第305話 おなかの奥が、ビクン、ビクン!

「なに得意げになってるんですか! お世辞に決まってるじゃないですか! 誠道さんがこんな美女に告白されるなんて、漫画原作の映画が拍手喝采を浴びることくらいあり得ませんよ!」


 慌てた様子のミライが観客席から飛び降りて、こちらへ駆けてくる。


 なんかすごくバカにされた気がするけど、いまなら寛大な心で許すことができる。


 だって俺は絶世の美女に告白された男だからね。


 器が大きい男だからね。


「私だっていまもありえないと思ってるわよ。でも、この胸のときめきは間違いなく恋。私にこんな感情が残っていたなんて、恋が乙女を狂わせるって本当だったのよ!」


「ほらな、オリョウ自身がそう言ってるんだ。これは紛れもない事実なんだよ」


「そんなの絶対に信じられません。私があれだけネガティブキャンペーンしたんですから、巨乳大好きエロ大魔神引きこもり男に惚れる人が現れるはずありません!」


「誰が巨乳大好きエロ大魔神引きこもり男だよ! 早く訂正しろ!」


 ごめん、さすがに気分よくてもそこまで言われたら否定するわ!


「あ、そうでしたね。すみません。すぐに訂正します」


 俺の前で立ち止まったミライは、両膝に手をついて肩で息をしている。


 聖ちゃんもミライの後につづいてやってきた。


「そうだよ、わかればいいんだよ」


 俺はミライの肩に優しく手を置く。


 前かがみのミライが顔だけ上げて、満面の笑みを浮かべ。


「私が言っていたことはネガティブキャンペーンじゃなくて、ただの真実でしたね」


「そっちを訂正してほしかったんじゃないから!」


「他に訂正する場所なんてありませんが?」


「あるだろ! 俺の呼び名とか!」


 ミライと取っ組み合いの喧嘩でもはじめようという勢いで言い争っていると。


「私の前でイチャイチャしないで! そいつは私が惚れた男なんだから!」


 オリョウの怒鳴り声が聞こえ、俺もミライもオリョウを見た。


 オリョウは眉間にしわを寄せて怒りに震えており、背景には今まさに噴火しそうな火山の幻が見える。


 その火山の頂上には、なぜか真っ赤な一輪の薔薇が可憐に咲き誇っている。


「でも、よくわかったわ。私はこれまでの私の行動がよくわからなかったの」


「いやわかったのかわかってないのかはっきりしろよ!」


 よくわからないことほざくオリョウにツッコみを入れると、なぜかオリョウが「んんあぁっ!」と喘ぎ声を上げた。


「やっぱり、あなたにツッコまれた瞬間がときめきの絶頂だわ。体が、心が、おなかの内側がびくんびくんするの。快感すぎて、すごく気持ちいいの」


 なんかいきなり変なこと、しかも言葉だけを捉えればすごくエロいことを言い出したんですけどー。


 オリョウは俺にゆっくりと歩み寄りながら、さらにつづける。


「これこそが私のあこがれた夫婦の営みによる幸せ、噂でしか聞いたことのない、夫婦漫才なのね」


「夫婦漫才なのかよ!」


 俺は勢い余って、バシッとオリョウの頭を叩いてしまった。

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