第16話 そして夜が更ける

「【冷静沈着】ですか?」


「そうだ。そのスキルを使うと、どんな場面でも心が鎮まって冷静になるらしい。貴族や騎士なんかに人気のスキルだとか」


「……それを私に」


「【人体発火】は興奮すると勝手に発動するスキルだろ? ならば興奮を抑えられるようになればいい」


「……興奮を……抑える」


 ビデールは神妙な顔で青いスキルオーブを見つめている。


「ビデールは【人体発火】のスキルが発動するタイミングはわかるんだろ?」


「はい。なんかこう、頭の中にドバーッと来るタイミングで発動します。キタキタキターッ! ってなるんです」


 ビデールの発言を聞いてカウンターの中のマスターがギョッとした。カウンターに座る他の客達も一瞬、会話を止めてこちらを見ていた。


「そのタイミング、身体に火がつく直前で【冷静沈着】を使えばいい。そうすればベッドごと彼氏を丸焼きにする心配はないだろ?」


「……確かに、そうかも知れません」


「だから、このスキルオーブはビデールが使え」


「あ、ありがとうございます! いくらでしょう!?」


 ビデールが慌ててバッグに手を突っ込み、何か──おそらく金だろう──を漁っている。


「いや、金はいい」


「はっ! まさか私の初めてを狙って!?」


「いや、それはいらない」


「ひどい! 私、結構可愛いって言われるのに!!」


 酔っ払ったビデールが膨れる。


「俺がプーシの街に行った時に、良くしてくれ」


「……はい! 分かりました!!」


 これ以上の問答は不要と察したのか、俺が促すとビデールはスキルオーブを手に取った。


「よーし!! 今、ここで効果を試しちゃいますね!!」


 なっ! こいつ酔い過ぎだろ!!


「皆さーん、私、今からスキルオーブを頂きまーす!!」


 席を立ち、店の中央に躍り出たビデールが注目を集める。右手に持った青色のスキルオーブを高く上げ、見せびらかす。


「おっ、なんだ! 色っぺーネーチャンだな」

「新手の興行か!?」

「一体なんのスキルオーブだい?」

「よくわからんが、やれー!!」


 方々から酔っ払ったどもの歓声が飛んだ。


「では先ず、脱ぎまーす!!」


 ォォォオオオオォォォ!!


 訳の分からない一体感が店を支配し、手拍子が巻き起こる。ビデールはリズムに乗りながらスルスルと服を脱いで全裸となった。尚も手拍子は止まず、ビデールは踊り始める。


 プーシの街の踊りだろうか? 誘うような妖艶な動きに男達は唾を飲む。ビデールの顔は紅潮し、昂っているのは誰の目にも明らかだ。


 エイッ! とテーブルの上に飛び乗り、下から覗き込むような男達に惜しげなく肢体を晒す。その身体は汗ばんでいる。


「ぁああ、キタァァ!!」


 ォォォオオオオォォォ!!


 何の歓声だ! ビデールの嬌声に店内が一つ生き物のように反応し、それを受けて更に昂ぶる。


「あぁ、嗚呼!!」


「スキルオーブを使うんだ!!」


 俺の声に反応したビデールが手に持つスキルオーブを口の中に放り込む。一瞬、全身が青い光の膜に覆われ──。


「【冷静沈着】!!」


「「「「…………」」」」


 店の中をスッと冷たいモノが通り過ぎた。立ち上がっていた男達が我に返ったように各々のテーブルへと戻る。その様子はとても落ち着いていて、冷静さを感じさせた。


 すっかり普段の表情に戻ったビデールが、脱いだ服を拾いながらカウンターへと戻ってきた。


「ベン君、効果は抜群ですね。【冷静沈着】」


「ああ。まさか周囲の人まで冷静にしてしまうとは……」


「私、結婚出来ますかね?」


「頑張れ」


 その晩、俺とビデールは店が閉まるまで、しんみりと飲み続けたのだった。

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