第174話 いろんな放置プレイ
宿泊する部屋は、ベッドが三つに机とクローゼットが一つずつ置かれてあるだけの簡素な部屋だった。
ミライ、俺、マーズの並びでベッドを使うことになり、俺は早速ベッドの上に寝転がった。
少し硬いし枕も低いが……許容範囲だ。
「ふぅ、結構重いわねこれ。持ち運ぶの面倒だわ」
マーズが、キャバクラからもらってきたビリビリ椅子をベッドのそばに置いて両肩をくるくる回す。
つづけて腰を逸らせると、ぽきぽきと警戒に骨が鳴った。
「そんなに面倒だって思うんなら、なんでもらってきたんだよ」
仰向けに寝たまま顔だけマーズの方を向く。
「そんなの、その面倒すら喜びに変える力をこの私が持っているからに決まってるじゃない」
マーズはビリビリ椅子を慈愛のこもった瞳で見つめながら、その背もたれを優しくなではじめる。
え?
マーズにはビリビリ椅子がお腹を痛めて産んだ赤ん坊にでも見えてるの?
「面倒も日常の一部。その日常って実は当たり前じゃないの。日常のささいな出来事を幸せだと思う、それが本当に大事なのよ」
「お前のはただのドMだろうが。ただのドM性癖をすげぇいい言葉っぽく言うのやめろよ」
「どんなことも幸せにつながるような言葉に変換してみるのって、生きていくうえで結構大事だと思うけど」
「じゃあ引きこもりをいい言葉っぽく変換してくれよ」
「わかったわ! …………ごめんなさい。引きこもりはどう頑張っても引きこもりでしかなかったわ」
「もうちょっと粘ってくれ!」
「ビリビリ椅子ちゃん。引きこもり男がうるさいでちゅねー。もう少しで大人しくなりまちゅから我慢してくだちゃいねー」
「それ命のない無機物だからな」
ビリビリ椅子にデレデレしているマーズに愚痴るのももう飽きた。
ふわわぁと大きなあくびが出る。
今日はいろいろあって心も体もお尻も疲れている。
「ミライ、マーズ。悪いけど、もう俺寝るわ」
「ほーら、ビリビリ椅子ちゃん。私の言った通りすぐ大人しくなったでしょう」
もうマーズは無視。
うつ伏せになって枕に顔をうずめると、すぐに心地よい眠けが体にのしかかってきて―ー
「えっ? どうして寝るんですか?」
なぜかミライがつっかかってきた。
「どうしてって、そんなの疲れて眠いからに決まってるだろ」
「キャバクラではあんなにあのクソ女と話しておいて、私とはひとことも話さず寝るなんて、ちょっと私のご主人様としてどうかと思います」
「あのビリビリ椅子の電撃のせいで体にダメージがすげぇんだよ」
俺はマーズの愛する我が子――ビリビリ椅子を指差しながら言う。
なんだかお尻にあの激痛がフラッシュバックした気がするんだが。
それと。
「えっ? そんなに体にダメージが残るの? ああんっ、早く私も経験したいわっ!」
というマーズの声が同じ部屋から聞こえた気がしたが、俺もミライもそんなどうでもいいことは無視して会話を続行する。
「誠道さんのお尻へのダメージなんて、私には関係ありませんっ」
「関係大アリだろっ! だいたいお前らの勝負のせいなんだからな。俺がお尻を抉られるような痛みを感じたのはっ!」
「あれだって、元はといえば誠道さんがクソキャバ嬢に鼻の下を伸ばしていたからで」
「お尻を抉られる痛みっ? んあっ! 想像しただけでもうっ……我慢できないっ」
「ああもうマーズがいちいちうるさいんだよなぁ! ミライとの言い争いに集中させてくれよ!」
我慢できなくなった俺は、マーズの方を向く。
「さぁ! 私はすでに座っているわ!」
ビリビリ椅子に座って、嬉々とした表情でこちらを見ているマーズと目が合った。
「早くっ! 早くしてぇ! はやく私になにか質問をっ! この際、ミライさんじゃなく誠道くんでもいいからぁ! それで私が嘘をつけばお尻に電撃がっ……ああっ! 想像しただけでも、もうっ……らめぇ……」
一人で体をくねらせて、興奮に身を委ねていくマーズ。
見るに耐えないというか、情けないというか、どうでもいいというか。
「なぁ、ミライ」
「なんですか、誠道さん」
冷静になった俺とミライは顔を見合わせて。
「こんなの放っといてもう寝るか」
「そうですね」
「ちょっと! 二人して放置プレイなんてっ! それはそれでありなのぉ……っ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます