第100話 絶体絶命

「ふっ、俺の勝ちだなぁ」


 上空からカイマセヌの声がする。


 体勢を立て直したカイマセヌは、翼を広げて飛んでいた。


 お腹は赤くただれ、口の端から真っ黒な血が流れていたが、【炎挫蹴龍ひざげり】のダメージだけでは致命傷には至らなかったようだ。


「しかし、今のは効いたなぁ。……カス相手だが、本気を出してやる」


「くそがっぁ」


 奥歯を噛み締める。


 もう【無敵の人間インヴィジブル・パーソン】のタイムリミットかよ。


 こんなんじゃあダメなのに。


 なぜだ。


 なぜ俺はこんなにも無力なんだ。


 弱いんだ。


 もっと強く、大切なものを守れるような強さがほしい。


「誠道さんっ!」


 ミライが駆け寄ってきてくる。俺の肩に手を置きながら、「カイマセヌ」と震える声で呟く。


「おい女、なんだその目は? 俺の奴隷になるなら助けてやってもいいぞ」


「結構です。私のご主人様は誠道さんなので」


 嬉しいけど、それだと俺がミライを奴隷だと思ってるみたいじゃん。


「むしろ、誠道さんの縛られたいという性癖的には私がご主人様ですけど!」


「そんなこといちいち訂正しなくていいんだよ!」


 あと縛られたいなんて絶対に思ってません!


「はっ、こんな変態……雑魚がご主人様なんて、お前も報われないな」


「カイマセヌさんも言い間違えないで? ってかなんか憐れんでませんか?」


「カイマセヌさん、その言葉、今すぐ訂正してください。誠道さんがドMの変態なのは認めますが、あなたなんかより誠道さんの方がずっと強いんです」


「ほぉ、俺よりそのカスが強いだと?」


 カイマセヌが不敵に笑う。


 瞳が不気味さを増した。


 俺はドMの変態ではない。


「この現状を見て、それをお前は正気で言っているのか?」


「はい。本気です」


「じゃあその雑魚のどこが俺より強いのか言ってみろ!」


「それは……それは…………内面的な話です!」


 ミライさんもう無理して反抗しなくていいよ!


「内面? なんだそりゃ。発揮した力こそがすべてなんだよ! 弱者は強者に踏み潰される運命なんだよ! 死ねぇ! 【殺速黒翼ヒジキアラレ】ェェ!」


 カイマセヌの漆黒の翼が巨大化し、そこから刃となった羽が無数に放たれる。


「ミライ! 逃げろ!」


「逃げません!」


 ミライが倒れて動けない俺を守るようにしてかばってくれる。


 服や体が切り裂かれ、ミライの体に傷が次々にできていく。


「ミライ、もうやめろ!」


「やめませんっ! 私はあなたを支援するために生まれてきたんです!」


「ははは、いい景色だ」


 羽による攻撃が終わると、ミライがうめき声を上げながら、膝から崩れ落ちた。


 体中傷だらけだ。


 くそぉ。


 俺はミライひとり守れない。


 なんて弱いんだ。


「ちくしょう。あの無駄なやり取りがなければ……もっと戦えてたのに」


 実はこの遺跡にお宝が隠されていた云々の話さえしていなければ、とどめの一撃を放てたかもしれない。


【無敵の人間】を発動させていたにもかかわらず、カイマセヌとミライのバカなやり取りにつき合ってしまったことを、反省してももう遅い。


「たしかに、そうですね。あれはよく考えると無駄話でした」


 息も絶え絶えのミライが悔しそうにつぶやき。


「はっ、まさか、あれもカイマセヌさんの作戦」


「ミライ、それは考えすぎだ」


「お、おうそうだぞ! 遺跡の謎を説明することによる時間稼ぎ。あれも俺の巧妙な作戦だったのだ!」


「絶対嘘だろうがっ!」


「やはりカイマセヌは相当に頭の切れる男だった……」


「お前たち、実は事前に打ち合わせしてるんじゃないか?」


 そう考えないとこの息ぴったりさに説明がつかないし、それに…………ああ、もうだめだ。


 意識が消えていく。


 イツモフさんと約束したのに。


 絶対にジツハフくんを連れて帰ると。


 俺はたったひとつの約束すら守れない。


 たったひとりのミライすら守れない。


 たったひとりの子供すら救出できない。


 本当に悔しい。


 情けない。


「終わりだな。二人で仲よく死にな」


 カイマセヌが両腕を頭上に掲げる。


 その手の先に、可視化できる黒いエネルギーがどんどんたまっていき、禍々しい球状の塊になった。


「誠道さん。すみません」


 ミライが俺の手を取り、弱々しく握りしめる。


「私はあなたを、守れませんでした」


「そんなこと、そんなことは……」


 ミライにこんなことを言わせるなんて。


 俺は本当に情けない。


「死ねぇ。【巨大鬼殺美悪デスキャビア】」


「ま、待て! カイマセヌ!」


 カイマセヌが動けない俺たちに向けて攻撃しようとしたそのとき。


 扉の方から声がした。


「わ、私の、おお、弟を、返してもらいにきたっ」


「……イツモフさん」


 そこにいたのは、顔面蒼白で、両足をがくがくと震わせ、今にも泣きだしてしまいそうにもかかわらず、ぐっと奥歯を噛みしめて、カイマセヌに向けて啖呵を切ったジツハフくんのお姉ちゃんだった。

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