第5章 私はあなたを選ばない

第190話 伝わったんだね

 コハクちゃんがそう叫んだあと、彼女の体から放たれている光がその眩さを増した。


「【野獣化ビーストバースト】!」


 コハクちゃんの体が、直視できないほどの眩い光に包まれ、ゆっくりと膨張していく。


 口元からはサーベルタイガーのような鋭利で大きな牙が生え、白地にところどころ黒のまだら模様が入っている巨大な図体は、陽光に照らされて艶やかに輝いている。


 マスコット的な可愛らしさを備えていたコハクちゃんが化けたとは到底思えないほど高貴で気品にあふれた巨大な虎は、美しさと優雅さと獰猛さを絶妙なバランス持ち合わせていた。


「あれが、コハクちゃん……なのか」


 怒涛の展開の連続で、なにがなんだかわからない。


 そんなことどうでもよくて、空と雲と草原と白い虎、ただただ目の前に広がるすべてが美しいと思ってしまう。


 コハクちゃんに襲われそうになっているという危機的状況なのに、俺は目の前の白い虎にどうしようもなく見惚れていた。


 体中が酸素を欲しているにもかかわらず、呼吸をすることも忘れ、見るものを魅了する煌びやかな輝きに圧倒されつづけていた。


「お前らがっ! 私のお母さんを、たった一人のお母さんをっ! どこへやったっ! 【虎突猛進ことつもうしん】ッ!!」


 コハクちゃんはそう叫びながら、俺たちに向かって飛びかかってくる。


「誠道さんっ! 早く【盾弧燃龍たてこもり】を……って、誠道さんっ!」


「……えっ?」


 ミライが俺を呼ぶ声が聞こえたような気が……と思った瞬間、ミライが覆いかぶさってきた。


 気がつけば俺は地面に倒れていて、上にはミライがのっかっている。


 隣には、困惑の表情を浮かべた心出が同じように倒れていた。


「誠道さんっ! しっかりしてくださいっ!」


「悪い、つい見惚れて……危なっ! 【盾孤燃龍たてこもり】ッ!」


 コハクちゃんが前足についている鋭利な爪で俺たちを切り裂こうとしているのが見えたので、【盾孤燃龍たてこもり】でなんとか防ぐ。


 ガリ、という鈍い引っかき音がしたが、盾はしっかりと俺たちを守ってくれた。


「あなたたちがっ! お母さんをっ! お母さんをっ!」


 コハクちゃんはなおも攻撃をつづける。


 とち狂ったように、一心不乱に、目に涙を浮かべながら。


「コハクちゃん! ちょっと待って! 落ち着いて!」


「コハクさん! 私たちはハクナさんを攫ってなんかいません。むしろ探しにしたんです!」


「あなたたちのことっ! 信じてっ、たのにっ!」


 俺とミライが盾の中からコハクちゃんに声をかけるも、聞く耳を持ってくれない。


 コハクちゃんの鋭利な爪と盾がぶつかることで発生する振動が、盾内の空気を揺らしたあと、俺たちの体の奥底までもぐらぐらと揺らしてくる。


 くそぉ。


 相手がコハクちゃんじゃなければ、【無敵の人間インヴィジブル・パーソン】化して攻撃できるのに。


「コハクさん!」


 今度は心出が説得を試みる。


 ……無理だと思うけど、しないよりはましか?


「俺は本当の君と話がしたいんだ! 俺の目を見てくれ! 俺が君のお母さんを攫うように見えるかい?」


「……あ、あなたはっ」


 コハクちゃんの攻撃が止まった。


 驚いたように目を見開いて、心出をじっと見つめている。


 ……え?


 なにこの展開。


 もしかして俺が鈍感で気がつかなかっただけで、コハクちゃんも心出のことを好いていた?


 心出の一方通行じゃなくて、二人は両想いだった?


 コハクちゃんと心出、互いが互いをじっと見つめ合い――まさかこれがラブコメの波動が生まれそうな瞬間だと言うのかっ!


 そして、心出がにっこりと笑い、涙する子供を慰めるように優しく語りかける。


「伝わったんだね。コハクさん。君に対する俺の愛が」


「あのぉ、あなたはいったい誰ですか? 初対面ですよね?」


「ぜんぜん伝わってないじゃねぇか! そもそも存在を覚えられてもねぇし! とんだ茶番だよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る