第266話 醤油の味は素晴らしい

「そういえば、私たちは誠道くんたちに頼みたいことがあって訪ねたんでした」


 イツモフさんがそう言うので、俺たちはテーブルに向かい合うようにして座った。


 俺の隣にはミライ、ローテーブルを挟んだ対面にイツモフさんとジツハフくんという席順だ。


 ちなみに俺はもう服を着ているからね。


 そこは心配しなくていいですよ。


「お願いというのは」


 イツモフさんは、ミライが用意したお茶を飲んでから話しはじめる。


「ビーチに現れたクラーケンのことなんです」


 深刻そうにうつむくイツモフさん。


 そういや、ビーチにクラーケンが現れて立ち入り禁止になったんだったな。


 あそこまで巨大化してしまったクラーケンはたしかに強く、放っておけばいずれ人的被害や漁業被害がおこるかもしれないが、明後日には海での戦いを得意とする人たちで構成された討伐隊が編成されて退治してくれるらしい。


 なにも心配する必要はないはずだが…………って。


「そういやまたクラーケンじゃないものをクラーケンと嘘ついて販売してたな! しかも今回は看板にきっちりクラーケンって書いてただろ!」


 何度見ても『クラーケソ』ではなく『クラーケン』だった。


 前までは『ユニコーン』を『ユニコーソ』ときちんと表記していたから許されていたところがあるが、今回のは完全にアウトだ。


「今回私たちは嘘をついていませんよ。ちゃんとクラーケン焼きを販売していました」


 イツモフさんは平然と言い返してくる。


 勝利を確信している弁護士かのように自信満々だ。


「じゃあ海に現れたクラーケンはどう説明するんだ? あのデカさになるまで十年はかかるんだろ? しかも世界に一体しか存在しないはずだろ?」


「ええ、誠道くんの言う通りです」


「開き直んなよ! やっぱり嘘じゃねぇか」


「嘘じゃないよ。誠道お兄ちゃん」


 俺とイツモフさんの話にジツハフくんが割って入ってくる。


「今回、僕たちが売っていたのはクラーケンによく似た生物、クラーケンシュタイン。クラーケンシュタイン焼き。略してクラーケン焼き。ほら、嘘ついてないでしょ?」


「なるほど。それならたしかに納得…………すると思ったか! なんだクラーケンシュタインって! フランケンシュタインみたいに言いやがってさ!」


「でも誠道お兄ちゃんも信じていたでしょ? バ……海水浴客たちもみんな喜んでいたよ。僕たちは笑顔を提供していたんだ。前にも言ったと思うけど、プラシーボ効果ってやつだよ。バ……海水浴客たちのクラーケンだという思い込みが最大の調味料なんだよ」


「ジツハフの言う通りです。あの値段で本物のクラーケン焼きを食べたと思い込むことができたのは、幸せなことなんです。そもそもバ……海水浴客たちなんて醤油の味でごまかしとけば、それがタコだろうと貝だろうと、クラーケン焼きおいしいって言うに決まってます。どうせバ……海水浴客たちは豚肉か牛肉かも判断できない程度の味覚の持ち主なんですから」


「醤油でごまかすってふざけんな! ってかさっきから二人とも『バ……海水浴客』って、言い直すふりしてめちゃくちゃバカにしてんじゃねぇか!」


「あれ?」


 隣にいたミライが首を傾げる。


「誠道さんは醤油の味が……って感想を述べていませんでしたか?」


「それを言うなそれを。まるで俺が醤油の味でごまかされたみたいじゃねぇか!」


「誠道くん」


 切羽詰まったような表情のイツモフさんが、威圧的な声で俺の名前を呼ぶ。


 その迫力に、思わず息をのんだ。


「その話はもう置いときましょう。時間がないのです。緊急事態なんです」


 イツモフさんがこんなに余裕を失っているということは、それほどヤバいことが起きているのだろう。


「いや偽装問題は置いといて言いわけないだろ」


「私たちと一緒にクラーケンを倒してください。お願いします」


 イツモフさんは深々と頭を下げた。

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