虹岳島温泉

 一乗谷から虹岳島温泉までのツーリングは平和やったことにしとく。清次さんが先行してくれたんやけど、やっぱバランスようないわ。だいたいやで、清次さんも二五〇CCのアメリカンやねん。


 立派な中型バイクやねんけど、清次さんん後ろに続くマイのバイクは十倍の二五〇〇CCや。さらにその後ろに続くのがコトリたちのサイズは原付やねんよ。公称でマイの二十分の一やもんな。


「清次さんが露払いで」

「マイが横綱で」

「わたしたちはフンドシ担ぎね」


 フンドシ担ぎもないわ。花道で関取追っかけてる子どもみたいや。


「そうよね大人と子どもぐらい差があるよね」

「なんか山車の後ろにおる稚児行列にも感じるで」


 敦賀で気比神宮だけ参拝して美浜から虹岳島温泉や。国道二十七号で行くんやけど、どこかで右に曲がらなあかん。マップではそうなってるんやけど、問題は実際ではどうかや。清次さんもバイクを停めて、


「この辺でんねんけど、どうも道がコシャコシャしてます。ナビでは次の四つ角ぐらいを指してまっけど、後は行ってみんとわかりませんさかい注意しといてください」


 虹岳島温泉は水明湖の畔にあるんやけど、だいぶグルっと入り込む感じやねん。ここまで迷うてもしれてるけど・・・おっ、虹岳島温泉の看板が出てるやん。


「五十メートル先を右折みたいや」

「清次さんどうするのかしら」


 看板に従った方が賢明やろ。あの信号やな。やっぱり曲がるよな。四つ角があるけど、なんも書いてあらへんから直進して踏切渡るしかないやろ。次の信号のとこにまた温泉の看板があるけど、


「ちょっと待て、六百メートル手前を右折ってなんや。ユッキー、なんかあったか」

「気づかなかったけど、六百メートル手前って元に戻っちゃうじゃない」


 清次さんも信号を過ぎてからバイクを停めて、


「すんまへん」

「清次さんのせいじゃないよ」


 そこからナビを見て鳩首協議、


「結局、この道に出ればエエんやから、あの信号曲がっても行けるはずや」


 グルっとターンして信号に向かうと、


「なんやねんあの看板。こっちから見たら、この信号を曲がって六百メートル先を右折ってなってるやんか」


 わかりにくい書き方しやがって。しばらく走ると、


「あそこに看板がある」

「あれや、あれや」


 信号を右折して、しばらく田んぼの中を走り、道が大きく右に曲がったら、


「コトリ、海だよ」

「合うてるみたいや」


 そこからはシーサイド・ロードや、


「あれは水明湖だから湖畔の道じゃない」


 なんか道が湖畔から離れてんけど、清次さんが停まり。


「すんまへん、さっきの角です」


 引き返したら看板はあったけど、ウッカリしとったら見逃すでこれ、


「そうよね、今までの看板とサイズもデザインも違うものね」


 肝心なとこがなんでこんなに小さいんよ。ここまで畳一枚ぐらいの看板で白地のもんやったのに、小屋根の付いた横長の色がくすんだ木の看板、それも高さが1メートルぐらいやんか。コジャレてるかもしれんけど見落とすわ。


 ボヤいてもしゃ~ないけど、湖畔に出てきてこの奥やな。あった、あった、へぇ、茅葺の門のお出迎えか。こりゃ、立派やで。門を潜ったら玄関もなかなかや。ここも一軒宿の秘湯になるやろけど、鄙びてはあらへんな。立派な温泉旅館や。受付を済ませて、


「コトリはん、ユッキーはん、晩御飯でお会いしまひょ」


 規模も大きいねん。そりゃ、二十五室もあるからな。そやからマイも飛び込みで泊まれたんやけど、へぇ、玄関のとこが本館みたいやけど、そこから、


「横に長いのね。お寺の廊下みたいじゃない」


 廊下沿いに部屋が並ぶスタイルやけど、部屋ごとに暖簾がかかって引き戸とは風情あるやんか。おう、ここみたいや。部屋も、


「客室は合掌造りの古民家を四棟移築したってなってるけど、イイ感じじゃない」


 窓から水明湖が遮るものなく一望とは豪勢や。


「なんか湖の上に浮かんでいるようね」


 それから温泉や。マイが先に入っとったわ。


「マイ、この温泉やったら平気か」


 小屋原温泉の湯船も浴室も嫌がってたからな。


「もちろんや。綺麗やし、露天風呂もあるし、これぞ温泉やで」


 マイには秘湯趣味は無理かもな。


「案外馴染むかもよ」


 風呂は大浴場と露天風呂が続きになってるスタイルやけど。やっぱりこの時間がツーリングで最高や。露天風呂も庭越しに湖が見えてエエ感じや。しっかり汗を流してメシや。部屋によっては部屋食も出来るそうやけど、お食事処やな。


「コトリはん、ユッキーはん、こっちこっち」


 マイと清次さんはもう来とったんか。ここも水明湖が一望とは贅沢や。


「あわびの踊り焼きも頼んどいた」


 気が利くな。


「酒は加茂栄もエエけど、まずは辛口の早瀬浦にしといた」


 ちゃんと一升瓶で頼んでくれてるとは嬉しいな。


「カンパ~イ」


 懐石やけど、お品書きを見ると牛肉の陶板焼きがあるのはおもろいな。海が目の前やから海鮮オンリーやと思とったけど、


「若狭牛も美味いんやで」


 さすがに詳しいな。当たり前か。


「次は加茂栄」

「陶板焼きお代わり」

「アワビもお代わり」


 昨日も一昨日もこれが出来へんかったっから、今夜は盛大に行くで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る