第311話 溢れる思いのままに

「……は?」


 ユーリさんの手が止まる。


「オリョウ様の幸せを望んでいない? 私が? そんなはずはない」


 強がっているが、明らかに動揺している。


 短刀を持つ手が震えている。


「いえ、あなたは誠道さんがオリョウさんのものになるのを嫌がっている。オリョウさんの隣にいるのは自分であるべきだと思っている」


「そんな、ことはっ」


「じゃあどうして泣いているんですか? 私をこうして足止めできている。それはオリョウさんのためになる。あなたにとって最大の幸せなのに、泣くなんておかしくないですか?」


「それは、もちろん、私にとって、それは……」


 ユーリさんが振り上げていた手が、重力に従って力なく下りていく。


 握り締めていた短刀も落としてしまった。


「幸せ、なんかじゃ、ない」


 涙を拭うこともせず、ユーリさんは口元を歪めた。


「私は、オリョウ様の側にいたい」


「だったら、わがままになりましょうよ」


 私は笑みを浮かべながら立ち上がる。


「あなたの気持ちをオリョウさんに伝えましょうよ」


 震えているユーリさんの手を取る。


「でも、私は、だって口下手だから。オリョウ様の前だと気持ちが、素直に、話せなくなるから」


「だったら態度で示しましょう。大丈夫です。オリョウさんだって、嫌いな人を近くに置きつづけるはずがありません」


 諭すように語りかけ、ぎゅっと手に力を込める。


 驚いたように顔を上げたユーリさんは、鼻を引くひくとさせた後、力強くうなずいた。


「私、オリョウ様と一緒にいたい。オリョウ様を誰にも渡したくない」


「それでいいんです。私も、同じですから」


 私だって、誠道さんを誰にも渡したくない。


 ユーリさんと目を突き合わせ、うなずき合う。


 二人の恋する乙女の気持ちが一つになった瞬間だった。


「ではミライさん。私が拘束魔法で石川様の動きを封じます。現在の私ではおそらく十秒も捉えておけませんが、その隙にミライ様の力で石川様の洗脳を解いてください。オリョウ様の拘束は魔力が足りずできませんが、あの大剣女子に任せておけば大丈夫でしょう」


「わかりました」


 首肯してから、私は誠道さんを見る。


 さっきまではどうしていいかわからなかったけれど。


 いまは違う。


 自分の言葉で気づかされた。


 思いを素直に伝えればいいだけ。


 恥ずかしくて言えないなら、行動で示せばいいだけ。


 私ならできる。


 誠道さんなら、どんな私も受け止めてくれる。


 だって誠道さんは、借金をしまくる私のことをその広い心で受け止めつづけてくれた、最高のご主人様なのだから! 


「では、いきます」


 目を鋭くしたユーリさんが、交戦中の聖ちゃんと誠道さんの方を向く。


 両手を伸ばして、なにやらぶつぶつと唱えると、誠道さんの下に魔法陣が発生し、誠道さんが動かなくなった。


「いまです! 走って! 頼みました!」


 ユーリさんの声に背中を押され、私は誠道さんに向けて走る。


「聖様! あなたはオリョウ様の足止めを!」


 聖ちゃんはちらりとこちらを見てにやっと笑うと。


「なるほど。だったら私は拘束されているうちに誠道さんの睾丸を……じゃなくてオリョウさんの足止めを!」


 私たちの意図を組んでくれた聖ちゃんが、「ユーリ! あなたっ!」と動揺するオリョウさん向けて聖剣ジャンヌダルクを振り下ろす。


「誠道さんっ!」


 私は誠道さんのもとに駆け寄り、まとまっていない言葉を、私のすべてを伝えようとしたのだが。


「私はっ!」


 言葉よりも先に体が動いていた。


 体の奥底から湧き上がる情熱に身を任せて、誠道さんを抱きしめ、唇を重ねていた。

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