第162話 短命の条件

 コハクちゃんの家は、村のはずれにある小さな家だった。


 いま俺たちがいる部屋と、お母さんとコハクちゃんが寝室として使っている奥の部屋、この二つだけ。


「みなさん、ありがとうございます。お母さんも落ち着いて、いまは眠っています」


 奥の部屋からコハクちゃんが出てくる。


 駆けつけてくれた医師のおじさん、テツカさんも一緒だ。


 ダンディな白髪頭に真っ白の猫耳、同じく白のしっぽもついており、縁のない眼鏡をかけている。


「コハクちゃんのお母さんって、病気だったんだね」


 俺が聞くと、コハクちゃんはこくりとうなずいた。


「はい。心臓が悪いんです。しかもここのところどんどん病状が悪化していて、飲み薬で病状の進行を抑えることしかできなくて」


「そっか……」


 なんと言っていいかわからず、中途半端なまま言葉を終わらせてしまった。


 ミライもマーズも黙ったままだ。


「ごめんなさい。こんな重い空気にしてしまって」


 苦笑いを浮かべたコハクちゃん。


「お母さんは、本当のお母さんじゃないけど、でも私の唯一の理解者で味方だから、もし、お母さんがいなくなったら、私は……」


 コハクちゃんは辛そうな表情を浮かべている。


 俺はどうしていいかわからないままだったが、このまま黙っていると空気が重くなるだけだと思って、気になったことを尋ねた。


「コハクちゃん。いま、本当のお母さんじゃないって言ってたけど、どういうこと?」


「私の本当のお母さんは、娘の名前をコハクにするような奔放というか、適当というか……そういう人だったんです。二年前、そのお母さんとは、事情があって一緒に住めなくなって」


 コハクちゃんは適当とか奔放とか言ったが、娘に男みたいな名前をつけるなんて、ただのひどい親だ。


 毒親だ。


 それをオブラートに包んで表現するところに、コハクちゃんの優しさが垣間見える。


「でも、いまのお母さんは、私に近づいたらお母さんだってなに言われるかわからないのに、私の味方をしてくれて、こうして一緒にいてくれて」


 奥の部屋へとつながる扉を振り返るコハクちゃん。


 コハクちゃんの現在のお母さんであるハクナさん――家まで運んでいる途中で事項紹介してもらった――は、コハクちゃんのすべてなのだろう。


 何物にも代えがたい大切な存在なのだろう。


 村人全員からいじめられている人をかばえばどうなるか。


 それがわかっていて、それでもかばえる人はなかなかいない。


 ハクナさんは素敵な人だ。


 いい人は短命というが、あまりに不条理ではないか。


 もし、このままハクナさんが死んでしまったら、残されるコハクちゃんがかわいそうだ。


 あまりにも残酷すぎる。


 なんとかできないだろうか。


 いつ独りぼっちになるかわからない、そんな恐怖に苛まれながらも健気に看病をしている。


 なんていい子なんだコハクちゃん――――あっ!


 そのとき、俺はものすごく大事なことを思い出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る