第227話 女帝的畜産概論
「どうしてですか? あの珍しい魔物であるゴブリンタイラントが、このグランダラの近くに現れたんですよ? それを放っておくわけにはいきません。早くぐちゃぐち――討伐しにいきましょう!」
「……言われてみれば、たしかに危険ではあるのか」
聖ちゃんの言うことは最もだ。
グランダラの近くには最弱の魔物、ゴブリンしかいない。
そんな街の近くにゴブリンタイラントがいるなんて、危険すぎる。
「って、あれ? どうしてそんな魔物がグランダラの近くにいるんだよ。しかもゴブリンがゴブリンタイラントになるまで放っておかれるなんて、普通はあり得ないと思うんだけど」
俺もちょっとはこの世界について勉強している。
「ゴブリンタイラントはゴブリンが……えっとたしか……なんかこう、なんやかんやあってゴブリンマスターになったあと、さらになんやかんや非常に厳しい進化条件をクリアしないと、ゴブリンタイラントにはなれないよね? だから普通は、ゴブリンマスターの時点で誰かに発見されて、討伐されちゃうよね?」
ゴブリンタイラントは強い魔物なので、普通は進化前のゴブリンマスターの時点で討伐依頼が出される。
わざわざ進化するまで放置しておく必要はない。
ゴブリンタイラントから得られる素材にめちゃくちゃ価値がある、とかってわけでもないし。
「それが今回はあり得たんです。だからこそ実力者である我々が討伐――ぐちゃぐちゃにしないといけないんです。幸運にもターゲットが向こうからのこのこやってきた。これを討伐――ぐちゃぐちゃにせずして、なにが正義ですか!」
「欲望が抑えられなくて言い直しが逆になってるから! 本当になにが正義なんだろうねぇ! 聖ちゃんの言ってることが正義じゃないことはわかるけどね!」
「なにをバカなことを言っているのですか? 私はゴブリンタイラントをぐちゃぐちゃにする。つまり、結果的に倒しているんです。善悪の区別は曖昧で、勝った方が正義だとよく言うじゃないですか」
「なにが、言いたいんだ?」
「つまり! 正義とは結果論なのです! どやぁ!!」
腰に手を当てて、薄い胸を張って言い切る聖ちゃん。
なんか、お母さんの家事を手伝って得意げになってる子供みたいでかわいいなぁ。
「まあ、たしかにそうなのかもしれないけどさ。でもよくよく考えたら、ぐちゃぐちゃにしようって思えるってことは、聖ちゃん一人で倒せるってことだよね? だったら一人でもいいじゃん。それに俺にはこれから用事が」
「ぐちゃぐちゃ道を極める以外に重要な用事なんてないでしょう!」
「いやあるわ何個も! なんなら、昼寝するの方が大事だわ!」
昼寝の有用性は昨今様々なメディアが報じてるからね。
でもな、企業の経営陣よ。
だからといって昼休みに仕事のために昼寝させようとするのはダメだ。
なんで仕事のために昼休みを犠牲にしなきゃいけないんだ!
仕事のためなんだから勤務時間に昼寝させるのが普通だろ!
……って、つい熱くなったけど、俺引きこもりだから関係ないんだった。
「昼寝の方が大事って――ちっ、これだから誠道さんは引きこもりなんですよ」
「いま舌打ちしてバカにしたよね?」
「まったくもう」
聖ちゃんは大きなため息をつき。
「せっかくゴブリンを捉えて、ぐちゃぐちゃにしたい気持ちを長い間抑えて育成して、ゴブリンタイラントにまで育てたのに。ぐちゃぐちゃにする感動を一緒に味わいたいだけだったのに」
「そういうことかよ! ただの自作自演じゃねぇか!」
「地産地消です」
「頑張ってる農家に謝れー!」
「食料自給率は大事だと思いますけど?」
平然と言い放つ聖ちゃん。
自分が間違っているとは少しも思っていないのが、本当にやっかいだ。
「たしかに食料自給率は大事だけどね、わざわざ自分でゴブリンをゴブリンタイラントにまで飼育するって、おかしいだろ」
「畜産業のひとつだと考えられませんか?」
「これは食料じゃなくて聖ちゃんの快楽の話ですよね? もしかして他にも魔物を育ててるんじゃないだろうな?」
「もちろんです。自分の手で育てて自分の手でたっぷりとぐちゃぐちゃにして楽しむ。これこそまさに地産地消。理想的なあり方です」
わけのわからない暴論を述べた聖ちゃんは、それから女神のように手を広げ。
「私はすべてを愛し、すべてを慈しんでいるからこそ、魔物という奪わなければならない命であっても、その命のすべてを余すことなく活用するために、命に感謝してぐちゃぐちゃにしているのです。牛や豚の肉を余すところなく食べるのと一緒です」
「うん、少しも説得されるわけねぇだろ! ただの屁理屈だろ! 愛してるからぐちゃぐちゃにするって、意味わからんからな!」
「まったく、ここまで言っても理解できませんか。貴重な魔物という資源を無駄にするような考え方を持つ人は、きっと食べ物も粗末にするのでしょう。誠道さんこそ、いますぐ酪農家や農家に謝るべきです」
「聖ちゃんは農家が丹精込めて作ったメロンを食べずにおっぱいにしようとしてたけどね! それは無駄だって言わないのかな?」
「そそそ、そそれは……」
聖ちゃんはあからさまに狼狽える。
「こここ、これだってメロンを食べるだけじゃなくて、おっぱいにして余すところなく」
「へぇ。じゃあメロンをおっぱいにしようとしたことは認めると。それは資源を余すことなく使うための、いわば素敵なことだからみんなに広めてもいいと」
「そそそ、それはっ! そもそも私は、私は……おっぱいにし、しようなんて」
涙目になる聖ちゃん。
なんか、すごい罪悪感がやってきたんだけど。
小さい子をいじめてるみたいで、変な気分なんだけど。
「そそそ、そうですよ! 私はメロンがおっぱいじゃなくて睾丸に似ていると思っただけで!」
「その方がやばいわ!! なにいいごまかし方浮かんだみたいな顔してんだよ!」
「ごまかしではありません。……あ、このメロン食べますか? いまなら買ってあげますよ。これで手打ちにしませんか? ……って」
聖ちゃんの視線が俺の後ろに向かう。
「あれっ? えっと、そちらの方は……どなたですか?」
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