第219話 古参なだけの、やばいファン

 今日のホンアちゃんのライブは、俺とホンアちゃんが運命的に伝説的に邂逅した、あの広場の舞台で行われる。


 ほんと、彼氏役なんて面倒なことをミライが引き受けなければ、いまごろ俺は引きこもっていたのになぁ。


 アイドルファンなんて面倒なだけなんだよなぁ。


 舞台の前には、すでにたくさんのアイドルファンが集まっていた。


 あのとき俺に突っかかってきた大男――ホンアちゃんファンクラブ会長のキシャダ・マシイは今日も今日とて最前列を陣取っている。


 ここに集まっているファンたちのほとんどが、ホンアちゃんファンクラブに入っているのだが、俺はファンクラブには入っていない。


 なんなら、他のファンたちとは一切かかわりを持っていない。


 だって、俺はまあ、一応、曲がりなりにもホンアちゃんの彼氏をやらせてもらってるわけで(だがホンアちゃんは男だ)。


 ライブ中に俺だけにウインクしてくれるわけで(だがホンアちゃんは男だ)。


 なにも知らないファンたちを見下しているわけではないけど、この状況がちょっと気持ちよくて、ホンアちゃんの背徳感を抱きたいという純粋な思いを理解しはじめてもいる(だがホンアちゃんは男だ)。


 そんな感じで、なにも知らない憐れなファンとは線を引いておきたいという気持ちから、俺はホンアちゃんを全力で応援しているという共通点を持っているにもかかわらず、ボッチを貫いているというわけだ。


「みんなぁ(石川きゅん)!! 今日は、私のために集まってくれてありがとう!」


 ホンアちゃんが舞台からファン(俺だけ)に向けて呼び掛けると、ファンから「「うぉおお」」と歓声が上がる。


 ふっ、バカな奴らだ。


 いまのはみんなじゃなくて、俺だけに向けて言ったんだぞ。


 俺の耳には「みんなぁ」のところが「石川きゅん」に聞こえてるんだぞ。


「私もぉ、今日はみんな(石川きゅん)に会えて、嬉しいよぉ!!」


 ホンアちゃんがウインクをすると、ファンの中には卒倒する人まで現れた。


 だからバカか。


 いまのウインクはお前らに向けてじゃねぇ。


 俺だけに向けてなんだよ。


 勘違い男たちは、本当に憐れだなぁ。


 彼氏(役)がここにいるってのに。


 その後も、俺はホンアちゃんが俺のためだけに行ってくれるライブをじっくりたっぷり堪能した。


「みんなぁ(石川きゅん)!! 今日もありがとう!!」


 ホンアちゃんが舞台から去ると、俺は余韻を楽しんで一向にその場から動こうとしない勘違いオタクたちを置き去りにする。


 さーて、今日の夜はホンアちゃんとどんな話をしようかなぁ、と考えながら少し歩いたところで。


「なぁ、ちょっといいか?」


「え?」


 背後から声をかけられた。


 振り返ると、そこには長髪で出っ歯気味の、小太りな男が立っていた。


 年齢は30代前半くらいに見える。


 なぜかタキシードを着ており、顔には板垣退助ばりの髭を生やしていた。


「あの、俺になにか用ですか?」


 変な輩に絡まれたと思いつつも、無視するわけにはいかないので返事をする。


「いやぁね、君は見所があると思ってね」


 タキシード男はご自慢の髭をサワサワさせながらつづける。


「すまない。僕の名前はコジキー。またの名を杉田ことは忘れろ玄白と呼ぶ」


「本当に実在してたのかよそいつ! ってかコジキーって名前なら本居宣長の方をもじった名前にしろよ!」


「もと、おり?」


 コジキーは髭を触りながら首を傾げる。


「ってかさっきから髭を触る動作むかつくなぁ! 杉田玄白には髭もないし髪もないだろうが! 杉田玄白はな、北条政子とザビエルと並んで、教科書の肖像画に髪の毛を一本だけ生やされる偉人三選のはずだろうが!」


「ほうじょう? ざびえる? 君がなにを言っているのかはわからないが、勢いでいろんなところに喧嘩を売っていることだけはわかったよ。でも、それも自由だ。僕は自由を推奨する」


「板垣退助みたいに言うな! 髭だけのくせに!」


「そう声を荒らげるな。暗殺されるぞ」


「それ板垣退助の最後だから!」


「コジキー死すとも自由は死せず」


「だから板垣退助だから!」


「とにかく、少し落ち着きたまえ。僕は君を評価してるんだ。向こうにいるクソにわかファン共とは違ってね」


 コジキーが、舞台の前でざわざわしているホンアちゃんのファンたちに軽蔑の眼差しを向ける。


「あいつらが、ホンアちゃんをダメにしたんだ。僕が出会ったころのホンアちゃんが、いまのホンアちゃんを見たらなんて言うか。僕は悲しいよ。ホンアちゃんの最初のファンとしてね」


 ああ、やっぱりこいつめちゃくちゃ面倒なやつだ。


 普通であれば絶対にかかわりたくない。


「それに比べて、君はホンアちゃんをわかっているように見える。そもそも君はあのクソにわかファン共と喧嘩をしていたし、いつも彼らを見下したような目で見ている。それだけで僕はピンときたよ。君を認めたのさ。真のホンアちゃんファンだとね」


 ああ、こいつめちゃくちゃ勘違いしてやがる。


 俺はファン全員、つまりお前も見下してんだよ。


「なぁ、ホンアちゃんの真のファン同士、ちょっと話さないかい?」


「ごめんなさい用事があるので帰ります」


 俺は速攻で頭を下げて速攻でその場を立ち去った。

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