第2章 いざ、混浴へと!

第116話 スポーツドリンクの真意

 今日も今日とてトレーニング街道まっしぐら。


 強くなるため、一日たりともサボっていられない。


「今日はまだ追い込むか。よし、追加でスクワット百回だな」


 最近は自分を追い込むことが楽しくなってきた。


 縛られるのも好きなのだからきっと俺はMだな――はっ!


 なにを言っているんだ俺は。


 筋トレのしすぎで頭が正常に働いていない。


 俺は縛られるのなんか全然好きじゃないぞ!


「……とりあえず、やらないと」


 手首足首をぶらぶらさせてから、「よしっ」と気合を入れてスクワットを開始する。


 繰り返すにつれて、じんわりと太ももが熱を帯びてくる。


「……45、46、47」


 かなりきつい。


 だが、この先に強さがあると思えばがんばれる。


 絶対に筋トレの向こう側にたどり着いてやる!


「……73、74、75」


 もう足の感覚がなくなってきた。


 これはいよいよか?


 いや、まだがんばれる。


 追い込める。


「……86、87、87、88」


 あれ、いま87って二回言ったような。


 まあいい、後ちょっとだ。


 フラフラするけど、


 気合い、気合いだぁ!


「92、93、94……きゅうじゅ……う、ご――――っあ」


 突然足場が崩れ落ちたかのように、体がガクンと下へ落ちる。


 視界が歪み、意識が遠のく。


 あ、やばい、と思った瞬間に視界がブラックアウトし、後頭部へのドンという衝撃で意識が戻った。


「……どう、したん……だ?」


 なぜ俺は天井を見上げているんだ?


 ……あ、スクワット中に倒れたのか。


 前後の記憶が曖昧だ。


「あれ? 力が、入らねぇ」


 起きあがろうとするが、体に力が入らず、ひっくり返った虫のように床の上で無様にあがくことしかできない。


「誠道さんっ! すごい音が! どうしたんですか!」


 勢いよく扉が開いて、心配そうな顔をしたミライが駆け寄ってくる。


「倒れたんですか? いったいなにをしたらこんな――まさか、できもしないのにマト◯ックスの練習をしていたんじゃ」


「違うよ。スクワットをしてたら、急に体から力が抜けて」


「スクワットなんて今日のメニューにはなかったはずですが」


「ちょっと、さらに自分を追い込もうって」


「そんな、まださらに追い込もう……って」


 ミライの表情に影ができる。


「つまりそれは……誠道さんがディー〇インパクトに憧れているからですか?」


「そっちの追い込むじゃねぇよ!」


 誰が脚質の話をした?


「じゃあ強くなりたいからですか?」


「ああ。手っ取り早くな」


 俺がそう伝えると、ミライは納得したようにうなずく。


「なるほど。つまり誠道さんはディー〇インパクトみたいな強い馬になりたいと」


「そうそう、ディープは最強の馬だったもんね。あの衝撃は後世に語り継がれるよねぇ……ってバカぁ! なんで馬になんなきゃいけねぇんだよ!」


「はっ? 競馬といえば鞭で叩く! やっぱり誠道さんは鞭で叩かれたいドM――」


「いいかげん馬から離れろ!」 


 あと、俺はどっちかっていうとサイレン〇スズカの方が強いと思ってるからね。


 一回直接対決してほしかったよ。


「俺は普通に強くなりたんだよ。どんな敵が現れても大丈夫なくらいに、強い人間に」


「もういい加減にしてください。誠道さんは焦りすぎですよ」


 悲しそうな表情を浮かべたミライが、倒れている俺のそばでしゃがんで、俺の胸を軽く両の拳でたたいた。


「強くなりたいと思うのはいいことですが、体の悲鳴に気づけないのは論外です」


 責めるような二つの瞳が、倒れている俺をじっと見ている。


「そんなに焦らなくても、ゆっくり強くなっていけばいいじゃないですか。休むことだって立派な努力です。最近の誠道さんはちょっとおかしいです」


 ……休むことだって立派な努力。


 現に、俺はこうして気を失って倒れた。


 打ち所が悪ければ、最悪死んでいたかもしれない。


「私は、誠道さんに無理をしてほしくないんです」


 そういえば、オーバーウエイト症候群って聞いたことあるな。


 それで引退したサッカー選手がいたとかいないとか。


 まさか知らぬ間に俺もそれを発症しかけていたのでは?


 強くなりたいと思いすぎるあまり視野が狭くなって、自分のことすら見えていなかったのか。


「いいですか。今後一週間は筋トレ禁止です。ゆっくり休んでください」


「わかった。そうするよ」


 俺はミライの目を見てしっかりとうなずいた。


 無理をして体を壊し、ミライを悲しませては元も子もない。


 強くなりたいと思ったのは、自分の力で大切な人を守りたかったからだが、ミライにあんな顔をさせてまですることではない。


「もう。はじめからそう言えばいいんです。この前だって、私が無理矢理風邪をひかせようよしてもトレーニングをやめないんですから」


「え、あれはスポーツドリンクを作るためじゃなくて、俺に風邪をひかせて筋トレを休ませるためだったのか」


 ってことは、かなり前から俺はミライに心配をかけていたんだな。


「もちろんです。私があんなバカみたいな主張をするメイドに見えますか」


「うん」


「そこは否定してくださいよ!」


 むかっと頬を膨らませるミライ。


 だって、ミライっていつもおかしなことしか言わなじゃないですか。


「でも、そうだな……。ありがとう。体のSOSを無視して体調を崩したら本末転倒だよな。風邪を引かせてまで俺の暴走を止めようとしてくれて――――あれ? 風邪をひくのも体調を崩すことと同じなのでは?」


「そんなことよりも誠道さんっ!」


 あ、露骨に話題を逸らされた。


「じっくり休むために温泉にいきましょう! 実は昨日、福引で温泉の街フーユインの宿の宿泊券を手に入れているのです!」


 ミライがメイド服のポケットから、チケットを取り出す。


「まじで。温泉のチケット? しかも無料で?」


「はい。どうですか? 私を優秀だと誉めたくなりましたか?」


「……悔しいけど、すごいテンション上がってる」


 温泉かぁ。


 いったいいつぶりだろうか。


 たまには羽を伸ばすのも悪くはないよなぁ。


「だったら、今日一日はゆっくり休んで、明日から二泊三日の温泉旅行にいきましょう!」


「そうするか」


 俺はミライの肩を借りて起き上がり、ベッドまで移動する。


 仰向けに寝転がると、ミライが布団をかけてくれ、子守歌まで歌ってくれた。


「しあわせはーおかねでかえるー」


 なんだその子供の教育に悪そうだけど現実を教えてくれる子守歌はっ! とツッコもうとしたが、眠さの方が勝って口が動かなかった。


 よほどつかれていたんだな。


「あ、ちなみに宿泊券をどうしても当てたくて、福引券目当てに商店街で死ぬほど買い物したんですけど、結果オーライですよね!」


「そんなわけないだろ!」


 ミライのおバカ発言のせいで、一瞬で目が覚めた。


 こいつ、本当は俺を寝かせる気なんてないだろ!

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