陰キャ王子と悪魔の子
釧路太郎
前編
世の中には王子だというだけで苦労なんてしていないと思っている者も多いみたいなのだが、僕は庶民が思っている以上に苦労している。
父である王は自分が病弱だったためなのか、僕に対して必要以上に武術を学ばせようとしているのだが、そんな病弱の父を持つ僕がそんな試練に耐えられるはずもなく、僕は陰で弱いくせに調子に乗っているなんて言われていたりするのだ。
でも、それは事実であるし、言っている人は皆僕よりもずっと戦力になるような人たちばかりなのだ。僕は戦闘になったとしても戦力ならないと思うし、僕を守るために無駄な人員を割くことになって閉まるという事は自分自身が一番わかっている。それでも、僕の父は僕を戦場に出して活躍させようとしているのだ。
しかし、そんな父の目論見もうまく行くわけもなく、僕はいたって真面目にやっているのだけれど、どうしても訓練に体がついていかないのだ。そもそもが、僕は丈夫でもないし筋力が多いわけでもない。母親だって武術に覚えがあるわけでもないし、ご先祖様を遡ってみても戦闘を得意としていたような人は一人もいないのだ。
そんな僕が少しでも強くなろうと努力はしているのだけれど、いくら努力をしたところで越えられない壁は存在するのだ。人には向き不向きというものがあるという事を父は理解していないのだ。なぜなら、父はそんな訓練など一度もしたことが無いのでその辛さを存じ上げないのだ。
僕が小さい時から続いていた訓練生活はあと二年で終わりを迎える予定なのだが、正直に言ってしまえばその訓練の時間を勉学に勤しんでいれば、他国との戦争を回避するような方法を見付けることが出来たのではないかと思わないことも無い。だが、それも今や叶わぬ夢なのだ。僕が尊敬する先生たちは皆死んだ。病気だったり事故だったりと言った人も中に入るのだが、亡くなった理由の大半は戦争に巻き込まれたという事だった。
人間同士で殺し合っていた時代はまだ良かったと思うのだが、今は怪しげな術を使う魔物が跋扈する世界になっているし、その魔物をどうやって対処すればいいのかもまだ決めあぐねているのだ。
出来ることならその魔物をどうにかしたいものなのだが、僕には腕力も知力も無いのでどうすることも出来ない。出来ることと言えば、僕の持ってる権力を使って非戦闘員を非難させることくらいしかないのだ。それにも限界はあるのだが、むざむざと殺されるよりはいいだろう。
魔物が襲ってくるときは月が満ちた時だけなのだが、最近では月に何度も満月になっているような気がするのだ。というよりも月齢自体が短縮されているようにしか思えないのだ。なぜか誰もそれに気付いていないようなのだが、僕は空に浮かんでいる満月をつい先週も見たような気がしていた。
普段はうるさい虫や野鳥もなぜか満月の晩はその存在を隠すかのように大人しくしている。それは虫や小動物だけではなく、我々人類もそうならざるを得ないのだ。
ただ、黙ってこのまま人類が滅びるのを待つのか、それとも今までいがみ合っていた国家間で手を取り合い、見知らぬ脅威に立ち向かうべきなのではないだろうか。
これはどの国も思っている事ではあるのだけれど、たいていの国は主導権を握ろうとしてまとめることが出来ずにいたのだ。
そんな中でも僕の国は兵士だけは自慢できる存在で、今まで一度も敗走をしたことが無かったのだ。過去に人間関係の争いで逃げたことは無いのだが、魔物と初めて対峙した時は何も出来ずに逃げかえってきたのだ。でも、それを責めるものなど誰一人としていなかったのだった。
「こんにちは。今日から王子様のお手伝いをすることになりました。私の名前はまだ決まってないそうです」
「名前が決まってないって、親は君の名前を付けてくれなかったのかい?」
「私に親と呼べるものがいるのかわかりませんが、気付いた時にはこんな風になっていました」
僕の近くに急に現れた少女は僕の質問に真面目に答えるつもりはないらしく、僕に背を向けてから、子供なら衝撃で泣いてしまうような物凄いおならをしていたのだ。
その行為も意味不明であったのだが、少女は僕たちには使えないはずに魔法を使って空を飛んだり水をお湯に変えたりしていた。役に立ちそうな気はするのだが、空を飛ぶ場合は完全に手ぶらにしておかないと大変なことになるのだ。
「みんなは空を飛ばないみたいだけど、どうして空を飛ぼうとしないの?」
「どうしてって、みんなは普通に陸上で生活しているんでそう言った発想はそもそもないのだと思う」
「まあ、私も今の状態で海で生活しろって言われてもどうするのが正解なのかわからないんだよね。そもそも、空と海じゃ生活圏が違い過ぎるし、呼吸方法だって全然違うじゃない」
「僕はきっとどっちも苦手なんだと思うけど、海でも空でも長くはもたないと思うよ。かと言って、地上戦だって全く役に立たないと思うんだよね」
「その辺は資料を見て知っているのですが、本当に弓矢の才能が無い人っているんですね。私がその手を離してしまったら、格納されている矢がどこかへ消えてしまいそうだなとは思っている」
それにしても、僕のお手伝いをしてくれるメイドって一体何人いたのだろうか。今までも身の回りの世話をしてくれた人はいるのだが、僕はその人達に感謝の気持ちを伝えたことは無いのだ。
僕の身の回りの世話をしてくれるという事なのだが、一体どこまでは大丈夫なんだろうか。その答えは彼女だけが知っているのだ。
ただ、彼女は僕たちには使うことが出来ない魔法を使うことが出来るようで、それによって救われる命なんかもあるのではないかと考えてみたりもした。
「ねえ、君が使えるその魔法ってさ、僕以外の人を救うために出来ることってあるの?」
「王子様以外の人を救う魔法なんてありませんよ。王様も王子様だけ守ってくれればいいって言ってましたからね」
「でもさ、僕一人だけを守ったとしても、町の人達がいないと僕は簡単に死んじゃうと思うよ。畑仕事とか狩猟とか交易とかいろいろやらないとこの国で生きているのは難しくなると思うし、そう言った意味では町の人を助けるのは僕を助けることになると思うんだよね」
「確かに、そう言われてみると損な気もしてきました。でも、どんなことがあったたとしても、王子様の安全が確認されるまでは私は王子様しか守らないですからね」
「それでもいいんだけどさ、僕なんかよりも町に住んでる人達の方が重要だったりすると思うんだけどな」
「私にはきちんと理解出来てないのですが、町の人達は王子様が生きていくうえで必要だって事なんですね」
「そう、そういう事だよ」
「じゃあ、この辺りで脅威になりそうな奴らを先に排除しちゃいますね」
そう言ったと思っていると、少女は空を飛んで行ってしまった。
方角的には一番近い魔物の巣がある方向だと思うのだが、本当にそんなところへ行ってしまったのだろうか。僕が頭の中で描くストーリーは彼女の力を過小評価し過ぎていたのだろうか。
それから一時間も経っていないと思うのだが、少女は空を飛んでではなくこの町に通じる道を通って歩いてやってきたそうだ。なぜ歩いて帰ってきたのかは聞いてみないとわからないのだが、彼女の全身は返り血にまみれていたのだ。その姿は人の形をした悪魔のようにも見えてしまった。
「たぶんだけど、しばらくはこの辺りも平和になるんじゃないかな。ついでなんで、他の国の人も片付けといたよ」
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