我慢しながら立ち上がると舞子さんと同じように静音さんもあたしの顔に顔を近付けてきた。
「な、何……」
「鼻、赤くなってる」
そう言って静音さんはぺろりとあたしの鼻の頭を舐めた。
「これくらいなら舐めとけば治る」
「舐めておけば治るのは擦り傷くらいよぉ」
彩也子さん、そういう問題じゃありません。
「そうなの? じゃぁ擦り傷ができたらわたしが舐めてあげる」
「いやいやいやいや、なんでそういう話になるかな!?」
「舐められるんじゃなくて舐めたいほう?」
「違うし!」
「わたしはどっちでもウェルカム」
「舐めないし、舐められたくないから!」
「あらぁ、もう仲良しねぇ。いいことだわぁ」
話が噛み合っていないのを仲良しとは彩也子さんの目は節穴ですか。
それでも彩也子さんはとことんマイペースでにこにこと笑顔で舞子さんと静音さんの間に挟まると両手でふたりの肩を抱いた。
「陣内舞子ちゃんに雪村静音ちゃんよ。今この寮にいるのはこのふたりだけなの。あと3人この寮にはいるけどまだ帰省して帰ってきてないから帰ってきたら紹介するわね」
「はい、わかりました……」
ドキドキとハプニングの連続でどっと疲れたあたしは早く部屋に案内してもらってそこでゆっくりしたかった。
「じゃぁ千鶴ちゃんの部屋は2階の204号室ね。荷物はまだ届いてないけどお布団はあるから今日はゆっくり休んでちょうだいね。千鶴ちゃんの歓迎会はみんなが揃ってからにするから」
「はい。じゃぁ」
あたしは彩也子さんに手を差し出した。
すると彩也子さんは不思議そうな顔をしてあたしの手を見て、あたしの顔を見た。
「この手は何かしら?」
「何って鍵ですよ、部屋の」
「そんなもん、この寮にあるわけねぇだろ」
「は?」
「だからこの寮の部屋に鍵はないんだよ」
「は?」
カギハナインダヨ。
理解が追い付かなかった。
「ウソ……」
「ウソじゃねぇよ。だから見られて困るもんの隠し場所はよくよく考えることだな」
そう言って舞子さんはけらけらと笑った。
さすがにこれにはあたしもくらっと来た。
鍵がないとかプライバシーはどこに行った!?
けれど学校から近くて、賄い付きの寮なんてのはここしかない。
この先ここでやっていけるんだろうか……。
そんな不安を抱えながらキャリーバッグを持ってあたしは指定されたあたしの部屋に向かった。
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